第9話 お狐様と鬼人族の村
私の領地と御狐領の間には緩衝地帯となる空間が存在しています。
ここは公儀の天領であり、一応私の付属領です。
なぜこの空間が天領であり私の付属領のような扱いになっているのかというと、私の領地を取り囲む霧の結界に原因があります。
私の領地を取り巻く霧の結界は火国の西方に存在するものと同質のもので人を迷わせることができます。
その発生源は一人の僧。
日本の妖精郷からこの世界の日ノ本へ中国の仙人と共に仏教を伝えるために渡り来た古代の即身仏となった高僧です。
そんな彼は今、七人の弟子と共に私の領地の狭間で眠りに就いています。
しかしそれも領地に近づけば起きる現象なだけであり、その手前くらいまでは近づくことが可能です。
その結果が今目の前で起きている事態というのは何の皮肉でしょうか。
「簡素ですが、村がありますね」
そうです、村があったのです。
小さいですが防壁も築かれた確かな村がぽつんと。
「ご主人様の代わりに一応日ノ本を管理していたのですが、いつの間にかここに村が出来てしまっていました」
「それ、管理してたと言わないのでは?」
「そ、そうかもしれません」
「まぁ西方世界の管理もあるでしょうから無理しろとは言えませんけど」
「そうですね……。でも今は私の作り出した下位神たちが雑務を行ってくれているので少しは助かっていますよ?」
「さすが創造神ですね」
「残念ながら私は創造神と言っても神様は作れますけど、星は作れません」
ラティスの基本的なお仕事は世界の運航を助けることです。
そのために必要な、神々を創造するスキルが与えられています。
これが創造神たるラティスの役目。
まぁいずれ私が引き抜く予定なので、後任を用意しないといけませんが。
それはさておき、問題は目の前の村です。
「ここの住人はどんな人たちなんですか?」
私が気になっていること、それはこの奇妙な隣人たちの人となりです。
悪人であれば追い出すなり退治する必要がありますので。
「ここの住人は狐の獣人と鬼人ですね。どちらも妖ではなく人寄りです」
「なるほど、人間さんということですね」
「はい。一応鬼の妖種もここではないですが確認してますよ? 後程出会う機会もあると思います」
「鬼もいるんですね。そのうち顔合わせに行きましょうか」
私たち妖種にとって神々や自然霊、仙人というのは同じ時間を共有できるかけがえのない存在と言えます。
特に相手の感情や祈り、畏れなどを集めて力にできるという点が共感できるポイントだったりします。
逆に、それらの力がない人たちは私たちとは違う存在という認識になります。
なので大まかに『妖』と『人間』に分けて考えるんです。
それはたとえエルフやドワーフ、オークやゴブリンでも同じです。
彼らは人間と同じと扱われたくないでしょうが、私たちにとっては人間でしかないんです。
しかしそんな彼らには私たちの区別がつくはずもなく……。
「おーい! そこのお嬢ちゃんたち! 村の外に出たら危ないぞ!」
何やら村を遠巻きに見ていた私たちを見つけた門番さんに声を掛けられてしまいました。
門番さんは半纏を着用し鉢巻きをし、さらにはさすまたを装備しているというちょっと不思議な恰好でした。
なんというか取り押さえるのがメインというか……。
「む? なんだか随分と上等な服を着ている狐耳の嬢ちゃんだな。隣の嬢ちゃんは人間か? 珍しい組み合わせ……ってわけでもねえな。もしかして城下町の子かい?」
門番さんは私たちの姿を上から下までしげしげと見てはそんな感想を口にしました。
城下町の子とはどういうことなのでしょうか。
「えっと……」
「はい、そうなんです。お嬢様がこの辺りを見たいとおっしゃいまして。特にここには狐人(こじん)の村があるということで……。何分お嬢様のルーツの1つでもありますので」
と、私が何か言おうとしたところラティスがあっという間にないことないことでっち上げてしまいました。
内容はともあれ、この問答に何の意味があるのでしょうか。
「なるほどなー。狐人ってことは間違いなくルーツはこの村だろう。狐人は昔も今も貴人が囲いたがるからなぁ」
「そうなのですね。たしかにお父様は人間でお母様は狐耳ですね」
「だろうだろう。ってことは良いところのお嬢さんか。しかし、城下町からだと遠いだろう? またどうしてこんなとこまで来ちまったんだ?」
色々聞きたいのだろう、門番のおじさんがどんどん質問してきます。
そんなに珍しいのでしょうか。
柔らかい雰囲気からして職務質問というわけではないようですが……。
「いえ、ここは結界に守られていて安全と聞きましたので。こう見えて私は剣術も護衛も堪能でして」
「人間の嬢ちゃんなのに偉いなー。まだ十かそこらだろうに。まぁそうだな。この村は特殊な結界があるおかげで普通の人間には見つからねえし悪意ある人間にも見つからねえ。鬼人や鬼族、狐人とかに関わる人間でもない限りはたどり着けない場所さ」
なるほど、絶対におかしな人には見つけられない仕様なんですね。
だからあまり私たちを疑っていないと。
「ちなみに悪意ある人たちはここに来るとどうなるんですか?」
これは完全に興味本位の質問です。
「まずわしらが見つける前に村内の結界石が赤く光る。するとわしらは警戒するわけだけど悪人は結界が作り出した迷いの霧に捲かれて元来た道に戻っちまうってわけだ」
「へぇ~。すごいんですね」
「おうよ。まぁ本来ならよそ者は歓迎しないところなんだが……。狐人と鬼人の縁者は歓迎するのが習わしでな。こうして警戒もせずに迎え入れてるってわけだ」
「警戒心があるんだかないんだかよくわかりませんね」
「そう言うなって。こう見えて鬼人は人間の武士より強いし頑丈だからな。それにもしわしらに何かあったら村の東にある山の鬼族が黙ってねえ」
門番のおじさんはそう言うと私の領地の東でもあるその方向を指さしました。
特に高くもない普通の里山という感じの山です。
でも確かに感じる鬼の妖気。
どうやらこの村の鬼人のルーツはあそこにあるようです。
もしかするとこの村は鬼と人間の間に生まれた子が住まう村なのかもしれません。
「なるほどです。ということは元々ここは鬼の村だったんですね?」
「おうよ。頭いいなー。まぁそんなだからここは安全ってわけだ。狐人が住んでいるのは約定ってのもあるけどな」
「約定……」
「その昔、東の山の鬼族とこの先の結界の奥に住んでるっていうお狐様の大事な人だっていう女神が交わしたという約束って話だ」
おじさんはそう話しますが私にはそんな記憶はありません。
しかし女神ですか……。
「えっと、その女神ってお名前は……?」
「あーっと、あ、ア、アマ……。そうそう、天照様だ」
「な、なるほど……」
私は先ほどから黙っているラティスをそっと横目で見ます。
するとラティスはびくりと身体を震わせると首を横に振りました。
どうやら知らないようです。
ということは、完全に忍んでやってきたということですね? あーちゃん。
「まま、ちょっとくらい村見てくか? みんな歓迎してくれるだろうしよ」
門番のおじさんは私たちを気軽に誘います。
ちょっと興味ありますし、見ていくとしますか。
城下町は後で行くとして……。
「わかりました。私たちのルーツ見てみたいですし」
「おうよ! 城下町へは後で送ってってやるからよ。一応殿様にも報告しなきゃなんねえしよ」
そう言うと門番のおじさんは別の門番さんに一声「おーい、門を開けろー!」と声を掛けると私たちを連れて行くのでした。
ねぇラティス? 後で詳しい話を聞かせてくださいね?
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