シャドラーゼのアリス

 やけくそになっていた僕は明日香に、ここまでの事を話して聞かせた。

妹の京子夫妻の事。

産まれたばかりの明日香が、京子に守られるように抱かれていたため一命を取り留め、その後ずっと病院に居たこと。

その後、手続きを終えて正式に父親となった僕が引き取ったこと。

明日香は赤ちゃんではあるが、見て分かるくらいポカンとしていた。

だが、やがて座らない首をクネクネ動かして周囲を見た。

「おい・・・翔太。もう一つ頼みがある」

「どうした、明日香?」

「明日香では無い。コルデル様と呼べ。わしにこの世界の事を教えろ。分かる限り」


「・・・ふむ、ふむ、ふむ。わしはこの世界に転生したと言うことか。この『明日香』と言う赤子に。にわかには信じられぬが、手元にある情報を検討する限りその結論しかないな」

話し終えた僕はうなり声を出し続けている明日香・・・アリスを抱っこしながら、ぐったりしていた。

その後、アリスから聞いた話はとても理解しきれる物では無かった。

彼女、アリス・コルデルはシャドラーゼと言う王国の魔法使いで、国を滅ぼそうとしていた魔王軍を仲間と共に討ち滅ぼした。

その後、長く王国で後進を育成していたが、ある日背後から矢で射貫かれ、そのまま意識を失い・・・次に目覚めたら病院のベッドだったらしい。

・・・って、言ってて乾いた笑いが出てくる。

27歳のいい大人が真面目に言う内容じゃ無いだろ。

「あれは毒矢だった。まさかわしが暗殺されるとはな。平和な時間で鈍っておったか。後はいかにシャドラーゼへ再度転生するかだが・・・しかし喉が渇いたな。おい、翔太。ワインを持ってこい」

「赤ちゃんがワインなんて飲めないよ。ミルクを持ってくる」

「はあ?ふざけるな!このわしがミルクだと。あんなの赤子の飲むものだ!」

「いや、赤ちゃんだろ」

「くっ・・・貴様、覚えてろよ」

「え?いやいやいや!ミルク以外は身体悪くするんだって、赤ちゃんは」

「・・・そうなのか?」

「そう。赤ちゃんは身体に入れる物がしっかり決まってて、それ以外は身体壊すか下手したら死ぬんだよ」

「むむ、赤子とは不便なものじゃ」

「知らなかったのか?」

「赤子などに関わった事は無いからな」

アリスの顔にクシャッと沢山の皺が寄る。

どうやらあまり彼女にとって愉快な話題では無いらしい。

とりあえず、ミルクを温めることにした。


「ふう・・・牛の乳ごときがこんなに旨いとは。シャドラーゼに帰ったら若君に勧めるとしよう」

「はいはい、好きにしろよ」

「さっきから貴様、無礼千万な・・・おい・・・」

アリスが急に身体をもぞもぞと動かし始めた。

「どうした?」

「お・・・おて・・・」

「な、なんだって?」

「お手洗いだ、馬鹿者が!どこにある!そのくらい従者なら察する物だぞ」

「従者って・・・はいはい、オムツしてるから大丈夫だよ」

「おむつ・・・それはお手洗いの名前か?どこにある。早急に案内せよ」

「今、腰に巻いているそれ。そのまま出してもらって・・・」

言い終わる前に、アリスの甲高い声が耳に突き刺さってきた。

「たわけが!わしに『そのまま出して』だと・・・正気か!」

「いや、赤ちゃんはトイレじゃ出来ないから・・・」

「うるさい!うるさい!うるさい!すぐに連れていけ!」

「いや、ダメだって!無理でしょ。どう考えても」

そう言ったとき。

聞き慣れないアリスの言葉と共に、右隣1メートル先の床が「ジュッ」と言う音を立てて・・・焦げた。

見ると5センチほどの黒い焦げ後が床に着いている。

焦げ臭い匂いに驚く僕に向かってアリスは怒鳴った。

「連れていけ!」

はいはい。ってか、なんて奴だ。

内心・・・いや、完全に顔にうんざりした気持ちを出しながら、ダラダラとアリスをトイレに連れて行く。

「ご苦労。後は大丈夫じゃ。立ち去れ」

床に置かれたまま、アリスは尊大な口調で言う。

「じゃあ、流し終わったらこのレバーを引いて」

「ああ、それを『ればー』と言うのか。ここが『といれ』か。で、そこの壺へ用を足したのちに、だな」

ブツブツつぶやているアリスを置いてそそくさとトイレの外に出た。

身体を焼かれたらたまった物じゃ無い。

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