第8話 アリシア、黒い球にちょっかいを出す

 突如目の前の空間が裂け、わたしたちの前にそれは現れた。


 黒くて丸い巨大な何か。


 優に直径3mは超えるであろう漆黒の球体が、わたしたちの目の前に浮かんでいた。


【こんにちは。パストルラン王国の諸君】


 脳内に響いてくる声。

 おそらく目の前の球体から送られてきているメッセージ。

 女神様たちの温かなお言葉とは違う、無機質で平板、まるで合成音声のような……わたしたちの言葉と違う何かを無理やり翻訳して送りこんできているような、そんな印象を受けた。



【パストルラン王国の諸君、ようこそいらっしゃいました】


 爆発的に強力な魔力を持つそれは、わたしたちに明確な敵意を向けたまま、言葉だけはひどくていねいに語りかけてきていた。怖い。不気味すぎる。


『オレたちは別に好きでここに来たわけではないがな』


 警戒しつつ、スーちゃんが口火を切る。

 と言っても、スーちゃんも相変わらず口は動かさずに脳内に呼びかけてくるだけだけどね。念話対決?


【お出迎えが遅くなり申し訳ございませんでした。さあ、こちらへどうぞ】


 球が音もなく空中を滑るように動き出す。


 「さあこちら」じゃないよ。

 罠かもしれないのにホイホイついて行くわけないでしょう。


『待て。先に名乗ったらどうだ? オレたちも暇じゃない』


【失礼いたしました】


 黒い球の動きがぴたりと止まる。


【個体名:§※ΔЖ%¢◇と申します。よろしくお願いします】


 いや、なんて?

 何も聞き取れなかった。たぶん、言語がまったく異なるんだ……。


『お前の個体名に興味はないよ。お前たちが何者なのか名乗ってくれ。オレたちのことが誰かは知っているわけだろう?』


 そうだそうだー!

 お前たちは誰なんだー!


【私は案内役に過ぎません。殿から直接お話をさせていただきたいと存じます】


 との!

 お殿様がいるってことは……。ここは日本ですね?


「おそらくそれは違います。なんらかの組織だった存在ですね。国家かもしれません」


 ミニィちゃんが小声で話しかけてくる。

 吐息が耳にかかってこそばゆいよ。もっとお願い♡


『おい、TPOはどうした……』


 それはミニィちゃんに言ってくださいー。急にエロい吐息をかけてくるのが悪いんですー。


『ミィシェリア……頼むよ……』


「私ですか⁉ 今のは私が悪いんですか⁉」


 そうでーす。

 ちっちゃくなってもエロかわいいミニィちゃんが全部悪いと思いまーす。


【殿がお待ちです。こちらへどうぞ】


 わたしたちのことをまるっきり無視したかのように、再び黒い球がゆっくりと空中の平行移動をし始める。


「あ、ちょっと! 私たちはまだ行くとは言ってない!」


『ここで正体を明かすつもりがない以上、ついていくしかあるまい。絶対に気を抜くなよ』


 スーちゃんが今日何度目かのため息をつく。

 ため息はしあわせが逃げて……これ以上つらい目に合わないと良いんですけどね?


 あ、そうだ。ちょっと試してみよー。

 黒い球に向かって、ライトサーベルを発光モードにして光を当ててみる。わりと強めの光をピカッと。


 無反応。

 わたしの放った光は、黒い球の中にあっさりと吸い込まれていって、その後何も起きる様子はなかった。


 うーん。

 影っぽい感じになっていて、「光で影を飛ばしたら本体があらわになる」とか、そんな感じじゃないね。光が吸い込まれたってことは、ブラックホール的な光を閉じ込める何か?


『軽率にちょっかいを出すな。攻撃と判断されて、ここで暴れられたら正体もわからなくなるだろ』


 へーい。すみませーん。

 何よ。ちょっとした好奇心で行動しただけなのにさー。そんなに怒らなくてもいいじゃないのさー。


「アリシア、今はおとなしくしていましょうね。外に出たら存分に魔物相手に暴れると良いでしょう」


 ミニィちゃん……。

 そんなにやさしく……わたし、別にじっとしていられない子どもじゃないですからね? 仮成人ですから、TPOをわきまえておとなしくしていることくらいできますよ! この球のお殿様のところに行って、スーちゃんが相手の正体を暴くのを静かに見守っていたらいいんですよね?


「そうですね。決して勝手に発言したり、行動を起こしたりしないようにしてください。私と一緒に後方で静かに座っているんですよ。いいですね?」


 やたらと念を押してくる……。

 そんなに言わなくてもちゃんとできますよー。


 おさない・かけない・しゃべらない!


 ちゃんと『お・か・し』を守れます!


「アリシア、とてもえらいですよ。あなたのような立派な信徒を持てて、私も鼻が高いです」


 わーい! ミニィちゃんから褒められちゃった♡

 

『おい、そろそろイチャつくのをやめろ。おそらく近いぞ。……そうやって制御するのか』


 スーちゃんの警告。

 別にイチャついてなんていないのになー。



 と、黒い球がぴたりと止まり、動かなくなる。


【私の案内はここまでになります。ここから先はどうぞ皆様だけでお進みください】


 罠?

 先に進めって……どうします?


『ここまできたら行くしかないだろう……』


 とくに敵影はないですね……。

 ミニィちゃんはどう思う?


「相手は対話を望んでいる、のだと思います。まずは『殿』と呼ばれる存在とコンタクトを取り、その後の動きを決めるしかないかと」


 やっぱりそうよね……。

 不気味すぎる。


『ごちゃごちゃ考えていても仕方ない。まずはこのまま進むぞ』


 何かあったらわたしがミニィちゃんを守るからね!


「いえ、私は分身体なので……」


 そうだったー!

 じゃあ、わたしのことを守って♡

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