第10話



真っ暗闇のトンネルから

抜け出したように

彼女と過ごす空間は

居心地が良かった




シャボン玉のように

ふんわりと柔らかく



太陽の光で

反射をして

キラキラとした世界に

誘われたよう



花の蜜のように

吸い寄せられて

後戻りが出来なくなっている。



冷蔵庫のように

カチンコチンに冷え切った

部屋が

まるで温かく

ポカボカとひたなぼっこが

できそうな草原になったみたいだ



無機質でモノトーンだった部屋が

少しずつ変化していった。




朝、ベッドから1人起きて

蛇口から水をコップに入れては

グビグビと飲むと、

スマホに

ポロンと1通のメッセージが届く。



美羽からだった。



『今日の夜

 会う約束してたけど

 行けなくなった。

 ごめんなさい。』


「何かあった?」


『朝から頭痛くて、

 熱測ったら高かった。』


メッセージとともに

体温計に39.2と書かれた

写真も送られて来た。


「大丈夫なの?」


『大丈夫、病院には

 行けてないけど

 2、3日寝てれば治るから。』


 そのメッセージを

 最後にやり取りを終えた。


 颯太はソワソワした。

 何かしてあげなきゃと焦った。


 まずは会社に出勤しないとと、

 顔洗って、現実に集中した。


 明日は土曜日で

 会社は休みだが、

 例の娘と家族3人で会う約束を

 していた日。


 具合悪くしている美羽は

 放っておけないが、

 約束を破るのも申し訳ないと

 決断しかねていた。


 靴べらで革靴を履いて、

 突っかかった。

 慌て過ぎている。


 玄関のドアを開けると、

 車の走る音が道路で響いていた。


 会社に行かずに

 美羽の元へとすぐにでも

 行きたいと思ったが

 グッと堪えて、

 進路を切り替えた。




 ◇◇◇




颯太は仕事終わりに

近所のドラッグストアで

風邪の時に

必要であろうものを


額に貼るシート

ゼリー状の栄養ドリンク

頭痛薬

果物の缶詰

お粥パウチ

飲み物を数本


買い漁っては


ビニール袋に詰めて

美羽の家に向かった。




一足先に

拓海が

美羽の部屋に

入ってくのが見えた。



アパートの壁に背をつけて

こちらの姿を見られないよう

影からのぞいていた。


拓海が入ったのを確認してから

買ってきたものが

無駄になるのを恐れて

そっと美羽の部屋の

玄関の前にビニール袋を

置いて立ち去った。



本当は

自分の出る幕じゃないって

分かってたのに

現実を見せられた気が

してならなかった。



「美羽、久しぶりに来たかと

 思ったら、

 何、寝込んでんだよ。」



「突然、連絡も無しに

 来ないでくれる?

 こっちは、今高熱出てるんだから。」


 フラフラになりながら、

 拓海を部屋の中に上げると

 ソファに横になった。


「風邪か?」


拓海は足元に座っては

美羽の額に手を当てて

自分の額の温度と確かめた。


「かなり熱いな。

 何か買って来るか?

 食べたいものは?」



「今は食欲ない。」


 顔まで毛布をかぶって隠れた。


「何か食べないと

 熱も下がんないだろ。

 それに水分補給も。」



 拓海は、冷蔵庫を漁ってコップに

 飲み物を準備してくれた。

 やってくれたこと

 今までなかった。


 連絡だってまめじゃないのに

 拓海の行動が

 不思議だった。


 別れるって話したはずなのに

 許可されてないのか。



 そんなことされたら

 過去を思い出してしまう。



 付き合いたての頃の

 ドキドキとした

 あの頃に。


 

 首を振って目を覚ませと

 自分に言い聞かせる。


「ちょっと待ってろ、

 今、何か買って来るから。」


 拓海が玄関の

 ドアを開けようとした瞬間

 ガサガサとなった。


 ドアでビニール袋が押された。



「え、何これ。

 美羽、誰かに何か頼んだ?」



「え?」



 横になって寝たまま、美羽は答える。



「ほら、玄関の前に

 たくさん、今必要なものが。

 四次元ポケットで

 取り出されたみたいにさ。」


 ビニール袋をのぞくと

 風邪をひいてる人には必須であろう

 ものがたくさん入っていた。



「いやいや、

 たぬきロボット

 じゃないんだから。」



「猫型ロボットだろ、

 それを言うなら。」



「……きっと、お母さんじゃない?」



「え?福島の?

 わざわざ?ここに?」



「え、だって、ほら。

 妹とこっちに泊まりに来る時あるし。」



「え?どこにいんの?

 妹とお母さん。」




「ビジネスホテルとか?」



「???

 高熱で頭やられてんのね。」



 拓海は袋の中にあった

 額にある冷えるシートを

 ビリビリと剥がしては

 ペタッと美羽の額に貼り付けた。



「うひゃ?! 冷たッ。

 っと、ちょっと何すんのよ。」



 拓海はすぐに美羽を体を持ち上げては

 ベッドに運んだ。



「あのなー、ソファじゃなくて

 しっかりベッドで寝て休めよ。

 そんなんだから

 治りが遅いんだぞ。」



 そっとおろすと、

 体にふとんをワサッとかけた。


 両手でふとんのすそを握っては

 顔を隠した。



「んじゃ、お大事に。」



「ちょっと待って、拓海。

 聞きたいことがあるんだけど!」



「あ?なんだ、風邪ひきさん。」



「この間、と言うか

 随分前に私が真夜中に外出た日、

 ベッドの下にピアス落ちてるの

 見たの。

 それって…。」


「は? 

 美羽のだろ?

 俺、ピアスつけないし。」


動揺することなく

ストレートに話している。

嘘はついてなさそうだ。


「え、あ、えっと、

 あと、洗面台にあった

 赤い歯ブラシって…。」


「ああ、それ? 

 美羽がご飯食べた時に

 歯が挟まって歯ブラシ無いって

 騒いでたから買っておいたんだけど?」


 それを聞いて美羽は一瞬固まった。


 美羽は妄想していたのかもしれない。

 拓海が浮気をする遊び人だと。


 でも、なんだろう

 このモヤモヤする感じ。


「いや、あのー、うん。

 大丈夫。

 頑張って治すから。

 おやすみなさい。」


ふとんの中に潜り込んだ。


拓海は頭に疑問符を浮かべては

立ち去って行った。



颯太は直接会わずに

電話で済ませようと帰りながら

スマホの画面を開いた。


美羽は颯太から電話を数秒で出た。



「もしもし、颯太さん。

 もしかして、ウチに何か届けてくれた?」



『え、ああ。

 もう中身見たの?

 ごめんね、ドアの前に置いてったよ。』



「ありがとう。

 役に立ちそうなもの

 いっぱいあった。

 中に入っても良かったのに。」



『誰か、来てたみたいだから。』



「あ、そっか。ごめんなさい。

 明日なら多分、

 誰もいないし、大丈夫だから。

 来て欲しいな。」


『明日……ちょっと、考えておくよ。』


「うん、それじゃあ。」



 ため息をついて

 タバコに火をつけた。

 ドーナツの輪のように

 煙が上に行く。


 決めなくてはならなくなった。





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