第59話 貴族の夜会は戦場なのです
本格的に夜会が始まり歓談の時間となると、想定していた通り私と旦那様は沢山の貴族に囲まれた。
意外と好意的な人から(旦那様のお友達かな?)、あからさまに嫌味な人まで色んな貴族が大集合だ。
どうにかして私と旦那様を切り離そうとしてくる人達も1人や2人ではなかったけれど、旦那様はピッタリ私の隣から離れなかった。
例えば、『折角ですもの、女性同士で楽しくお喋り致しませんか? 紹介したいお友達も沢山いますの』と、にこにこ微笑みながら誘ってくれたご令嬢。
いやあなた、クリスティーナの一派ですよね? 何なら以前開催されたお茶会という名の『ネチネチ義姉貶めパーティー』の参加者さんでしたよね? 顔も名前も忘れてないよ?
ノコノコついて行ったら複数人のご令嬢で私を囲んで、嫌味言うか恥かかせるか冤罪ふっかけるかのどれかをかましてくるのだろう。
いっそついて行ってクリスティーナの取り巻きーズを一網打尽にしてしまいたい思いもあるが、今日は下っ端さん達に構ってる時間はないんだよね。残念。
とはいえ、夜会の間中ずっと夫婦がくっついているのが良いかと言えば、勿論それは得策ではない。
やはり男性には男性の、女性には女性の社交という物があるのだ。そんな場にまで私がくっついていけば、空気の読めないバカップルとして評判を落とすだけだろう。
わらわらと寄って来ていた貴族をある程度さばいたな、という辺りで、案の定旦那様にお呼びがかかった。
隣国の貴族に紹介したいと言う話だが、そちらのグループをちらりと見れば、男性だけで会話をしている様に見える。
恐らくビジネス絡みの話もあるのだろう、そういった場に女性が加わるのを良しとしない貴族はまだ多い。
あそこには加わらない方がいいと判断した私は、旦那様に1人で行く様に促した。
こういった場合の対処についてはあらかじめ取り決めているのだ。別々に行動する事になった時は
1、旦那様の視界からは出ない
2、会場から外には絶対出ない
3、何かあればすぐに精霊達を呼ぶ
私はこの3つを厳守する様に言われている。過保護か。
旦那様は余程私から離れたくなかったらしく、ご友人に渋々連れて行かれる様を見て周りの貴族にクスクスと笑われた。恥ずかしい。
しかし、社交界においてそれだけ私が旦那様に大事にされているという事実が広まるのは、それだけ私を守る事にも繋がるのだ。
……まぁ、一部の層にとっては煽る事にも繋がるんですけどね……
さっきから好奇の視線の他に、恨み嫉みの視線もビシバシ感じる。
そのままそこで少し談笑した私は、旦那様の位置を確認しつつ少し場所を移動する事にした。この場所は目立つからもっと壁側に行きたいのだ。めざせ、壁の花!
そんな事を考えて旦那様の位置に気を取られていたせいだろう。1人のご令嬢が不自然な程足速に私に近付いて来た事に気が付くのが一瞬遅れた。
あからさまに私にドンっと肩からぶつかって来たご令嬢に対して、私はとっさに両脚と下腹に力を入れて美しい姿勢を保つ。バインっと跳ね返さるご令嬢。
結果私は一切よろけず、ご令嬢の方がみっともなく脚をもつれさせながら、そのままフラフラと立ち去るはめになった。
ふっ、ミシェルの書で鍛えた私に死角は無いわ!!
というわけで、私的には全くのノーダメージだったのだが、どうやら旦那様にその現場をはっきり見られてしまった様だ。
旦那様は眉を吊り上げると怒りを隠そうともせずそのご令嬢にツカツカと歩み寄り、声をあげようとしたので慌ててその手を握り止める。
「旦那様、きっとあのご令嬢は御不浄を我慢して究極の状態だったのです」
小声でこそっと囁いたが、旦那様は握られた手を見て赤くなっている。相変わらずの純情っぷりだ。
とはいえ、耳はしっかりと私の言葉を拾っていたらしい。脳が意味を理解するとブハッと吹き出した。
「…ブフッ、ご、御不浄って…」
「緊急事態でございましょう?」
私が悪戯っぽく微笑んで見上げると、旦那様の頬もようやく緩んだ。
「分かった、アナがそう言うならそれで良い。1人にしてすまなかった」
「いえ。と言っている側から旦那様、あちらから呼ばれている様ですが……」
「何? あぁ、ウェスティン侯爵か。行かない訳にはいかないな」
「私の事は気にせずに、いってらっしゃいませ旦那様。ご安心下さい。自分に降りかかる火の粉位は綺麗に払ってお見せしますわ」
「それはそれで心配だが……ウェスティン侯爵の所へ連れて行くのもややこしそうだからな。出来るだけ早く戻る。安全な所で待っていてくれ」
そう言うと旦那様はずっとこちらを気にしながらも離れて行った。
忙しそうだな、旦那様。
やはりあの若さで伯爵位を継ぐというのは大変な事なのだなと改めて考えていると、目の前に新しいご令嬢が現れた。
——何これ勝ち抜き戦? 私が参加しているのは舞踏会じゃなくて武闘会だったかな?
決勝戦の相手は多分クリスティーナだな……
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