113、パーティー開始、大人気な女神に誘いの手
結局、俺の抵抗虚しくドレスの採寸もパーティーの準備もつつがなく進行し、あっという間に当日を迎えた。
「ああ、お似合いですアオイ様……本当に、良く似合っている……」
「……はは、はい。ありがとうございます」
出来上がったドレスは俺から見てもわかるくらいには手間と金をかけたもので、大変可愛らしいものだった。
薄水色をベースに、袖は肌がうっすらと透けて見える素材で出来ており、スカート部分は薄い生地を何枚も重ねたもので、すずらんの花のようにすぼまったシルエットがとても上品だ。誇張抜きに、妖精の類が着るものだと思う。
これを着るのが俺でなかったら、もしアルルあたりが着るというのなら、手を叩いて喜べたというのに。
俺は頭のてっぺんからつま先まで完成させられてしまったドレス姿、もとい妖精さんコーデを眺めて気づかれないようにため息をついた。ため息をつくと幸せが逃げる、なんて誰かが言っていた気もするが、息ぐらい好きにさせろと思う。そうしないとやってられない時に酸素まで制限しないでほしい。
「すっごいすっごい似合ってるよお姉ちゃん! だから自信もって! ね、ポール。お兄ちゃんもそう思うでしょ?」
「……あぁ」
「おう。けど、なーんかアオイ様、顔引きつってねえか?」
「きっと緊張してるのね。こんな大きなパーティーなんだもの」
涙ぐむカミラと嬉しそうなおめかし姿のアルルとポール。そしてちらりと視線をこっちに向けたっきり、尻尾を振って窓の外を見ているライゼを前に、俺は力なく手を振ることしかできなかった。これからこの格好で皆の前を練り歩くのだ。気だって滅入る。叶うことなら逃げ出したい。しかしパーティーの主役が不在というわけにもいかず。
壁越しに伝わってくる楽しそうなざわめきを聞きながら、俺はもう一度息をつく。窓越しに晴れ渡った青空を眺め、国全体の浮かれた空気を肌で感じながら、諦める。
今日はずっと、心を無にしておこうと思う。
「おや、主役様がそんな疲れた顔してていいのかい?」
「うっさいですね。いいんですよ、見えるとこだけ繕えてれば」
「は、あんたを完璧な女神だと慕ってる連中に聞かせてやりたいね」
じゃがいもをこねて丸めて茹でたものに肉のソースをかけた料理を意外にも上品に切り分けて頬張っているガネットを横目に、俺は魔物肉で作ったローストビーフらしきものを口に運ぶ。牛肉に負けず劣らずちゃんと柔らかくてうまい。せめてうまいものが食べたくて、料理の下準備に参加した甲斐があった。
「あなたこそ、あんなに嫌がっていたにしては慣れたご様子で」
「経験が違うのさ。この身体になってからは久しいけどね」
言動が勇ましすぎて忘れがちだが、そういえばこいつは元王族みたいなものだった。見えないだけで、パーティーの経験もそれなりにあるのだろう。多分。
二枚目の肉を口に入れた。甘い脂身がすきっ腹に染みる。
身構えていたパーティーの最初は、思っていたより怒涛の勢いで流れていった。それこそ時間の流れを忘れるほどに。耳が痛くなるような静寂の中、シュラ王国の国民と、話を聞きつけてやってきたフルール国の国民の前でなんとか噛まずに挨拶をして、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた後はひたすら頭を下げに来る相手の対応をして。
気づいたら腹ペコだった。もう昼の時間などひと回りも過ぎていることを、日の傾きで知った。
「にしても、こんなとこであたしに付き合ってていいのかい、女神様。偉らぶってりゃ、あそこで座ってたって勝手に飯は運ばれてくるだろう?」
「別に偉ぶってません。それに、ひとりで座ってるのも居心地が悪いんですよ」
「あんたといいシャムランといい、変わった奴らだねぇ」
