第85話 自分の気持ちを認める時 〜Ver.アナ〜
まず私のスタンスとして、自分で考えても分からない問題に直面した時は『先人の知恵』、すなわち本に頼る事にしている。
そこで私は、久し振りに伯爵邸の図書室へとやって来た。
ここは本の品揃えも部屋の雰囲気も凄く私好みで、もし領地に行っていなかったら私はきっとこの図書室に入り浸っていたと思う。
フムフム、『恋愛論』『人間の感情の発露』『人を好きになるという事』……この辺かな?
私は恋愛に関する書籍を何冊か選ぶと、図書室に置いてあるテーブルセットの椅子に座る。
なになに? 美味しい物を食べた時、自然に『ああ、あの人にも食べさせてあげたいな』と思えばそれは愛?
よし、想像してみよう。凄く美味しいキッシュのお店を見つけたとして、それを食べて思う事……。
『わぁ美味しい! 今度マリーにも教えてあげよう!』
……マリーだな?
つ、次行こう! えっと、『自分が危機に陥った時、心の中で呼ぶ相手』、それがあなたの想う人です?
よし、想像してみよう。怪しい奴等に追いかけられて、今にも捕まりそうなピンチの時……。
『フォス! クンツ! カイヤ!』
……精霊トリオだな?
あれ? やっぱり私別に旦那様の事好きじゃないのか!?
他に、他には何か……えっと? その人といると安心して、『ずっと一緒にいたい』と、思える人?
ああ、それなら……
「何をそんなに真剣に読んでおるのだ?」
「ぎゃーーーっ!」
「うおっ!?」
突然背後から話しかけられて、驚きの余り叫んで飛び上がってしまった。
「すまない、驚かせるつもりはなかったのだ」
見れば、眉毛を下げて申し訳なさそうな顔をした旦那様が、手に何通かの手紙を持って立っていた。
本を読むのに夢中になっていて、人が近付いて来た事に全く気が付かなかった。
ちなみに今読んでいるのは、『恋愛初心者の為のハウツー☆ 自分の心に聞いてみよう!』という本だ。
うん。絶っっっ対バレたくない!!
部屋に戻って読めば良かったけど、それだと今度は絶対マリーにバレるもん!!
私は自分の肩にかけていたストールをスッと机に置いて本を隠すと、旦那様の方に向き直った。
「いえ、こちらこそ失礼しました。本に集中していたので人の気配に気が付かなくて。旦那様は私に何かご用事でしたか?」
「ああ、ミシェルがアナに手紙を届けようとしていてな。私も丁度アナに会いたかったから、ミシェルの仕事を奪ってしまった」
ううっ、またサラッとそういう事言う。
……けど、ん? 手紙?
「手紙……私に渡して良いのですか?」
「ああ、危険な物や内容におかしな物がないかのチェックの為に開封はさせて貰ったが、これからは伯爵夫人宛の郵便物は、アナが管理をして欲しい」
「それはつまり、お返事も私が書いて良いと……?」
「そうだ。初めのうちはミシェルに確認をして貰うが、ゆくゆくは完全にアナに任せたいと思っている」
「…………!」
それはつまり、本邸でも私に伯爵夫人としての仕事をさせてくれるという事だ。
やった! 領地での私の仕事振りを認めて貰えたのかも!
「ありがとうございます、旦那様! 私頑張りますね」
「ああ、アナはもう既に十分頑張ってくれている。では、読書の邪魔にならない様に私は行く。本に夢中になり過ぎて、食事に遅れない様にな」
旦那様はそう言うと、私の頭をポンポンと撫でてから図書室を出て行った。旦那様も王都を出る前にしておく事が色々あるのだろう。
私は鼻歌まじりで手元の手紙を確認していく。
大体は先日の夜会でお話させて貰ったご令嬢からのお手紙で、夜会の時のお礼や、ドレスについてまた詳しく教えて欲しいなどの内容だった。
よし! これらの手紙には、ハミルトン・シルクのハンカチを添えたお返事を出そう。
いいアピールになるもんね!
そんな中に一通、少し違う趣の手紙があった。
「ミルクス子爵令嬢から?」
……夜会で私に喧嘩を売って返り討ちにあったあの令嬢だ。特に手紙を貰う様な理由はないんだけどな?
内容を読んでみると、端的に言えば私に対する謝罪とあの場で逃してくれた事へのお礼の手紙だった。
手紙には、ミルクス子爵令嬢はデビュタントで旦那様を見て一目で恋に落ち、それから数年間旦那様を思い続けていた事。
周りの噂を真に受けて、旦那様が不本意な婚姻を強いられたのだと思い込んでしまった事。
本当は、私と旦那様の姿を見てお互いが想いあっているのはすぐに分かったのに、どうしても気持ちが抑えられなかった事。
等が、丁寧な謝罪と共に綴られていた。
そうか……あのご令嬢は、やっぱり本当に旦那様の事が好きだったんだ……。
手紙には最後、『これでようやく自分も踏ん切りが付いて、親に勧められていた縁談を受ける事にした。お二人の末永い幸せをお祈りしている』と締められていた。
ずっと懸想していた相手に急に私みたいなポッと出の嫁がわいて出たら、そりゃ嫌だっただろうな、とは思う。
他にも、今でもまだ旦那様に懸想をしている令嬢はいるのかもしれない。
そう考えた時、クリスティーナのドレス姿を見た時の気持ちを思い出した。
旦那様の色のドレスを、他の誰にも着させたくない。
夜会の時、明らかに嫉妬の混ざった目で私達を見ていた令嬢が沢山いたな。
ただ私が気に入らないんだろうぐらいに思っていたけれど、あの中に何人かは本気の令嬢もいたのかもしれない。
でも。
ごめんね。旦那様は渡せないの。
——— 私も、旦那様の事が好きだから。
私は読みかけの本を閉じると、他の本と一緒に本棚に戻す。
本の中に答えが無い事もあるのだと、その日私は学んだ。
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