第24話 マーカスの受難?

 例の計画を打ち明けてから数日。マリーは準備を着々と進め、あっという間に必要な物を全て揃えてくれた。


 可愛くて明るくて仕事の出来る専属侍女。最高か。


 さて、こちらの準備は整った。後はマーカスか……。


「ダリア、今日少しマーカスと話がしたいの。時間が取れるか確認してくれるかしら?」

「かしこまりました」


 そう言ってダリアが部屋から出て行くと、それだけで何かを察知したマリーが目を輝かせる。


「奥様! いよいよですか?」

「ええ、準備をお願い出来る?」

「お任せ下さい!」


 言うが早いかマリーはクローゼットの奥から2人分の衣装を用意して出て来た。


「……2人分?」

「もちろん、私もお供しますから! ささっ奥様、お化粧とヘアスタイルも直しますのでこちらへ座って下さい」


 マリーが楽しそうに私の化粧に取り掛かった所で、ドアがトントンとノックされる。


「奥様、夕食前にはマーカスさんの時間が取れるそうです。

 ……何をなさっているのですか?」

「ちょっと、イメージチェンジ?」


 私が少しとぼけてそう言うと、ダリアは、私、マリー、クローゼットから出ている2着の洋服、を順番に見回して溜め息をついた。


「なるほど、そういう事ですか……。マーカスさんは止めると思いますよ?」

「その時はちょーっとお話し合いしないとね。ごめんねダリア。ちょっとマーカスを困らせちゃうかもしれないけど」

「その場合は私がそこに付け込みますのでご安心下さい」


 ——安心……なのか?


 マーカスの身の上が一瞬心配になったが、彼は成人男性だ。自分の身くらい自分で守るだろう。うん。



 約束の時間になり、すっかり準備万端整えた私達がサロンで寛いでいると、ノックの音がしてマーカスが入室して来た。


「失礼致します、奥様。お話しがあると伺って参りましたが……そ、そのお姿はどうされたのですか!?」


 マーカスが驚くのも無理はない。


 私とマリーは今、どう見ても平民にしか見えない町娘スタイルになっているのだ。


 シンプルなワンピースにエプロンドレスを重ね、お守りのペンダントに新しい魔石を嵌めて髪色と瞳の色もしっかり茶色に変えている。


「あのね、マーカス。お願いがあるの」


 マーカスはその瞬間に全てを悟ったのだろう。一歩二歩と後退りながら額に冷や汗をかき始めた。


「やっぱりね、伯爵夫人としての視察だと分かる事に限界があると思うのよ。領民の暮らしをしっかり知る為には、そこに混ざるのが一番だと思わない?」

「お、奥様……まさかとは思いますが……」

「この格好で街に出るわ。お忍びで」


 ひぃぃぃっといった感じでマーカスの顔が引き攣る。


「そ、それは賛成致しかねます! 奥様の身に何かありましたら、このマーカス、ユージーン様に何とお詫びすればよいやら……」

「大丈夫よ! 私の顔なんて大して知られていないし、伯爵夫人だなんて絶っ対バレない自信があるわ」


 むしろ平民に埋もれたら見つけて貰えない可能性すらある。


「私も、実家のある男爵領ではいつも普通に街に出て領民達と過ごしていたのです。しっかり奥様をお守りしますわ!」


 マリーがフンス! とばかりに両手を握り締めて主張するが、マーカスの顔はますます絶望に染まっていく。

 ごめん、マーカス。


「ちなみにマリーさんは、実は武道の達人だったり……」

「しませんね!」

「ですよね……」


 額の汗をハンカチで拭きながら困り果てているマーカスに、ちゃんと護衛は連れて行くから、と何とかゴリ押す。


「実は、本当はこっそり出掛けちゃうつもりだったのよ? でも流石にそれは当主夫人として無責任だと思ったからこそこうして相談しているの。お忍びで出かける事自体は決定事項として、条件を折り合わせましょう?」


 マーカスはガックリと肩を落とし


「せめて、ユージーン様にご報告してからにして下さい……」


と懇願してきたが、手紙なんて届けるだけで1週間はかかるのだ。それから旦那様の許可が降りたとして、それを知らせる手紙が届くのにまた1週間。そんな悠長な事は言ってられない。


「マーカス」


 ここは腹を割って、本音で話すしかないだろう。


「何故私がここまでしようとしているのか……あなたなら分かるはずでしょう?」

「!」

「確かに伯爵領は豊かよね。でも、本当にそれがずっと続くとでも?

 10年、20年、50年……あの鉱山からはいつまで宝石の原石が出続けるのかしら?」

「は、ははは……奥様は心配性ですね。あの鉱山の埋蔵量は凄いですよ。それこそ孫の代まで安泰です」

「そう。では曽孫の代は?」

「そ、それは……」

「鉱山の埋蔵量が多く、長い年月その恩恵にあやかれるというのなら、その分長く他の産業は廃れてしまっているのではないの? いざ鉱山から宝石の原石が採れなくなった時、領民達はどうするのかしら?」

「それは……そうなる前には……もちろん手を打つのでは無いですか? しかし、それは今では無いはずです。今は、新たな産業を産み出すだの貿易に力を入れるだのするより、鉱山を掘れば確実により多くの収入を得る事が出来るのです。その機会を棒に振る方が経営的には問題なのでは?」

「自分達の世代は大丈夫だから、後の事はその世代の人間が考えるだろう。

 そんな甘い考えで滅んだ国や領地は沢山あるわ。今生きている領民達の事はもちろん、これから生まれてくる民の事も考える。それが土地を統治する者の責任ではないかしら?」

「……」

「まぁ、本当はそこまで領地に責任を持たなければならないのは、どう考えても当主である旦那様なんだけどね。旦那様がマーカスの事を信頼しきって全て任せてしまってるみたいだから、少しだけ私にも協力して貰えないかしら?」

「…………」

「嫌だと言っても勝手に行くけど」


 俯いていたマーカスがガバッと顔を上げる。一切目を逸らさない様子に、私が絶対に譲らないという事を悟ったのだろう。


「分かりました……私の負けです」


 フゥーと長く息を吐くと改めて私を見て言った。


「では、条件を織り合わせましょうか?」


 マーカスから出された条件は3つ。


 必ず護衛を1人は付ける事。

 最初はマーカスも同行する事。

 決められた区域以外には行かない事。


「反対はしましたが、正直言えば伯爵領の治安はかなりいいのです。この3つの約束を守って頂ければ危険は少ないと思いますよ」

「分かったわ! きちんと約束は守ります」

「では、このまま食堂に向かいましょう。まさかこんな話だとは思わなかったので、随分時間がかかってしまった。もうすぐ夕食ですよ」


 マーカスは苦笑いをして私達を食堂へ先導しようとしたが、そのマーカスの前にダリアがズイッと割り込んだ。


「ん?どうしましたダリア?」

「マーカスさん、この際です。私達の事もはっきりさせましょう」



 ——いったー!!!

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