第5話 妖精郷とお江戸と猫の日

 江戸には私たちが所有するの社の1つである稲荷神社が存在しています。

 この領地とも直接つながるその稲荷神社は寺社奉行の管轄ではなく公方様、つまり当代の将軍が直接選んだ巫女が管理している神社になります。

 これが東の江戸の大稲荷で、同じような稲荷神社が西の京にもあります。

 こちらは帝が選んだ巫女が管理する稲荷神社となっていて、西の大稲荷とも呼ばれています。


 もちろん、私たちの稲荷だけではなく宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様こと、宇迦ちゃんの稲荷神社も共に存在しています。

 ちなみに宇迦ちゃんは年上ですけど、私の友達でもあります。

 とても可愛らしい女性で、いつも何か御馳走してくれるので大好きです。

 そもそも、私がこの世界を作った際にお父様やお母様の力をお借りしましたし、イザナギ様たちのお力もお借りしています。

 なので当然の代償と言いますか、いわゆる天津神たちの社も建てることになったのです。


 ちなみに、私の領地の古びた社の中にはなぜか天照大神ことあーちゃんの鏡があります。

 理由はいくつかあるのですが、まぁあーちゃんの習性と思ってくれていいです。

 あーちゃんはこの世界にはほとんど来ませんが私の社があれば必ず鏡を置いていくのです。

 本神曰く、『ひーちゃんは私の嫁だから』だそうです。


 食事を食べ終えた私たちは自然霊たちに作業を任せて一度江戸の社にいくことにしました。

 格好は目立たないように町娘の服装と周囲に合わせて黒髪に。

 私自身はお父様の影響でどちらかというと銀髪なのでやはり目立つことに変わりはありません。

 ちなみに普段の色は少し青みかかっています。

 服は赤の小袖にしておきました。

 ラティスはピンクの小袖ですけどね。

 

