第22話 活気のない街?

「奥様ー! 試作品が出来ましたよー!」


 マリーがそう言いながらバスケット片手に走って来る。


 伯爵領到着の翌日、朝から大量のクッキーを焼いた私はそれを持って庭園の東屋でお茶をしていた。


 あまりにも大量の精霊達が部屋に押し寄せて来るので、


『遊びに来る時は一度に来ない事』

『他の人がいる時に話しかけても、返事は出来ない事』

『人間がいる前でクッキーを食べない事』(いきなりクッキーが消えるという怪奇現象が起きる為)


 など、いくつかの約束事を決めてクッキーをあげていたのだ。ちなみにみんなには見えていないだけで、今もかなりの数の精霊達がこの辺りを飛んでいる。


 みんなにも精霊が見えれば、『精霊の里』とか言って伯爵領を観光地化もできるのに残念だ。


「まぁ、もう出来たの? まさか到着した次の日にこのパンが食べられるとは思わなかったわ。初めて聞く製法をすぐに再現して見せるなんて、ここのコックは優秀ね!」

「ベーカーはまだまだ改良の余地が有りそうだって言ってましたけどね。私は味見も兼ねて焼き立てを1つお先に頂いてしまったのですが、とっても美味しかったですよ!」

「ふふふ、楽しみね」


 マリーがテーブルの上を整え、バスケットから取り出したまだ温かいパンをお皿の上に乗せてくれる。


 ひと口分を千切って口の中に入れると、小麦の香りがふんわりと口の中に広がり、後から来るモチモチした食感とのバランスが凄く良い。


「美味しいわ!」


 私が思わず声を上げると、マリーはほっと胸を撫で下ろしていた。


「お口に合って良かったです。もっとモチモチにしたければ、男爵領では『キャバ芋』という芋を生地に混ぜているんです。ベーカーが、この領地で獲れる物で代用出来ないか色々試してみるって言ってました」


 なるほど、そのキャバ芋の代わりも伯爵領で生産された物で見つかれば言う事ナシだ。


「もう少し甘くして、ドーナツみたいに揚げても美味しいんじゃないかとも言ってました」

「天才か!」


 それ絶対美味しい奴!


 ベーカーは、比較的高齢な使用人が多いこの邸では珍しく、まだ年若い料理人だ。父親もここで長年コックを務めていて最近代替わりをしたらしい。


 先が楽しみ過ぎる逸材である。


 それから数日間は、マーカスに頼んで街へ出かけたり、畑や鉱山の近くまで視察に出かけたりと忙しく過ごした。


 視察と言っても警備の関係上馬車から外を覗く程度だったのだが、どこへ行っても領民達は概ね歓迎してくれていた。


 伯爵領は潤沢な資金があるだけあって、どこも綺麗で発展している。


 道は綺麗に整備されているし、街灯や兵士の詰め所も適当な数設置されている為治安も良さそうだ。学校も病院もちゃんとある。


 ……ただ、気になる点がいくつかあったのは事実で。


 1番ひっかかるのは、領民達に活気が無いのだ。


「ねぇ、ダリア。これだけ豊かな領地なのに、領民達に少し元気が足りないと思わない?」


 今日はダリアが私の付き添いを務めてくれている。


「そうですか? 私には活気ある街に見えますが」


 確かに豊かに暮らしている分、領民達の表情は明るい。しかし、綺麗で豊かな街に活気の無い領民というアンバランスさが私には気になった。


 下町で暮らした事のある私だからこそ分かるのかもしれないが、平民の街には、毎日懸命に生きているからこその活気というか、生命力の様な物に溢れているのだ。


 この街にはそれが無い気がする。これではまるで、王都の貴族街の様な……


「何て言うんだろう…上手く言えないんだけど、生き生きとしていないと言うか、若さが弾ける感じが足りないと言うか」

「私は若さより渋みの方が好きですけどね」

「…………」

「伯爵夫人が視察に来られているという事で、緊張しているのかもしれませんね」


 なるほど。緊張していればそりゃ活気も何も無いかもしれない。


 一見歓迎してくれている風に見えても、普段貴族と会う機会なんて殆どない平民にとって貴族は畏怖の対象にもなり得るのだ。


 うーん、私が視察に行っている状態で素を見たいというのは中々難しい話なのかもしれない。


 実は近いうちに伯爵領の中でも富裕層の奥様方のお茶会に参加させて貰おうと思ってたんだけど……当たり前だけど気を遣われるよね?


 このお茶会は例のシルクに似た布を織っている奥様方の集まりで、私は参加するのをとても楽しみにしている。何でも彼女達にとって布を織るのは丁度貴族女性が刺繍を嗜む様な感覚らしい。


 私としては是非この布織りを伯爵領に広げて貰って、あわよくば伯爵領の特産品にしたいと思っているのだ。

 出来れば伯爵夫人として丁重に扱われるのではなく、本音が色々聞けると有難いのだが……。


「そうよね。伯爵夫人が行ったら緊張されて当たり前よね」


 私は伯爵領の街並みを眺めながら、前々から考えていたある作戦を決行に移す事に決めた。



 ——その夜。


 いつもの様にマリーと2人自室で寛いでいた私は、マリーに昼間決断した事を打ち明けた。


 マリーなら恐らく反対はしないだろうと踏んでいたのだが、想像以上にノリノリで引き受けてくれた。


「任せて下さい、奥様。自慢じゃありませんが得意分野です! 明日にでも早速街に出て必要な物を買い求めて来ますね」

「ありがとう、マリー。……その、結構お金がかかってしまうと思うのだけど、大丈夫かしら?」


 マリーは一瞬キョトンとした後、トンっと胸を叩いて微笑んだ。


「ご安心下さい、領地での滞在にあたって伯爵様からまとまった額のお金を渡されております。ミシェルさんからも、しっかりお買い物に励む様に言われてますので!」


 買い物に励むって、中々聞かない言葉だな。


 でもそうか。旦那様、ちゃんとお金の事とか考えてくれてたのか。ありがたやー。


「まぁ! それはとても有難いわね。でも、きっとミシェルはドレスや装飾品を買って欲しかったのではないかと思うのだけど、私の計画に必要な物の為に使ってしまっていいのかしら? その……魔石とか」


 魔石が結構なお値段する事は私も知っている。


 もちろん効果や品質によって値段はピンキリだが、ピンが卒倒しそうなお値段なだけであって、キリも結構お高い。


「ふっふっふ、奥様。ハミルトン伯爵家の財力を舐めちゃーいけませんよ。服の1着や2着、魔石の1個や2個買った所でまだまだお金はあります。むしろ奥様がちゃんと使い切れるかの方が心配な位ですね!」


 そんなに? というか、別に無理に使い切らなくてもいいんじゃ……


「あ、ちなみにミシェルさんから、使い切るまで帰って来ちゃダメって言われてます」


 ……そんな事って、ある?


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