第26話 昔の自分、今の自分
様々な準備が整い、私が街へお忍びで出掛けられる事になったのはそれから3日後の事だった。
私はあの翌日にでもすぐに出掛けたかったのだが、マーカスの仕事の調整が付かなかったのだ。
ちなみに
こちらとしては『いいもの見せて貰ったぜ!』という感覚なのだが、謝罪はきちんと受け取った。
2人はその後も仕事中は全く変わった様子を見せないのだが、ついチラチラ見てしまうのは許して欲しい。
後日談プリーズ!
「さあっ奥様、こちらに座って下さい。今日は腕によりをかけて最高に可愛い町娘に仕上げちゃいますよ!」
「……マリー、気持ちは嬉しいのだけど、可愛いより目立たない方が有難いわ?」
「ムムッ言われてみれば確かにそうですね。奥様はただでさえ目を見張る程の美貌の持ち主ですからね! 可愛く仕上げてしまっては有象無象が寄って来て、せっかくのお忍びの邪魔になってしまうかもしれません」
マリーはちょっと親バカ……いや、この場合は使用人バカ? の傾向がある。
マリーが程よく仕上げてくれた町娘姿は素朴で可愛かった。
鏡の中に映る茶髪で茶目の町娘姿の自分は、まるで歩む事の無かったもう一つの未来の先にいた自分の姿の様に思えて感慨深い。
ふふっ、懐かしいなぁ、この姿。
ほんの2年と少し前までは、まさにこんな姿で暮らしていたのだ。今でもこっちの方が愛着がある。
何せ金髪翠目の自分と初めて対面したのは、大事なペンダントを無理矢理奪われて叩き壊されたあの時なので、最大級に嫌な思い出とセットになってしまったのだ。
いくら自分の本来の色とはいえ、あまり良い印象が無いのは仕方がないだろう。
鏡に映った町娘姿の自分を見ていると、あの時の事をぼんやりと思い出す。
『やめて! 返して下さい! それは大切なお守りのペンダントなんです!!』
ペンダントを取り返そうと掴みかかった私を突き飛ばし、目の前で踏みつけて魔石を粉々にした公爵家の私設騎士団の騎士達。
奴等一人一人の顔は今でも忘れられない(……というか、絶対忘れてやらないからね! いつか見てろよ!)
私は、何とか元に戻せないかと床に這いつくばって必死に魔石の欠片を集めていたのだが、その時自分の髪がパラリと顔にかかったのだ。
見た事もない、金色の髪が。
ヒュッと喉が鳴った気がした。
自分が何か得体の知れない物に変わってしまった様な恐怖を感じて、慌てて鏡を覗き込むと——
金色の髪に、翠色の瞳の自分がいた。
あの時の気持ちは、一体なんと表現したらいいのか今でも分からない。
それまでニヤニヤして私を見ていた騎士達の顔色が、変化した私の髪色を見た途端に悪くなった。
『き、金色の……髪…………』
『お、おい! どうする?』
『どうするも何も、とにかく公爵様に連絡だ!』
私が公爵家の血族だからと言って押しかけてきた癖に、この展開は想像していなかったのだろうか?