「ご主人様、お耳と尻尾は隠しておいてくださいね」

「大丈夫です。行くときに隠します」


 とりあえず向こうとのリンクを繋げて行き来しやすくしておきましょう。

 準備OKなのでさっそく鳥居へと向かいます。


「みんな、ちょっと出かけてきますのでのんびり作業しててくださいね」

「「「「は~い!」」」」


 あとの作業を4人に任せてさっそく江戸に向かいます。

 方法は単純で社にある鳥居に触れ、妖力もしくは神通力を送り扉を開きます。


「じゃあ行きますよ」

「はい!」


 私が鳥居の柱に触れ柱の間の空間に触れると、柱に『妖種文字』と呼ばれる漢字を崩したような文字が浮き出てる。

 そして僅かに発光した後、柱の間に薄い膜のようなものが発生した。

 これが世界の境界。

 この先は狭間の空間であり、そこに作られた【妖精郷】に繋がっています。

 妖精郷はどこの世界にも作ることができますが、基本的にはほかの世界の妖精郷に接続しない限りは単独で存在したままになります。

 例を出すなら【地球妖精郷】や【火星妖精郷】があるようなものです。

 ちなみに【高天原】も同じ理論で存在しているので、妖精郷と高天原を接続することもできます。


「相変わらず不思議な場所ですよね」

「どこもそんなに変わりませんけどね?」


 鳥居の先には青い空、広がる草原と森や山が存在していた。

 妖精郷は狭間の世界に存在していますが、作った人のイメージ次第でどんな世界にもすることができます。

 でも基本的に生物はいないので生物は別途用意する必要があります。


「太陽もありますよね」

「ちょっとした小さな恒星系みたいにもできるんです。とはいえ、夜は星も見えますけど行くことはできませんね」

「宇宙があるんじゃないんですか?」

「あるにはあるんですけど……」


 ラティスは世界を作ったりすることができないので知らないかもしれないけど、妖精郷から見える星はそのすべてが恒星なんです。

 そしてその恒星の周囲には惑星がありません。

 もし惑星を作るならそこに惑星型の領域や世界を作る必要があります。


「なるほど。おや? あんなところに鳥居が?」

「ん?」


 ラティスが何かに気づいたようです。

 ラティスが見ている方向を見ると、確かに鳥居がありますね。

 なんだか見覚えがある鳥居です……。


「ま、まぁ今は良いでしょう。江戸に出ますよ」


 こうして私たちは妖精郷を通り抜け江戸の町にある大稲荷へと出たのでした。


「おぉ。江戸に着きました」

「着物を着た人がたくさんいますね!」


 私たちが出たのは大稲荷の正面にある大きな鳥居でした。

 周囲にはたくさんの着物を着た人たちが集まっていますが誰一人として私たちには気づいていません。

 それもそのはずで、私たちは姿を現そうと思わなければ基本的に1つずれた空間に存在することになります。

 いわゆる位相ずれというやつです。

 いくら獣人と人間が仲良く暮らしてると言っても、突然妖種や妖怪が現れたら誰でも驚きますし騒ぎになりますからね。

 それでも鋭い人は気が付くようで、姿は見えずとも何かがいると気になって周囲を確認する人がちらほら見受けられました。


「今日はお祭りか何かでしょうか」

「どうでしょう? そんな予定は見たこともないですけど。それにしても猫の獣人さんが多いですね」

「本当ですね。ここにいる獣人の7割は猫の獣人のようです」


 江戸の大稲荷にはなぜかたくさんの猫の獣人さんたちがいました。

 大人も子供も楽しそうに何かを祝っています。

 少し聞き耳を立ててみましょうか。


「らっしゃいらっしゃい! 今日は猫の日だよ! 良いアジの干物があるんだ。江戸前のアジだよ! さぁ買っていってくんな!」

「猫の日名物海苔の佃煮だよ! 今日は特別大特価だ! 買わなきゃ損だよ!」

「お父! 飴買って!」

「飴かぁ。猫の日だしたまにはいいかね。店主、飴1つくんな」

「あいよ、まいど!」

「わーい!」


 どうやら今日は猫の日という日で、お祭りをやっているらしい。

 それはわかりましたけど、なんで稲荷でやってるんですか?


「ラティス、猫の日ってなんですか?」


 残念ながら私はこの世界の江戸事情には詳しくありません。

 ここは大人しくラティスに聞いてしまいましょう。


「ええっと、この世界で最初の猫の獣人が生み出された日だそうです」

「へぇ~……」

「あれ? ご主人様と白百合様がお作りになられたのにご存じなかったんですか?」

「えへへ……。まったく……」


 ラティスに言われて思い出してみたものの、全く思い当たる節はありませんでした。

 ちなみに一番最初に生まれた猫の獣人は【ミナ】という名前の女の子でした。


「ちなみに大稲荷でお祭りを開催している理由ですが、最初の猫の獣人がお狐様を信奉していたらしくて、お社を建ててその前でお祭りを行うようになったことに起因しているらしいです。つまりご主人様たちのせいですね♪」

「……。えっ?」


 私それ初知りなんですけど??

 そういえばやたらと熱のこもった祈りが届くな~と思っていたことがあるんですよね。


「それでその、ミナさんはいずこに? もう亡くなってますよね?」


 私たちがこの世界を作ってからこの世界はしばらくの間、時間を加速されていました。

 なので過ぎ行く時間の中でのこの世界のことを私は知りません。


「はい。もう亡くなっていて、今はご主人様の領地でご主人様の帰りを待っているはずです」

「!?!?」


 知らない間に私の領地にはストーカーが住んでいたらしいです。

 しかも死んでから押しかけてくるとか……。

 やばすぎますよね!?


「ご主人様が驚くと思って黙っていましたけど、今は眠っていて気が付いていないようですよ? ただ……」

「ただなんです?」


 私がそう促すと、ラティスは少し溜めを作ってからこう言うのだった。


「ご主人様の妖力を頑張って吸収して、猫又に進化しました」

「……」


 ストーカーは猫又になっていたそうです。

 うん。領地に帰るのが怖くなってきました……。


「ま、まぁ気を取り直して本殿に行きましょう、ご主人様」

「……」


 私はラティスに手を引かれてゆっくり歩きだしました。

 でも私の頭の中は混乱したままです。

 ほんと、どうしましょう……。

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