第18話 罠
数日後、王太子ジュリアンと彼が率いる軍は、予定通り行軍し、今は最大の危険場所である桟道を進んでいた。
進行方向を向いて左側が相当に険しい崖になっている。上へ登るのはもちろん、下に降るのも何らかの工夫をしなければ不可能だ。
桟道は人が2人並んで進める程度の広さで、馬車はもちろん騎乗して通る事も出来ない。その為、王太子ジュリアンも徒歩で進んでいた。
ジュリアンは、ドナートの口車に乗ってこの討伐軍の指揮官を買って出た事を後悔していた。単純に疲れていたし、桟道を歩くのに恐怖も感じていたからだ。
しかし、流石にこの期に及んで帰りたいと主張するほどの愚か者ではなく、淡々と歩みを進めていた。
司令部にあたるジュリアンの近くには、実質的な指揮官を務める補佐役の将軍とその側近たちがいる。
また、ジュリアンの傍らにはエドアルト・アルティーロとフョードル・ゴノスもいた。宰相と近衛騎士団長も己の嫡男をこの討伐軍に参加させていたのである。
そして、作戦の立案者であるリシュコフ公爵家の元使用人ドナートの姿もあった。
その中で、フョードル・ゴノスはドナートの挙動に若干の不審を抱いていた。
フョードルは、父からジュリアン王太子を守るように厳命を受けており、常に周りに対して細心の注意を向けていた。
その彼が見るところ、軍がこの桟道を通り始めてから、ドナートが少し緊張しすぎているように見受けられたのである。
(万が一にも、こいつが裏切っていたなら、俺たちは全滅だ)
フョードルはそう考え、警戒を強める。
だが、フョードルは、その可能性は高くはないとも思っていた。
(といっても、あれだけの事をしたのだ、こいつがリュドミラに許されるはずがない。そんな事は明らかなのだから、真面な思考が出来るなら、今更リシュコフ公爵家側に付くはずもない)
と、そう考えていたからである。
そうこうしている内に、前方から兵をかき分けてジュリアン達の方に向かって来る者があった。どうやら伝令らしい。
その者は、ジュリアンの近くまで至って直ぐに告げた。
「ご報告いたします。前方で、桟道が壊れています」
「何だと、どういうことだ!」
ジュリアンが不快気にそう返す。
そんなやり取りをしている内に、前方から順に行軍が滞り始める。桟道が壊れて行軍できなくなっているというのは事実のようだ。
ドナートが声を上げる。
「落石でもあったのでしょう。そのくらいの事は想定しています。
桟道の応急修理の方法も私は承知していますし、前方の部隊には補修用の資材も持たせています。私が行って、速やかに補修させます。
その間、ジュリアン殿下や皆様方は、此処で、このままお待ちください。ちょうど休憩という事にすればよいでしょう。
皆様は、このまま、此処で、しばらくお休みください」
「分かった。そうしよう」
大分疲れていたジュリアンがそう告げる。補佐役の将軍も異存はないようだった。
だが、フョードルは、ドナートがジュリアンに向かって此処にこのままいるように、と重ねて告げた事に違和感を持った。
「殿下、申し上げます。このような時は、御自ら状況をご確認するべきかと思います。私たちも先頭まで行きましょう」
フョードルはそう告げた。そして、補佐役の将軍の方に顔を向け、真剣な表情で進言する。
「殿下の身は必ず私がお守りします。どうか、ご許可をお願いします」
フョードルの真剣な言葉に、将軍も何か察する事があったらしい。フョードルの言葉を肯定した。
「……分かった。
殿下、こういった事も見聞を広める経験となりましょう。ご自身の目で見ていただくのがよろしいかと」
「そういうものか? ……まあ、良いだろう。案内しろ」
ジュリアンは、補佐役の将軍の言う事をよく聞くようにと父に厳しく命じられていた事もあり、不承不承そう答えた。
そうして、ドナートに続いて、ジュリアンとフョードル、そしてエドアルトの4人が数人の近衛騎士を引き連れて、兵たちを横にどかせて部隊の先頭へと向かう事となった。
ジュリアン達が部隊の先頭に近づくと、その先で確かに桟道が落ちていた。
「ああ、やはり」
ドナートはそんな事を呟きつつ最先頭まで歩き、他の3人と近衛騎士もそれに続いた。
と、次の瞬間、ピィー、という甲高い音が響く。
ドナートが、いつの間にか手にしていた笛を吹いていた。
その音に呼応して、崖の上に人影が現われる。伏兵だ。
ドナートが桟道の壊れた部分のすぐ下の崖に足をかける。そして、素早く崖伝いに下へ降り始める。桟道の下の崖には、足掛かりとなる凹凸部が点々と作られていたのである。
「おのれ!」
そう言って、フョードルが桟道の下に目を向けると、足掛かりを伝って下へ降りるドナートを見る事が出来た。
フョードルはドナートが崖を降りるルートを見定めて、ジュリアンに告げた。
「殿下! 俺に続いてください」
フョードルが、あえてジュリアンと共にドナートの近くにいようとしたのは、もしも万が一ドナートが裏切っていたならば、この死地から自分が脱出する術を用意しているだろうと思ったからだ。
忌まわしくも、万が一の嫌な予感は当たってしまった。だが、確かに脱出の術はあった。
フョードルはそれを使って、せめてジュリアンだけでもこの場から脱出させようと考えた。
フョードルは、躊躇わずにその足掛かりを使ってドナートの後を追い、崖を降り始める。
「殿下! 早く!」
状況を理解したエドアルトがジュリアンを促す。
「わ、分かった」
ジュリアンもそう告げて、フョードルに続いて崖を下りはじめた。
その後にエドアルトが続き、更に近衛騎士達が続こうとする。だが、2人目の近衛騎士が下り始めたところで、伏兵の攻撃が始まった。石を落としたり矢を放ったりし始めたのである。
桟道の上の討伐軍はたちまち阿鼻叫喚の混乱に陥った。最早崖を伝って降りる余裕などない。
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