《番外編》クリスティーナの旅立ち
夢を見た。
私によく似た銀髪の女の子と、あの人によく似た金髪の女の子が花畑で遊んでいる夢だ。
二人とも笑顔で、とても楽しそうで。
銀髪の女の子が花の冠を作って、金髪の女の子に被せてあげると、金髪の女の子ははじけるような笑顔を見せてくれる。
——— とても、とても悲しい夢だった。
「準備出来たわ。お兄様」
今、私が身に付けている物は全て、私が生まれて初めて自分のお金で買った物だ。
シンプルな綿のワンピースは何だかゴワゴワするし、オートクチュールじゃない靴は靴ずれしそうだし、手に持ったトランクケースはなんと中古品だ。
数ヶ月前の私が今の私の姿を見たら卒倒しそうだけど。
でも、これは全部私が自分で手に入れた。
あの人に言われた通り、私の髪にはそれだけの価値があったらしい。
また伸ばしたら売れるかしら?
ああ、でももうあんなに綺麗に手入れは出来ないかもしれないわね。
私への刑罰が正式に決定して執行されるまでの時間に、私は一人で生活する術を学んだ。
自分一人では碌に髪も洗えない事に気が付き、さすがに愕然とする。
料理や掃除が出来ないのは分かっていたけど、自分の身の回りの事さえ自分一人で出来ないなんて。
今まではする必要がなかったからしなかっただけで、やれば出来ると思っていたのだ。
……出来ないじゃない。
初めて会った時のあの人は、親も亡くして一人で暮らしていたはずなのに。
健康的で美しい肌に清潔な服。輝く様な金色の髪。
公爵家で粗雑に扱われていた時でさえそこまでボロボロにならなかったのは、今思えば、あの人は自分で自分の身を整える事が出来たからなのだ。
「そういうとこ、ほんと嫌い」
思わずポツリと呟く。
「うん? 何か言ったかい? クリスティーナ」
「何でもないわ」
公爵家の家紋の付いた馬車ではなくて、どこからか借りてきた小型の馬車で目的地へ向かう。
公爵が乗るような馬車でもなかろうに。
もう妹ではなくなる私の事なんて放っておけばいいのにと思う反面、もうすぐお兄様にも会えなくなるのかと思うと、本当は叫びたくなる位には心細い。
「……どこで処置するの?」
「処置?」
これから私がどこで生活する事になるのか、実は私はまだ知らない。
お兄様が用意してくれたのだ、そこまで悲惨な場所ではないだろう。
どちらにしろ、私に選択の余地なんてない。
そして、どこで生きていくにしろ……必要な事がある。
「子供、産めない様にしないといけないんでしょ?」
私の言葉を聞いた途端に、それまで笑顔だったお兄様の顔から表情が抜け落ちた。
ああ、またお兄様にこんな顔させてしまった。
でも現実問題、このまま私を野に放つ訳にはいかないはずだ。いくら籍を抜いたって、この身体にはフェアファンビルの血が流れている。
私が子供をポンポン産もうものなら、後の世の火種になる可能性があるのだ。まかり間違えば金髪の子が生まれる事だってあり得る。
「クリスティーナ……そんな事を考えていたのかい?」
「だってそうでしょう? 私だって馬鹿じゃないわ。……馬鹿な事はしたけど」
お兄様はしばらく考えた後、意を決した様に私を見ると話し始めた。
「クリスティーナには……国を出て貰う」
流石にそれは想定外だった。
まさか国外追放されるとは。
「本当は私の目の届く範囲で……、治安の良い街で静かに暮らすか、修道院で過ごして欲しかったんだ。でも、」
そこまで言うと、お兄様は少し困った様な、参った様な笑顔を見せる。
「あの方に言われたんだ。『折角の使える人材が勿体ない』って」
……まるでどっかの誰かさんも言いそうな事だけど『あの方』ね。
全く、お義姉様同士、随分と気が合いそうです事。
「こんな甘やかされた小娘を捕まえて『使える人材』だなんて、随分お優しい婚約者様ですね」
私にハッキリ『婚約者様』と言われて、お兄様は観念した様に話す。
「カーミラ王女殿下は確かに優しいけれど、甘い方ではないよ。クリスティーナをアウストブルクに、と言うのも、向こうでは魔力の高い人間がとても貴重だからなんだ」
「魔力?」
確かに私の魔力は高い。これでも筆頭公爵家の血筋なのだ。
でも、それが役に立った事なんてない。
昔の名残で貴族は魔力を測定したり、魔力が高いと何故かステータスになるけれど、フェアランブルでは魔法はあまり使われない。
使われるのはもっぱら魔石や魔道具だ。
「クリスティーナには、アウストブルクの魔導士養成学校に入学して貰う」
——— 学校!??
想像していたのとは余りに違う展開に思わずポカンと口を開けてしまう。
いやだ、はしたない。
「クリスティーナの学力と魔力量なら、特待生扱いになるから学費の心配も要らないそうだ」
「ちょ、ちょっと待ってお兄様!? それはいくらなんでも甘い処分なのではなくて?」
お父様は幽閉されていると聞いたし、私がドレス窃盗の実行犯にしたせいで捕まった侍女や令息達もいる。
それなのに、私だけ新しい国で学校生活??
「……それはクリスティーナの考えが甘いよ。クリスティーナは、
お兄様の真剣な表情と固い声を聞けば、それが嘘ではないと分かる。
思わずゴクリと喉が鳴った。
「正直、私の目の届く範囲の街や修道院で暮らした方が楽な生活だと思う。でも、『力があるならそれを使って償う道を考えろ』って。……私もそう思う」
『やった事の責任は取らないといけないでしょ』
あの人の言葉がよみがえる。
優しい優しいお兄様と違って、私の義姉になる人達は、揃いも揃って厳しい様だ。
「……そうね、わかったわ」
「大変だと思うけど、未来の可能性は広がるから。しばらくは厳しい管理下に置かれる事になるけれど、その分さっきクリスティーナが言っていた様な『処置』も当面は必要ないよ。後の事はこれからのクリスティーナ次第だ」
……!!
思わず自分のお腹に手を当てる。
私、家族が持てるかもしれないの?
今日見た夢を思い出す。
銀髪の女の子と、金髪の女の子。
もしかして、もしかしてだけど。
私とあの人はもう無理だけど。
私の子供とあの人の子供が仲良く遊べる未来なら、……あり得るの?
これからの、私次第 ———
自分の未来を自分で決める日が来るなんて、考えた事もなかった。
……雑草魂、だったかしら?
刑が執行されるまでの期間。
邸で塞ぎ込みがちな私に、なぜかお兄様はあの人の話ばかりした。
伯爵夫人が雑草だなんて……。
あの人らしくてクスリと笑う。
踏まれても負けずに強くなれば、か。
私は嫌だな。
馬車はどんどんと住み慣れた王都から離れて行く。
気が付いてみれば、確かにこの馬車は国境へ向かっていた。
そうね、あの人が雑草魂の伯爵夫人だというのなら———
私は大輪の薔薇を咲かせる平民になってやろうじゃない。
ついに王都の建物が何も見えなくなった頃。
最後の最後まで言えなかった言葉を、私は、小さく小さく呟いた。
「ごめんなさい、お義姉様。どうか、お幸せに……」
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番外編もお読み頂き、ありがとうございました!
これからの未来はクリスティーナの頑張り次第……ですね。
若者の未来に幸あれ!!
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