第10話 脱獄の知らせ
オルシアル王国国王ゲオルギイ・ラフマノスがリュドミラの脱獄を知ったのは、翌日の事だった。
事が事だけに人払いがされており、その場にはゲオルギイの他には、近衛騎士団長のゴノス子爵と報告者でもある宰相アルティーロ子爵しかいなかった。
ゲオルギイは激怒していた。
「地下牢から脱獄!? どういうことだ。あの女を地下牢に入れろなどと、命じてはおらんぞ!」
報告をしていた宰相のアルティーロ子爵は言葉を濁した。
「そ、それは、その、王太子殿下のご意向でして、私も知らなかったのです。
倅は承知していたようですが、これも王太子殿下に口止めをされておりまして、私は聞かされておらず……。
その、私は何も知らなかったのです。な、何も」
アルティーロ子爵は、宰相といってもゲオルギイの意に従って動くのを専らにしており、日頃から決断力を欠くところがあった。
だが、それにしても今の言葉は余りにも要領を得ない。
ゲオルギイは一層怒りを昂ぶらせて叫んだ。
「何をぐずぐずしておる! いったいどういうことなのか、どうしてそんな事になったのか、全て説明しろ!」
「か、畏まりました」
そうして、アルティーロ子爵は、昨日息子から聞いたリュドミラに関する事情を全てゲオルギイに報告した。
「な、なんだと、どういうことだ! それは!」
報告を受けたゲオルギイは、更に大声で叫んだ。怒りで頭に血が上りその顔は赤黒く変色している。
ゲオルギイは今の今まで、リュドミラが如何なる処遇を受けていたのか知らなかったのだ。
リシュコフ公爵処刑後、情勢の悪化はゲオルギイの想定を超えていた。
ゲオルギイがその事を理解したのは、リュドミラを手篭めにした少し後のことだった。ゲオルギイは、事態への対処で手一杯になってしまい、リュドミラの事を気にする余裕はなくなった。
だが、わざわざ指示しなくても、当然リュドミラは貴人を幽閉する為の部屋に入れられて、厳重な監視の下におかれているだろう。そして、不自由ではあっても、生活は支障なくおくっていると思っていたのである。
「何でそんな事になった!!」
「で、ですので、王太子殿下のご意向でして……」
「それは聞いた! 直ぐにジュリアンを呼んで来い!!」
「畏まりました」
アルティーロ子爵そう言って退出した。
「くそッ!」
尚も怒りが収まらず悪態をつくゲオルギイに、近衛騎士団長のゴノス子爵が告げた。
「陛下、お怒りはご尤もですが、とにかく対応を考えねばなりません」
ゲオルギイはゴノス子爵を睨みつける。
息子から情報を教えられていなかったという点では、ゴノス子爵もアルティーロ子爵と同罪だ。
だが、一刻も早く何らかの対応をしなければならないということは間違いない。
「直ぐに、リシュコフ領へ向けて動かせるだけ近衛騎士を動かせ。脱獄した後、直ぐにリシュコフ領に向かったとしても、今ならまだ間に合うはずだ。何としても見つけ出して捕らえるのだ。
今リシュコフ領にいる騎士たちにも至急の連絡を送れ、リュドミラをリシュコフ領へ入れてはならん。それから、一層注意して監視を強めろとも命じろ」
ゲオルギイはまずそう命じた。
現状でリュドミラがリシュコフ公爵領に戻り決起したならば、それだけでゲオルギイと王国政府にとって致命傷になりかねない。それだけは避けなければ。と、そう考えたからだ。
「それから、念の為城門を封鎖しろ。誰も王都から外に出すな」
そして更に、そのような事も命じる。何らかの理由でリュドミラがまだ王都に残っている可能性も考慮したのだ。
ゲオルギイはその後も思いつくだけの対応策を、思いつくままに命じて行く。
一通り必要と思われる命令を命じ終えたゲオルギイは、最後にもう1つ命を下した。それは、リュドミラを散々に犯し、その上脱獄を許してしまった看守達への処罰だった。
「後は、その看守どもを1人残らず処刑しろ。
簡単には殺すなよ。皮をはぎ、寸刻みにしろ、手足がなくなるまで先から少しずつ刻むのだ。それから、塩と辛料で苦痛を与えよ、そしてそのまま何日も苦しめて、最後はゆっくり焼き殺せ」
目を血走らせながらゲオルギイが下した罰は苛烈を極めた。
そこで、トントンとノックの音がした。
ゴノス子爵が扉まで歩いて、外に向かって告げる。
「何用か」
「王太子ジュリアン殿下をお連れしました」
アルティーロ子爵の声だった。
ゴノス子爵が扉を開けると、確かにアルティーロ子爵とジュリアン王太子がそこに居た。
ジュリアンはずかずかと入室する。
そのジュリアンをゲオルギイが怒鳴りつける。
「聞いたぞ! 何ということをしたのだ、愚か者め!」
ジュリアンは気楽な様子で答えた。
「リュドミラの事ですか? あれを最初に傷物にしたのは父上ではないですか。その後どう扱おうと大差はないはず」
「……そうだとしても、逃げられるなど言語道断だ!」
「確かにそれは失態でした。ですが、大勢に影響はないでしょう?」
「なッ!」
ゲオルギイは絶句した。
息子が、現状を全く把握していない事に気付いたからだ。
だが、これはジュリアンだけが問題だったわけではない。ゲオルギイは今まで息子に対して見栄を張り、何の問題もない全て予定通りだ、などと告げていたからだ。
といっても、少しでも自分で状況を調べようと思えば、父の言葉が虚飾である事くらい直ぐに知れたはずである。ジュリアンはそんな事もしておらず、事は全て上手く行っていると思い込んでいたのだ。
この親にしてこの子ありというべきだろう。
「……もしも、リュドミラがリシュコフ領に辿り着き、家臣らとともに挙兵でもすれば、全てはひっくり返りかねんのだ」
ゲオルギイは、そう言って、ようやく息子に実際の現状を全て伝えた。
それを聞き、ジュリアンは今更ながら動揺し始める。
「そ、それは、そんな事に、なら、それなら……」
「もういい、下がれ」
ゲオルギイはそう伝えた。無様に動揺する息子の姿を見て、今何かを命じても全く役に立たないと判断したのである。
実際、近衛騎士たちを王都の外に出せばその分王城の守りが薄くなる。今の状況を考えれば、それが変事のきっかけになる可能性もあった。呆けている息子の相手などしている暇はない。
ゲオルギイは、打つべき手を改めて考え始めていた。
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