第7話 悪役令嬢の戦い

 俺は理解が追い付かなかった。


 いや、頭を回転させろフィーグ・ラン・スロート。

 この少女とカーマの言葉が正しいなら……この少女は、千年前に封印された悪役令嬢と言う事か。


 物語に語られる、最も邪悪な悪役令嬢。

 初代女王に叛逆し、多くの民の命と幸せを奪い屍山血河を築いた冷酷無比、残酷非道なる悪鬼。


 だが……眼前の少女はそんなものに見えない。


 人は見かけによらないだと? 確かにそうだ。女というものはその醜悪な本性を擬態する生き物だと俺は知っている。

 しかし、ならばどうする。

 自分の婿になれというこの少女。一体何を考えている?


「……お前は何を言っている?」


 声が上ずっていた。情けない話だ。


「何って……」


 少女、ユーリは首をかしげて言った。


「この時代にはもうないんだっけ? 悪役令嬢の魂約」

「それは……あるが」

「うん、だったら――」


 続くユーリの言葉を、カーマが遮る。


「させませんわッ!」


 そして真空の塊が俺たちを襲う。


「っ!!」


 その真空の攻撃を、ユーリが手を掲げて受け止め、防ぐ。


 ……魔力障壁か!

 だが、カーマの攻撃は止まらない。


「……くっ」


 ユーリが顔をしかめる。

 少しずつ、押されている。


「……ボクの魔力は残り少ない、このままじゃ……」

「なんだって!?」

「し、仕方ないよ!ずっと石にされていたし、今のボクには魂約者もいないんだから!」


 ……そういことか。


「だから、俺を使おう……ということか」


 貴族男子……魔力を持つ男は悪役令嬢にとってエネルギー源だからな。

 この女にとって、俺という存在は格好の餌にして、命綱ということか。

 だから、俺ほ婿に……と。魂約しようと言ってきたのだ。

 ならば、この状況を最大限利用し、この女を使えば……!


 しかし、


「このままじゃまずい、一か八か隙を作るから、君は逃げて!」


 ユーリの言葉は、俺の想像と真逆のものだった。


「な……っ!?」


 俺は驚きの声をあげる。

 こいつは俺を魔力電池にして力を使い、窮地を脱しようとしているんじゃぉないのか!?


「どうして……」

「何が!?」

「俺と魂約して、悪役令嬢の力を使うんじゃないのか!?」


 その俺の言葉に、ユーリは。


「……あ、その手があったか!」


 そんなことを言い出した。


「おい!」

「いや、でもだってこういうのはお互いの気持ちとか段取りとか大事でしょ! 危険がピンチで危ないからって、その期に乗じてだまし討ちみたいに魂約するのって、なんか違うよね! 乙女ちっくじゃないよ!」

「……!!」


 その言葉に俺は瞠目する。

 これが女の言う言葉なのか!?


「それに、さっきボクが君にその話したとき、なんかイヤそうだったし!」


 女なんてものは、自分の都合と性欲しか考えてない生き物のはずだ。

 俺がこの身で体験してきた。それはこの世界の絶対の――真実。


 だというのに。

 千年もの間、邪悪だ蛇蝎だと忌み嫌われて語られてきたこの最初の悪役令嬢は――俺を案じただと?


 ……いや。


「……そうか、そういうことか」


 俺は騙されない。女なんかに騙されてなるものか。

 俺を案じているふりをして、俺を籠絡し利用する気に違いない、そうに決まっている。


 だが……しかし。

 この世界にとっての『邪悪』で『異分子』なのだとしたら。

 俺の両親がそうだったように。

 だから俺の両親は処刑され、そしてこのユーリ・アーシア・ストーリフは石にされ封印されていたのだとしたら?


 ……いや、どちらだろうと。

 今は……!


「逃げる場所は上の穴しかない、そして男の身である俺は、あんな所から出ることなんて出来ない!」

「……! そんな、魔法は使えないの!?」

「俺の使える魔法は、回復魔法と盆栽魔法とちんちん魔法だけだ!」

「何その魔法!?」

「ごもっともだ!! 穴から逃げる方法はなく、そしてあの悪役令嬢の攻撃に、今のお前はそのうち魔力が枯渇して耐えられなくなり、チェックメイトだ!」

「……っ!!」


 俺は事実を羅列する。このままでは終わる。

 だから――


「だから、俺はお前と……魂約する!」

「……! で、でもいいの!?」

「いいも悪いもない。俺はこんなところで死ぬ気はないし、お前もそうだろう!」

「……それは、そうだけど!」


 俺は深く息を吸い、そして言う。


「これはただの偽装婚約だ。俺はお前を愛する気はないし、お前も俺を愛する必要はない」


 そして俺は手を伸ばす。


「だが――俺には目的がある。この歪んだ世界をぶっ壊すという目的が! だから――!!」


 そしてユーリは、その俺の言葉に目を丸くした後、笑い――俺の手をつかんだ。

「うん、いいねその野望! だったらキミの野望、ボクが側で見届けるよ!!」


 そしてユーリは俺を引き寄せ、そして――口づけを交わした。



 ――Engage!!



