第2話 美人アラサーOLは悪役令嬢になる
あれから一ヶ月が経った。
この世界に来て、婚約を済ませてすぐ、神殿であたしのための特別教育が開かれて、そこで初めて魔法の使い方を習った。
学生時代の授業とか、新入社員の時の研修を思い出す。
最初は、あたしに魔法なんて本当に使いこなせるのかと心配だったけど、段々コツみたいなものがわかってきた。
魔法によってやり方は微妙に違うけど、だいたいは、集中しながら呪文を唱えて、念じれば上手くいく…いざ自分で説明しようとすると上手く説明できないな。
そんな複雑なことを分かりやすく教えてくれるんだから、もしかしたら、あたしに魔法を教えてくれた教育係の人達って、教え方が上手なのかも。
人に何かを教えるのって難しいもんな。
そんな風に、短期集中講義みたいなものを受けて、一通り魔法を習得して使いこなせるようになった。
その後は国に魔除けの結界を張ったり、負傷者の治療をしたりして過ごしていた。
あたしが使った魔法、特に治療魔法は使いこなせる人間が珍しいらしくて、色んな人からお礼の言葉を向けられた。
前の世界でも、仕事をしていて感謝の言葉を言われることはほとんど無かったから、なんだか新鮮で嬉しい気持ちになる。
そうして過ごしていると、ある日お城の玉座の間に連行された。
なんだか、あの場所に行くの久し振りだな。
あたしもすっかりこの世界の住民になってきていることに気が付く。
「はい?」
上ずった声が出る。
それが、あたしの第一声だった。
「婚約を破棄する!」
シャルルが堂々と告げる。
この前まで、どうにかしてあたしと結婚しろだの婚約しろだの、必死だったのに。
この顔だけが取り柄の馬鹿王子は何を言ってるの?
前にあたしがいた世界…現代社会だったら、モラハラ彼氏だの言われて散々だろうな…。
あんまり酷い事すると、ネットとかで顔とか色々と晒されるんだからね。
…この世界では関係無いか。
「そうですか。わかりました。別に構いませんけど……。」
あたしは内心、安心して言う。
「負け惜しみだな。お前が新しく聖なる巫女になった『ヒカリ』を苛めてると話は聞いている!ヒカリが俺に近付くのが面白くないのだろう?」
シャルルが玉座から立ち上がって、人差し指であたしを指しながら、声を張り上げて言う。
どう見ても、必死なのはそっちなんだけど…。
というか、勝手に人のことを決めつけて有無を言わせない感じにまくし立てるような、こういう声のトーン苦手なんだよね…。
全然負け惜しみじゃないけど、面倒くさいので弁解しないでおく。
「ヒカリ?誰それ?」
知らない女…と思われる名前が出て、あたしが周りを見ると、
「待ってください!」
突如、玉座の間に入って来るピンク色の髪の少女が現れた。
ああ、そういう事ね。色々と察した。
いかにも男受けが良さそうな、あざとい感じの見た目と態度の少女。
どれだけ若い女でもね、狙ってやってないと、そんな小動物みたいな態度も見た目にもならないんだよ…って事を、この男に…シャルルに教えてあげる価値も無いかな。
話は単純だ。そりゃアラサーの婚約者よりも、少女の方がいいわよね。
わかるよ。シャルル、あんたも典型的な男ってことね。見た目通りの。
あたしじゃなくて、他の女を選ぶのは、あんたの勝手だよ。
あたしにもあんたにも、選ぶ自由も選ばない自由もあるはず。
でも冤罪を受けて黙っていられるほど、あたしはお人好しじゃないからね!
「まずシャルル!勝手に…強制的にあたしを婚約者にしておいて、あたしが惚れてると思うわけ?顔しか取り柄がないのに性格がそんなに残念過ぎるなんて、あたしの思ってたとおりね!ヒカリとかいう、そこのあざとい演技がバレバレの量産型女しか今後も相手が居ないんでしょうね!ある意味、お似合いだけどね!」
あたしは口に出す言葉を頭の中で考えてから、なるべく要点を述べる。
「なっ……!?」
「そっちのヒカリとかいう子!若いっていうだけで張り合おうとするならもっと経験詰んで利口な嘘を付きなさい!そんなしょうもない嘘で騙せるのは、隣にいるような男…馬鹿な男だけだからね!周りの女…特に年上の女は、あんたを見て痛々しいから黙ってるだけで、あんたの本心はわかってるんだからね!内心、自分以外は全員、自分の召使いみたいに思ってるんでしょうね!」
「……っ!」
二人が黙ったのを見て「勝った!」と思った。
よし、と右手の拳を握る。
でも、こんな人達に勝っても、別に嬉しさも達成感も無い。
少しだけ、虚しさも感じる。
「……不敬罪だ!」
言い返す言葉が見つからない様子のシャルルはしばらく黙って、ようやく出た言葉がそれだった。
あー、こいつがこの世界で地位持ってるの忘れてた……。
この世界なりのパワハラか。最悪、死刑とかも宣告できそうだし、現代よりたちが悪いかもな。
「側室にするぐらいで赦してやろうと思ったが…。初めて召喚された時から、俺への度重なる侮辱。もはや側室にすることすら許さん!ただちに国外に追放する!」
側室にされるなんて、もっとお断り!
