狙われたアリス
「おい、翔太。この巨大な生物は大丈夫か?このまま食われはせんだろうな?」
「これは『バス』って言って、中に居るだけで好きなところに運んでくれる優れもの。食べないよ」
「ほ、ほう・・・」
目を白黒させているアリスを、僕は微笑ましい気持ちで見ていた。
もう少しでサヨナラできると思うと、この尊大さも可愛く思えるから現金な物だ。
そうと決まればこのヘンテコな経験ももう少し楽しんで・・・
その時、バスの前の方で甲高い悲鳴が聞こえた。
驚いて顔を上げると・・・
「え?」
そこには若いレザージャケットを着た男性が、何か細長い物を振り上げて、隣に座っていた女性の首を切りつけていた。
あれは・・・ナイフ?
でも、なんで・・・
若い女性は、悲鳴を上げながら隣のベビーカーに倒れ込んでいる。。
そして、そのベビーカーからは鳴き声が。
赤ちゃんを連れているらしい。
バスの中はそれまでののどかな雰囲気から一転した。
あちこちから悲鳴や鳴き声が聞こえてくる。
「あれは・・・」
背中に背負っているアリスがポツリとつぶやく。
「な、何?」
「奴の目・・・あれは、普通の人間の目では無い」
「そりゃ、精神がイカれて・・・」
「違う。奴は・・・人間では無い」
え?
言われて見てみると、目は白目になっていてその部分は真っ赤と言っても差し支えない状態になっている。
「あれは『レッドアイ』じゃ。あの状態は魔力に操られている者の特徴。ああなると首を落とされるまでは動きを止めぬ」
「あの・・・ゴメン。何言ってるか分からない」
「なぜこんな所に。もしや、わしを・・・済まぬ翔太。巻き込んだな」
背中のアリスから初めて聞く、切迫した口調にただ事で無いことをようやく自覚した。
「奴は平気で人を殺める。わしを見つけるまでは、ここの全員を殺すじゃろう。いいか、今から魔力でそこの・・・ガラスと言ったな?それに穴を開ける。そこから飛び出せ。それで助かるだろう。奴は認知能力は低いからな。少しづつガラスに近づくのだ。飛び出した衝撃は浮遊魔法があるから問題ない」
「それって他の人は・・・」
「この状態ではわしとお前のみだ。全員逃がす前に奴に掴まる。密かに飛び出せば良い。他の者は各自の運次第じゃ」
「見捨てるって事か?」
「状況次第で多少の犠牲は付きものだ。優先度の高い命から拾うのは当然のこと。この場合はわしと翔太だ。お前がいないとわしは動くことすらままならぬ」
脳内は完全にショートを起こしそうなほど混乱していたが、それでもアリスの言葉通りにする事がこの状況からの唯一の脱出手段であることは理解できた。
「準備はいいか?今からやるぞ」
アリスの声を聞きながら、僕は無言で立ち尽くしていた。
「おい、いいかと聞いている。早く窓に近づけ!あやつが鈍いと言えど、この距離で慌てて近づいたらバレる」
そう。助かるためにはアリスの言う通り・・・
さあ、早く窓に近づけ。
そして、飛び出すんだ。
そうして、アリスを乳児院に・・・
「おい!お前、何をしておる!」
僕はゆっくりとアリスを背中から降ろした。
「あの人・・・赤ちゃんを守ろうとしていた。あんな状態でも、ベビーカーに被さるように・・・」
「あれはたまたまじゃ!死の危険にあるときに人が考えるのは、己の事だけじゃ」
「違う。明日香が産まれたばかりの時、京子も同じ事をしていた。ベビーカーに車に弾かれた小さなブロックが飛んできたとき、同じように・・・京子は頭に当たって血を流しても、まず明日香の事を心配した。あの人は京子と一緒だ」
「一緒な訳ないだろう、馬鹿者!あやつは別人だ」
「そういう事じゃないんだ。ゴメン、お前を置いていって。誰かが後はちゃんとどこかに預けてくれるから」
「お、お前・・・まさか」
僕はアリスを抱っこひもごと降ろすと、男の方を見た。
男はボンヤリとした表情で、なおもベビーカーの女性の方を見ている。
そしてナイフを握り直した。
マズい。
気がつくと僕は、その男の方に走り出していた。
そして・・・体当たりをした。
信じられないことにそれは上手くいった。
男は後方に飛ばされたのだ。
だが・・・
すぐに立ち上がった男は、ナイフを持ったまま僕をにらみ付けた。
大変な事をした・・・
僕は、自分がもう助からないことを本能的に感じていた。
何か格闘技をしている訳でもない僕が挑もうなんて、アリスの言ったとおり馬鹿者だ。
でも・・・京子も喜んでくれるかな?
男は僕の目の前に来て、ナイフを振り上げようとしている。
ゴメン、京子。
そんな事を考えながら目の前の男を見たとき・・・
「左手を挙げろ!顔の位置に」
耳の後ろから声が聞こえた。
え?
声の通りに反射的に左手を挙げると、男の振り下ろしたナイフが・・・澄んだ音を立てて弾かれた。
これ・・・何?
驚いて後ろを振り向くと、どこから入ってきたのか一匹のハエが僕の顔の周りを飛んでいた。そして、そのハエから声が聞こえた。
「お前の左腕に魔力でシールドを作った。その『うでどけい』と言う奴を媒体としてな。しばらくはナイフごときなら防げる」
この声は・・・アリス?
「急遽、飛んでいるハエに意識を移した。魔法による一時的な対応だがな。全く・・・大陸的阿呆だな。お前ごときではどうやっても勝てぬぞ!」
「じゃあアリスの魔力で・・・また使えるようになったんだろ」
「さっき部屋で見たじゃろ。あの焦げが今のわしの全てじゃ」
「冗談だろ・・・」
「ここで冗談を言えるほどお互い余裕があれば何よりだったがな。・・・と、言うわけでお前に戦ってもらわねばならぬ。もちろん覚悟は出来ておるな?」
「・・・いや、無理」
「はああ!じゃあなぜ突っ込んだ?阿呆か!」
「勢いだよ!」
「死んでしまえ!阿呆!」
怒鳴りあっている時、男は動きを止めてじっとアリスの意識が移ったハエを見つめていた。
「く・・・バレたではないか。こうなったら、早々にカタをつけるぞ」
「いや、だから戦えないって・・・」
「やかましい。確かに奴を殺すのは普通では無理。ただし・・・ここは別の世界。見たところ、奴を操る魔力もかなり弱い・・・殺すのは無理でも、止めるのは行けるかも知れぬな」
ハエになったアリスはそう言うと、僕の右手の周りをブンブンと飛び回った。
「力を入れていろ。今からお前の右手に剣を作る」
「け、剣?!」
「うるさい。本物では無い。魔力で空気を固めた偽物だ。だが、奴を止めるには充分」
そう言った途端、右手にずっしりとした重さが伝わった。
だが、何も見えない。
「姿は無いが、お前の右手には棍棒。左手にはシールドがある。今からわしの言う通りに動け。一切躊躇せずにだ。躊躇して反応が遅れたらお前は・・・死ぬ」
アリスの冷ややかな口調に、身体中が総毛立つのが分かった。
やるしかない。
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