奉仕され慣れている奴からすれば、席でじっとしていない俺や、「こっちの方が気を遣わなくていいから」と、自らパーティーの裏方に回っているシャムランは珍しいのだろう。
が、俺からしてみれば、あんないかにも主役様ですと言わんばかりの席でふんぞり返っている方が落ち着かない。ガワは女神かもしれないが、根っこは大したことのないただの男なのだ。派手な神輿に担がれるより、使用人の人たちに混じって仕事のひとつでも貰っていた方がまだ心安らかだろう。
そんなことしたらカミラがすっ飛んでくるだろうが。
「ま、あたしには関係ないことだね。あんたのパーティーなんだ。好きにすりゃいいさ」
ガネットは俺の返答に興味を示す様子もなく、二つ目のじゃがいもボールを皿によそう。その姿を横目で見る者はいれど、「あいつはこの国をめちゃくちゃにしたガネット!」と声高に叫ぶ者はいない。どう見ても小学校低学年ほどの子供をあの女神姿と結びつけるのは難しいのだろう。外見の変化が与える影響は大きいものだ。
周りから見えづらいのをいいことに、少し行儀悪く三枚目の肉に噛り付く。こいつと一緒にいる時は、よくも悪くも気兼ねしなくていい。
「そういやあんた、あの求婚馬鹿は来てないのかい? あいつなら一番に駆け付けてもおかしくないってのにさ」
「そういえば確かに……」
そこで言われて気づく。今日はバルタザールを見ていない。パーティーの当日だというのにだ。一応、パーティーへの招待はしてあるから知らないということはないだろうが、何かあったのだろうか。
「あんたがはっきりしないから、愛想でもつかされたんじゃないかい?」
「そうならどれだけありがたいか」
ニヤニヤ顔で突っついてくるガネットに苦笑いで返しながら、四枚目の肉を果実水で流し込む。これで諦めてくれるというのなら、心労のひとつも減るというものだ。
「皆さま、お楽しみになられていますでしょうか」
騒ぎが少し落ち着き始めたころ。その瞬間を狙ったかのように、司会進行役が口を開く。皆が各々明るい表情を向けると、司会は満足そうに頷き、軽く今日の天候や料理の内容について触れた後、続けて言った。
「──それではしばらくの間、ダンスタイムをお楽しみください」
ダンス。なるほど、確かにパーティーといえば料理の次に思い浮かぶ単語である。異世界にも社交ダンス的な文化はあるのだろうか。
そんなことを考えていると、突然ガネットが皿をもってこちらへ背を向けた。よほど美味しそうな料理でもあったのかとテーブルを離れる奴の背についていこうとすると、何故かガネットは嫌な顔でこちらを振り返る。
「なんでついてくんだい」
「え、だってなんか美味しそうなものでもあるのかなって」
「移動してんじゃない。離れてんだよ」
離れるって、一体何から離れるというのか。
そう首を傾げていると、ガネットは呆れた顔で俺のことを指さす。ますますわからない。
「離れるって、私から? ……なんで?」
「そりゃ、面倒事に巻き込まれたくないからね」
「面倒って、何が──」
「……あんたね、仮にもパーティーの主役だろ。で、ダンスってのはふたりで、親交を深めるために誘って踊るもんだ」
その瞬間だった。方々から突き刺さってくる、まるで獲物を狙い定めるかのような視線にびくりと肩が跳ねる。
まさか、いや、考えたくないが、もしかしなくてもこの視線の狙いは──
「誰が一番ダンスに誘われるかなんて、わかってるようなもんだろう?」
ガネットの言葉が真実であってくれるなと願いながら俺は恐る恐る振り返る。しかし、目に入ってきたのは奴の言う通り、パーティーの主役とのダンスを狙う目つきばかり。幻覚でなく、じりじりと着実に狭まってきている包囲網を前に、俺は震えあがった。
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