追放で良かった…でも知らない土地なのが痛いわね。
その後、司祭様に聞いたけど、ヒカリはあたしの後に召喚されたらしい。
光魔法の潜在能力が、あたしより強いんだって。
それで、シャルルは、ヒカリの魔法で誘惑されたって噂もある。
司祭様も魔力に敏感だから、誘惑魔法が使われた気配を感じたらしい。
誘惑魔法…テンプテーションってやつかな。
神殿で教えて貰った気がする。
まあ、もうどっちでもいいけどね。
シャルルと…あいつと結婚なんて冗談じゃなかったし。
神殿の人達は、冤罪を受けたあたしをわかってくれて、肩を持ってくれた。
やっぱり、神殿の人達はみんな良い人だった。
あたしは教育係の人達とか、お世話になった人達の一人一人にお礼を伝える。
みんなにはお世話になったし、あたしのことを庇ってくれたけど、誰もあのパワハラ王子には逆らえない。
みんな家庭とか立場とか、色々あるだろうし、身を危険に晒してまであたしのために何かをして欲しいとも思わない。
この世界でも、組織特有の理不尽めいたことがあるんだな。
その後、怪我をしている住民の人達がいないか出来る限り探して、治療魔法が必要な人達に治療魔法をかけてから、あたしは一人隣国に向かう事になった。
一人、隣国に向かう途中で、色んなことを考える。
あたしや、あたしの肩を持ってくれた人達に迷惑を掛けたあのパワハラ王子達に仕返ししないと。
このまま遠くに追いやられて、そのまま黙って終わるほど、あたしはお人好しじゃないからな。
泣き寝入りするより、必ず一矢報いてやる方を選ぶ。
いや、一矢では済まさない。
十本でも矢を放ってやるんだから。
それも、あたしにしか出来ない方法で復讐してやるんだ。
よし。決めた。
……あたしにはやる事が出来た!
「さてと……。」
隣国に引越したあたしは、街の少し外れにある小さい部屋を借りて新生活を始めた。
大袈裟なスイートルームより、こういう部屋の方が居心地が良い。
寝るためのベッドと、机があれば充分。
でも、寝る時は思いきり寝たいから、リビングと寝室は別になっている。
あたしはリビングで、机に置いた白い紙と向き合うと、前の世界にいた時にBL本を描いていたことを思い出して、自然と気合いが入る。
やっぱり、あたしの生き甲斐といえばこれよ!
幸い、この国にも紙が流通されてたから助かるわ。
印刷はさすがに魔法でなんだけど、一応不便は無い。
神殿で、印刷魔法の講義もしっかり聞いておいて良かった。
結界結成とか治療魔法みたいな、メインになるような魔法じゃなくて、高校時代だったら寝てたような「その他」みたいな位置付けの講義だったけど…。
丁寧に教えてくれた人達…ありがとうね!
あなた達の教えてくれたこの魔法で、あのパワハラ王子に復讐してやるから!
この紙と印刷を使った復讐が、あたしなりの復讐方法。
あたしはこう見えて三度の飯よりBLが好きなんだ!
BL布教の為だけに、前にいた世界ではイラスト学校とシナリオ学校にダブルスクールをこなしたのよ。
その実力を今、この世界で見せてやるわ!
あのパワハラ王子…シャルルを題材にしたBL本を描きまくって、布教して、あの王子に赤っ恥をかかせてやるんだから!布教する力だって、前の世界で誰にも負けないくらい培ったんだからね!
布教してから三ヶ月……すっかり乙女達のバイブルとしてBLの地位を確立させたあたし。
というか、ちょっと、予想外に上手く行き過ぎた。
あたしの創作に対する技術も、自信はあったけど…さすがBLの文化は偉大だ。
BL本の中で、シャルル…シャリオ総受けとして、色んな相手とくんずほぐれつヤらしてるわ。
それも、あたしが思いつく限り、恥ずかしい方法でね!
首跳ねられたら大変だから、名前はさすがに変えたのよ。
でもわかる人にはわかっちゃうわよね。
しばらく経ってから、王宮から派遣された担当官が顔を真っ赤にして何か言って来たらしいけど、知らぬ存ぜぬで通してやったわ!
