第86話 ランドソープ国王、動く

 休息宿ラブホテルがエライマン領に移転して来て早3ヶ月。

 既に住民の多くが名前を認識していて、利用した事のある者も増え。


「ラブホテルはまだだけどマシマシオーク亭には行った事あるよ!」


 なんて言ったりなんかして“ピンクの塔に一度でも訪れた事があるか”とアンケートを取れば見栄を張る者も含めて3割以上はイエスと答えるまでにラブホテルが住民の生活に溶け込んだ今日この頃。


 エライマン伯爵ことフォルカー・エライマン宛てに一通の手紙が届いた。

 差出人は封蝋を見る限り想定していた人物だろう。


「はぁ」


 フォルカーは大きな溜息を吐いて封筒を開けて手紙を読み。


「はぁ」


 大きな溜息を重ねて側近へスケジュール調整をする様に指示を出したのであった。


「それでは行ってくる」


 数日後。

 フォルカーは幾つかの予定をずらしてランドソープ王国の王都へと旅立った。


 普段よりも護衛が多く物々しい雰囲気だが、王都までの道中に何かが起こるとは思っていない。

 それなりに強い魔物が出るエリアも通るものの、フォルカー自身も戦えばどうにでもなるだろう。


 もしもフォルカーが戦って負ける様な魔物が現れたとしたら、それこそ国が騎士団を派遣する様な大事になる。

 マカマカテラックス以前の自信を喪失していたフォルカーだったらまだしも。

 全盛期の力を取り戻したマカマカテラックス以後のフォルカーに死角は無い。

 寧ろちょっとぐらい強い魔物が出て自信を取り戻させろとさえ思っている。

 ラブホテルにいるモンスター達と接していると自信が結構揺らぐのだ。


 あれらは皆バケモノなので。


「敵襲!グランドレッドボアです!」


「よし来たぁぁ!」


 若かりし頃の相棒だった大剣を手にして馬車から降りたフォルカーは騎士達の静止にも構わず全速力で駆けて2mを超える赤毛の猪を一刃に伏した。

 大人しく騎士に守られる気とか皆無である。

 因みにフォルカーの大剣は斬るのではなく叩き斬るタイプの鈍器系大剣である。

 グランドレッドボアの顔面は無残にもモザイクをかけなければ放送にのせられない状態になっているとだけ補足しておこう。


 そして何度か遭遇する魔物をフォルカーが単独でバッタバッタと斬り伏せて。


「敵襲!ジャイアントフロッグです!」


「、、、」


 フォルカーは初めて護衛の騎士達に戦闘を譲った。


 フォルカーが出なくてもジャイアントフロッグ程度ならば優秀な騎士達は怪我もせずに討伐する事が可能だ。

 それに普段は訓練場で稽古をしている騎士達にとっては魔物との戦闘は貴重な実戦経験となる。

 そんな貴重な経験を貴族家の当主であるフォルカーが奪う訳にはいかない。


 何故ならフォルカーは騎士達に守られる側なのだから。

 フォルカーが先頭に立って戦う必要はどこにもないのだ。

 何故ならフォルカーは守られる側なのだから。

 そこだけは絶対にはき違えてはいけない。


 フォルカーは若かりし頃に蛙の魔物からねばねばの粘液をぶっかけられて大変に不快な思いをして以来、蛙だけはどうにも苦手なのであった。


 その日の晩。


「フォルカー様!お味は如何ですか?」


「ああ、非常に旨いな。野営で食べているとは思えない旨さだ」


「そうですよね!スープにして煮込むと旨いんですよ。ジャイアントフロッグ」


「ブゥゥゥゥウウ!こ、こら!私が蛙嫌いなのは周知徹底されているだろうが!」


「えー?でも見るのと食べるのじゃ別じゃないですか?でしたらこちらにグランドレッドボアのスープもありますからどうぞ」


「は、初めからそちらを出せ!旨かったけれども!」


 中々にチャレンジャーな騎士もいたものである。


 翌朝からの蛙エンカウント36連戦などに見舞われながらも騎士団の怪我も消耗も無くフォルカー様御一行は王都へと無事到着したのであった。


 王都には長子が住んでいるエライマン家の別邸がある。

 御一行は別邸に入り、当主の来訪に別邸は湧き。

 何故かフォルカーの胴上げが始まって周囲の屋敷からの注目を集めた。


 そして何やかんやあって登城当日。

 フォルカーは馬車で城につけると待ち受けていた使用人に案内されて城内を進む。

 国王直々の呼び出しなのだから謁見の間へと案内されて多くの臣下の前で謁見に臨む事になる。

 筈なのだが。


 使用人は迷う様子すら見せずに謁見の間を余裕でスルー。

 着いた先は国王の執務室であった。


 フォルカーは深い溜息を吐いてから執務室へ入ると精悍な顔つきの男が机に両肘を置いて手を組んだ、所謂ゲンドウポーズのまま鋭い眼光でフォルカーに視線を送る。

 毛量の多いふさふさとした金髪に彫りの深い碧眼。

 鼻が高く輪郭はやや武骨で立派な口髭を生やしている。

 この男こそがランドソープ王国の国王、イレタッテ・ランドソープである。


「よく来たなフォルカー」


 国王の威厳を感じさせる重厚な声色。

 人によっては威圧感すら感じてしまう程の状況にあってフォルカーは。


 じっとりとした目をイレタッテに向けた。


