第83話 私の金色とクリスティーナの銀色

 クリスティーナが切り落とした髪がバサリと床に落ちる。


「持ってる人間には分からないのよ! 私はずっと、この髪が嫌いだったの!」


 クリスティーナみたいに、それこそ何でも持ってる公爵令嬢様に『持っている人間には分からない』なんて言われても、全然心に響かないのだが……。


 でも、『そんな事』って言ったのは少しマズかったかな、とは思う。人のコンプレックスなんて、他の人間には分からない。


 生粋の貴族令嬢であるクリスティーナが髪を切る位だ。クリスティーナにとっては自分が金髪ではない事は余程強いコンプレックスだったのだろう。


「銀髪……綺麗なのに」

「……は?」


 思わず口から漏れた言葉を拾われ、何となく気まずいが、クリスティーナの銀髪がとても綺麗なのは確かだ。

 髪の美しさに人格は影響しないらしい。


「あ、いや、髪が綺麗なのは確かだから。その切った髪だって、平民街に持って行ったら高く売れるよ!?」

「はぁ!?」


 私とクリスティーナが問答を繰り返している間に、フォスとカイヤがコソッとナイフをクリスティーナの手から落として、旦那様に向かって蹴り飛ばす。


 一連の流れを見ていた旦那様は、足元に転がって来たナイフをサッと拾って確保してくれた。


「それに、私は私の金髪が嫌いよ」

「はぁぁ!??」


 これは本音だ。自分の金髪を見ると、公爵家の騎士に囲まれて魔石を割られたあの日の事をどうしても思い出してしまう。


 最近は、毎日嬉しそうに手入れして褒めてくれるマリーのお陰で大分受け入れられる様になったけど……。


 まさか、クリスティーナが異常に私を敵視してくる原因もこの金髪だったとは、またこの髪色が嫌いになりそうだ。


「なによ、それ!? 私に喧嘩売ってるの!?」

「いや、よくその姿でそんな事言えるね……。どこをどう見てもクリスティーナが私に喧嘩売ってるよ?」

「なんでよ……金髪はこの国の権威の象徴なのよ? それだけで必要とされるのよ? それを……」


「クリスティーナ! ああ、何て事を……」


 旦那様がナイフを確保したのを確認して、お義兄様がクリスティーナに駆け寄る。


 髪の一部だけを切り落としておかしな髪型になっている妹を見て、お義兄様は今にも泣き出しそうだ。


 クリスティーナのやっている事は、確実に私ではなくお義兄様にダメージを与えているという事にそろそろ気付いて欲しい。


「ごめん、ごめんよクリスティーナ。クリスティーナはみんなに愛されて幸せなんだと思っていたんだ。そんな風に髪色の事で悩んでいたなんて!」

「悩んで……? 違うの、私が悩んでるんじゃなくて悪いのは周りで……私は、ただ……」


 高過ぎるプライドの所為で、自分が髪色で悩んでいたという事すら認めたくないのだろうか?

 だとしたら随分と疲れる生き方だな、と思う。


「とにかく、まずは着替えて早くその髪をどうにかしよう。それから、クリスティーナの好きなホットチョコレートを作って貰って、お兄様と話そう」


 お義兄様がクリスティーナを宥めながら連れて行こうとするけれど……ちょっと待った!!


「お義兄様、ドレスの着替えもお義兄様が手伝うのですか?」

「い、いや流石にそれは無理だよ。ちゃんと侍女に任せるよ」

「申し訳ありませんが、この家の侍女を全くもって信用できません。私が手伝います」


 それを聞いた旦那様から危ないと止められたけど、1対1で私がクリスティーナに負ける訳がない。フォスとカイヤもいるからと説得して、何とか納得して貰った。


 お義兄様と旦那様に扉の前で待機して貰って、私とクリスティーナで部屋に入る。


 一緒に暮らしていた時でさえ入る事のなかったクリスティーナの部屋に、こんな風に入る事になるなんて思いもしなかった。


「ほら、早く後ろ向いてよ。脱がすから」


 最早抵抗する気も起きないのか、クリスティーナはノロノロと後ろを向くと素直に着替えに応じた。



 ああ、やっと戻って来た! 私のドレス!!



 感極まってドレスをギュッと抱きしめる。

 ドレスが戻って来た安心感で、少し心に余裕が出て来た。


「ねぇ、ついでに髪も揃えてあげるよ。座って」

「はぁ? あなたが?」

「そう。平民時代はよく下町の子供の髪切ってあげてたから、結構上手いよ?」

「し、下町の子供と一緒にしないで!!」


 顔を赤くして怒っているクリスティーナをとにかく座らせて、問答無用で鋏を用意する。


「このままよりはマシでしょ! あーあー、こんなに短く切っちゃって。修道院にでも行くつもりだったの?」

「いやよ、修道院なんて……」

「……修道院でもまだ良い方だと思うんだけど。自分でも言ってたじゃない。公爵家も私ももう終わりだって」


 クリスティーナは目を伏せる様にして考えているけれど、その目にはどこか生気が無い。


「やった事の責任は取らないといけないでしょ。はい、出来た」


 そう、やった事の責任は取らなければいけない。


 ただでさえ謹慎中だったのに、ドレスの窃盗にまで手を染めてしまったのだ。それなりに重い処罰は受けるだろう。


 話が終わる頃には、腰まである綺麗な銀色のロングだったクリスティーナの髪は、顎のラインで切り揃えたショートボブになっていた。


 むむっ悔しいけど、やっぱ素がいいと何しても似合うな。


 貴族女性としてはまだ珍しいけれど、平民の間では短いヘアスタイルも普通に人気なのだ。

 うん、我ながらいい仕事をした。


 切ったクリスティーナの長い髪をリボンで束ねると、『はい』と渡す。


「なによ、いらないわよ。こんな髪」

「それさ、本当に高く売れるの。つまり、買う人にとってはそれ程価値のある物なんだよ。クリスティーナは嫌いでも、それを必要とする人もいるし、この国では権威の象徴なのかもしれないけど、私は私の金髪が嫌い」


 クリスティーナは、ただ手に持った自分の髪をじっと見つめるだけで、返事は何も無い。


「じゃあ、ドレスも返して貰ったしもう行くわ。お義兄様を呼んで来るから大人しく待ってて」


 ここから先は、私の出る幕ではないだろう。

 

 私がドレスを抱えて部屋を出ると、手にホットチョコレートを持ったお義兄様が心配そうに立っていた。


「後はお任せしますわ、お義兄様。……話を聞く事と、甘やかす事は違いますからね?」


 私にそう言われたお義兄様は、お父さんにそっくりな少し困った笑顔で。それでもしっかりと頷いてくれた。

 

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