きっと、このBL本を目にしたシャルルも王宮も、大騒ぎなんだろうな。
今では、すっかりあたしを悪役令嬢呼ばわりしてるらしいじゃない。
ふふふ。なかなか可愛い反応をするじゃない!
もっともっと濃厚な展開にしてってやるからね!
あたしがこうなった時の集中力は、自分でも誰にも負けないって感じるほど、凄いんだから。
心置きなく、あたしの信者と共同執筆者とイベント(あたしが作った即売会)合わせの原稿をしなくっちゃ!
これはもう、あたしなりの軍事力よ!
準備が整ったら、この勢いのままパワハラ王子に攻め込んで……
なんて思っていたら、今度はこの国…ウィンマイヤー国の第二王子が、あたしの住む狭い部屋に訪ねて来た。
「……っ!?」
王子の姿を見て、私は息を飲んだわ。
金髪ショートの爽やかな王子様、筋肉質ではないけど華奢ではない……。
何が言いたいかと言うと……思いっきり好みのタイプだってこと!
私的に初の一目惚れだった。
…でも、あたしは普通の女じゃないのよ。
外見には自信があった。
だから…。
「ねえ、私と結婚しようよ。」
自己紹介も何もしてない時点でプロポーズとかありえないよね。
王子もそう思ったと思う。
でも、だからこそ攻めさせてもらうわね。
それだけ、あたしにとって理想的だったの。
「ね、私は貴方を幸せに出来るから、一緒になろう?」
「は、はい。」
よっし、いただき!
「あたしは美月、ここではファルセアって呼んで。」
「ラデルト・リドル・ウィンマイヤー、この国の第二王子です。」
「ラディって呼んでいいの?」
「…貴方が望むなら。」
ラディは右手で自分の胸のあたりを軽く押さえて言う。
ラデルト・リドル・ウィンマイヤーね。
はい。その綺麗なお名前、一発で憶えたんだから。
目の前で、赤い顔を浮かべてぼーっとするラディに、あたしペースで物事を進めてしまい、有無を言わさない。
こういうところは、あたしの特徴というか、自分では良い点だと思ってる。
無理矢理だって感じて、悪く思う人もいるだろうけど。
よく弟にも使った手なのよね。
弟か…元気にしてるかな。
惚けた顔のまま、ラディはあたしを見ている。
そう言えばラディの用件って何だったのかしら?
「ところで、あたしに何の用事があって、わざわざこんな街の外れまで来たの?」
「みつ……ファルセア貴女がキュザック王国に召喚された聖女だと聞いた。そして、言われない罪で我が国に追放された事も聞いた。」
「あ、あぁ。そういえば…元はと言えば、そうだったわね。」
「言われなき罪を受け、元々は所縁の無い我が国に来られた。その苦労や、心中を察する」
「大丈夫。あんまり気にしてないから。」
ちゃんと、仕返しだけでなく、けじめをつけてる最中だから。
しかも、しっかりというかちゃっかりというか、稼がせてもらってるしね…と言いかけたけど、さすがに言葉を飲み込む。
「そうではなくて、闇の神がとうとう他の国へ侵攻を始めたんだ。懸念していたことが、実際に起きてしまった。ファルセアであれば、ここまで話せばわかるだろう…闇の神に対抗出来るのは…光の聖女であるファルセアだけなんだ!」
「え、でもあたしじゃなくてヒカリが本当の巫女…聖女だって聞いたけど…。」
「いいや、ファルセアこそが光の聖女なんだ。光の加護を得ている私だから、ファルセアの光をとても強く感じる。その、ヒカリとかいうキュザックの聖女にも会ったが、まるで比較にならなかった。」
あの国はどうなってるんだ…とぼやくラディ。
はぁ、ぼやくラディも格好いいというか可愛いというか…いやいや、今はそれどころじゃないんだよね。
そうだよね。やっぱり私の方が聖女だよね。
あたしも、ヒカリから感じた光なんて凄く微々たるものだった。
私の勘なんてあてにならないかなと思ったけど、やっぱり本当だったんだ。
まあ、もうあの国には帰らないから…というか帰りたくないから、どうでもいいわ。
「それで、あたしは何をすればいいのかしら?」
状況を理解したあたしは微笑んで、両手でラディの両肩を軽く掴む。
まるで、今からダンスでも始まるような感じで誘う。
実は、あたしは覚えてたの。
聖女が、誰と何をするのかって。
あたしの考えていることを察して、赤くなって黙るラディ。
「寝室に招待してくれるの?」
クスッと妖艶に笑ってラディの瞳を見つめると、まだ顔が赤いままのラディはあたしを抱き上げる。
あたしを抱き抱えるラディの、理想的な身体つきからは、男性的な力強さが発揮されているけど、それでいて包み込んでくれるような優しさも感じながら、あたしは寝室に連れて行かれた。
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