 そして、閃光が迸る。

 爆風が吹き荒れる。

 俺はその風に煽られて地下室の石畳の上を転がりながらも、起きあがってそれを見る。

 その煙の中から現れたのは――


「――悪役、令嬢」


 カーマが顔を歪めて口にしたその言葉。

 俺にとって、嫌悪と恐怖の対象だったそれが、やけに頼もしく感じる。

 たなびく闇のような漆黒の黒髪。

 白と青、そして金色をあしらった豪奢な戦闘用ドレスを身にまとった――ユーリ・アーシア・ストーリア。

 最初の悪役令嬢――『叛逆令嬢』が、そこにいた。


「ふふ……ふ、ふははははは!! まさかまさかとは思いましたが、本当に! あの叛逆令嬢の復活――とはね!!」


 カーマが笑う。


「ああ、何という光栄! なんという栄誉!! あの最悪の反逆者と、一曲踊る栄誉に預かれるとは!」


 そしてカーマが優雅に一礼をした。


「私、クルスファート王国が王太子ジュリアス様の魂約者、、カーマ・ウィ・タッチシザー伯爵令嬢と申しますわ。銘は鎌鼬令嬢。ユーリ様、是非とも私めと一差し、舞っていただけませんこと?」


 その言葉に対し、ユーリは。


「うん、いいよ。ボクは叛逆令嬢ユーリ・アーシア・ストーリア。爵位は既に剥奪された身なれど――喜んで」


 スカートの裾をつまみ、一礼する。


「クルスファート王立魔法学園校則第二条。

 決闘を挑まれた悪役令嬢は、その誇りにかけて決闘を受けねばならない――」

「千年たってもあるんだね、その誓い――」


 そして――

 二人の令嬢が、大地を蹴った。


「はあああああっ!!」


 カーマが腕から生えた鎌を振り下ろす。

 対してユーリは……


「えああああっ!!」


 長剣を抜き、下段から振り上げた。


「ふふふ、流石は叛逆令嬢! ですが――!」


 カーマが鎌を引っ込め、二撃目を受け止める。ユーリはその一撃の衝撃を利用して後ろに飛びのき距離を取ると、体勢を低くして剣を構えた。


「では私も……本気で行かせて頂きますわ……っ!!」


 そしてカーマがユーリに肉薄し、鎌を振る。その一閃をユーリは剣で受け止めた。


「あははは! 流石ですわ叛逆令嬢様!」


 カーマが笑いながら鎌を振るう。それをユーリは剣を巧みに操り受け流しながら躱している。


「しかし! 千年ものお寝坊さんで、身体がなまったのではありませんこと!?」「はは、まさか!」


 カーマの挑発にユーリが笑いながら答え、そして間合いを取る。

 そして。


「ふふ……じゃあボクも少しだけ本気を出そうかな」


 ユーリがそう言うと同時に――その姿が消えた。


「何ですって!?」


 慌ててカーマが周囲を見回す。だが、視界内にユーリはいない。

 そして……次の瞬間。


「くうっ!」


 激しい激突音。カーマの眼前で火花が散った。

 見ると、ユーリが一瞬で間合いに踏み込んでいた。剣と鎌が交差する。


「なるほど、これ程とはね……っ!ですが!」


 カーマが鎌を薙ぎ払う。ユーリは後ろに跳んでその攻撃を躱す。カーマはさらに追撃を加えていく。無数の斬撃に、しかしユーリもまた華麗なステップで回避し、剣を繰り出していく。


「……速い」


 俺はその戦いを見て、思わず呟いた。

 ……ユーリの動きは、俺の目でも辛うじて捉えられる程度だ。目で追うのがやっとで身体を動かして援護するタイミングがない!


 これが……悪役令嬢。


「く……っ!」


 カーマが顔をしかめる。ユーリの動きについていけないのだ。

 カーマは鎌を振り下ろす。だが、ユーリはそれを紙一重で躱すと、その剣を振るい、今度は逆に斬撃を浴びせかけた。


「くううっ!!」


 もう一本の鎌でそれを受け止めるカーマだったが、ユーリの攻撃は止まらない。怒涛の勢いで剣を振るい、カーマを追い詰めていく。


「ぐうっ!」


 そしてついにカーマが体勢を崩した。そこに――


「これで最後だ!!」


 ユーリは必殺の一撃を放つべく剣を引き絞った。だが――


(なんだ……危険な匂いが)


 俺は女が嫌いだ。

 両親が処刑されて以来、俺はずっと周囲の女たちの顔色を窺い、媚びへつらって生きてきた。

 だから、わかる。あの顔。カーマのあの表情。


 あれは――似ている。叔母が、従姉が、気に入らない相手を罠にかけて陥れる時の表情!


「罠だ! 弾け!!」


 俺は叫ぶ。

 次の瞬間――


「令嬢スキル――」


 カーマが笑い、そして力が発動した。


絶・真空絶対陣アブソリュート・エアリアルヴォイド!!」

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