バカなのかな? 公爵家の私設騎士団の騎士って。
バタバタと逃げる様に去って行く騎士達の背中を見ながら、やるせない気持ちだけが心に残る。
その後はもう大騒ぎだった。
魔石を割られた私は元の姿?に戻る事も出来ず。
当時は高等学舎の寮に入っていた為、寮の中は上を下への大騒動。
私の後見人の『おじ様』がすぐに駆け付けてくれたので何とか事態はおさまったが、私は友達に挨拶する間もなくおじ様の家に連れて帰られた。
結局そのまま公爵家に引き取られたので、学舎時代の友達とはお別れすら言えずじまいだ。
みんな、元気にしてるかなぁ。
ちなみに、『おじ様』は、両親がいなくなる前から私達家族を何かと手助けしてくれていた人だ。お父さんも凄く信頼していた。
国を股にかけて商売をしている大きな商会の会長さんで、以前から『自分達に何かあったらアナを頼む』と言われていたらしい。
『公爵家から正式な遣いが来た。もう誤魔化す事は出来ないだろうが、逃がす事は出来る。アナが望むなら隣国の信頼のおける知人にアナを託そう。
……どうする?』
おじ様はそう言って私の意思を確認してくれた。
あの時隣国へ逃して貰っていれば、こんな風に伯爵夫人として過ごす事もなかったのだろう。
でも、私の気持ちは決まっていた。
『ありがとうございます、おじ様。でも私……フェアファンビル公爵家に行きます』
私は、両親が死んだとはどうしても思えなかった。
両親が姿を消した過程があまりにも不自然だった事と、……誰にも言っていない理由がもう一つある。
あまりにも手際良く死んだ事にされた両親に、何か大きな力を感じた。
公爵家が……、貴族社会が、何か関わっているかもしれない。
これはそれを確かめるチャンスだった。
それと、他にも理由はある。
お父さんはずっと、自分のせいで公爵家が、ひいては公爵領の領民達が不利益を被ってしまった事を気に病んでいた。
自分の駆け落ちのせいで公爵家は醜聞にまみれ、貴族社会での影響力が弱まってしまったと。
公爵家で、唯一自分を可愛がってくれた大好きな兄にも沢山の迷惑をかけてしまったと。
お父さんとそのお兄さんは20歳程も歳が離れていて、ほとんど父親代わりの様な存在だったらしい。
お父さんのお兄さんなので、私にとっては伯父さんだ。
私としては、いくら駆け落ちで醜聞に塗れたとしても、それで領地経営にまで影響を及ぼしてしまうのは公爵家の力不足なのでは? と思うのだが、お父さんはそうは思わなかったらしい。
確かに、領民の生活にまで影響が出てしまったと言うのなら心が痛むけど……
窓から公爵領がある方角を眺める。
ハミルトン伯爵家とフェアファンビル公爵家の領地は隣合っている。遥か遠くに見えるあの山の向こう側は、もうフェアファンビル公爵領だ。
私がフェアファンビル公爵家の一員となるのなら、お父さんの代わりに領民の為に務めを果たそう、と思っていた。
まさか公爵家が、使用人も含めてあそこまで腐っていたとは思わなかったが、それでも領民に罪はない。
私が公爵家に引き取られた時は既に代替わりが済んでいて、前公爵である伯父さんは王都の公爵邸にはいなかった。
現フェアファンビル公爵は伯父さんの息子で、つまり歳は離れているが本来は私の従兄弟という事になる。
今は私の養父になったこの公爵は私の父をひどく憎んでいて、これはどうも、駆け落ちだけが原因では無さそうだった。
お父さんの話から、お父さんはもともと公爵家で冷遇されていたのでは? と思ってはいたのだが、嫌な予想は当たってしまった様だ。
親子2代に渡って迫害されるなんて、何とも因果な物である。
何故お父さんが公爵家で冷遇されていたのかは分からない。
公爵家では、私に肝心な事は何も教えてくれなかったし、何かを探っていると警戒されても困るので、私も何も尋ねなかったから。
ただ、時々耳に挟む情報を合わせると、どうやら位を退いた伯父さんは公爵領のどこかにいるらしい事が分かった。
あれだけ慕っていたお兄さんだ。
お父さんが公爵家を出て行った後も、伯父さんとだけはこっそり連絡をとっていた可能性は十分にある。
もしそうなら、両親の失踪についても何か知っているかもしれない。
伯爵家に嫁いだからには、伯爵領の領民達を守りたい。
お父さんがずっと気にかけていた公爵領の領民達にも、私に出来る事で報いたい。
お父さんとお母さんが姿を消した真相を知りたい。
鏡の中の自分を見つめ、心新たに覚悟を決める。
「さあマリー! 街へ出掛けましょう!」
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