 どうしてこいつは執務室にいるのに謁見を行う時に着る大礼服を着ているのかと。

 どうしてこいつは執務室にいるのに謁見を行う時に被る王冠を被っているのかと。

 どうしてこいつは髭が生えない体質なのを知られているのに態々付け髭を付けているのかと。


 とりあえず意図は一つも掴めなかったが適当に合わせて平伏しておく。


「そう畏まらずとも良い。我と其方の仲ではないか。普通にしてくれて構わん」


 いや、お前がそうする雰囲気を作ったんだろう。


 フォルカーは文句の一つも言いたくなったがグッと堪えて立ち上がった。

 するとイレタッテの口髭は執務机の上に転がっていた。

 髭が執務机の上に転がった状態で口髭の端を抓む仕草をしている。


 いや、そこにもう口髭は無いのだが?


 エア口髭ちょいちょいをするイレタッテに呆れながら顎で口髭が落ちているぞと教えてやると、いそいそと口髭を付け直したイレタッテ。

 そして口髭をちょいちょいするとすぐさま執務机に転がる口髭。

 口髭が落ちた事に気付かないイレタッテ。

 止まる事の無いエアちょいちょい。


 何だかもう面倒臭くなったフォルカーは。


「さっさと用件を話してくれるか?妻達14人が身重で心配だからさっさと領に帰りたいんだ」


 国王に対してその態度は如何なものかと思われたが。


「あ、あれマジなん?おめっとさん。何か祝いの品送っとくわ」


 突然先程までの威厳が遥か彼方に飛んで行ったイレタッテ。

 あまりにもカジュアルな言葉遣いに変わったのには理由がある。

 フォルカーとイレタッテは幼い頃から互いを良く知る親友同士なのだ。

 因みに今は息を潜めている宰相のレスリーも同じく幼馴染の親友である。


 フォルカーはイレタッテの性格を良く知っている。

 だからこそ今までイレタッテには黙っていた事があったのだが、何処かでそれを耳にしたのだろう。

 いや、耳にしてしまったのだろう。

 本当はイレタッテがくたばるまで一生知られないのが理想だったのだが。


 こうなっては仕方が無いとフォルカーは自領に出来た休息宿ラブホテルの話をイレタッテに伝えた。

 すると。


「何でもっと早く教えてくれないのさ!僕とフォルカーは親友じゃないのさ!黙ってるなんて狡いよ!狡い狡い!」


 イレタッテはラブホテルの件を黙っていた事で滅茶苦茶騒いだ。

 滅茶苦茶駄々を捏ねた。

 普段は威厳のある国王感を醸し出しているイレタッテだが、その本性は子供なのだ。

 少年の心をいつまでも忘れていないのだ。


 フォルカーと同年代であるにも関わらず。


 そんなイレタッテが面倒だからフォルカーは今まで黙っていたのだ。

 確実に面倒臭いことになるから。

 絶対に行きたいとか言い出すから。


 実はフォルカーは早い段階から国に休息宿ラブホテルの情報を上げていた。

 新たに生まれたダンジョンの情報を報告しないなんて愚かな真似はする筈が無い。

 それはランドソープ王国の貴族として当然の義務である。


 但し幼馴染である宰相の所で止まる様にして、イレタッテには伝わらない様に情報統制を敷いていた。

 因みに宰相は一度お忍びでラブホテルを訪れて妻とファイヤーした経験を持った上で危険性は無しと判断している。

 だってあのマカマカテラックスとかいう神薬が二度と手に入らなくなったら立ち直れないもの。


 それが遂にバレてしまって、これからの事を考えると頭が痛くなるフォルカーと宰相のレスリーなのであった。


「それでは時間が出来次第エライマンに行くからな!先方にも話を通しておいてくれよ!」


 国王イレタッテとの話し合いを終えて。

 フォルカーは国王直属の近衛騎士団の訓練に顔を出した。

 あんなのでも一応王なので、近衛には危険があった時にあれを守って貰わねばならないのだ。


 あんなのでも。

 一応は王なので。


 フォルカーの実力は王国でも有名であり。

 訓練場にフォルカーが顔を出すと騎士達は憧れのヒーローに会った少年の様な眼差しを向けた。

 稽古の後は全員が膝を付いて息を切らすまで続けられたので、途中から憧れる余裕などは全く無かったのだが。


 その日の夜。

 エライマン伯爵家の王都邸の一室でフォルカーは客人と酒を傾けていた。

 客人とは先程も王城で会ったレスリーである。

 二人はワインを一気に煽ってグラスを置き。


「「はぁぁ。面倒臭い事になった」」


 全く同じテンションで愚痴を溢したのであった。

 原因は勿論、例のアレである。


「誰だラブホテルの情報を漏らしたのは」


 フォルカーが苦虫を嚙み潰したような顔で呟き。


「何処かの冒険者か商人ではないか?あの馬鹿王は手が空くとすぐに城下に遊びに行くからな」


 レスリーも嘆いた。

 そんな馬鹿な殿が好き放題するコント番組みたいな事ある?


「実際にあの塔のダンジョンマスターは王と会うと思うか?」


 レスリーの問いに。


「会うだろうな。間違いなく会う。一応はラブホテルのオーナーとさせて貰うが、アイト殿はフットワークが軽いからな。俺もラブホテルが移転してきた当日に約束無しで会いに行ったが普通に会えたし宴会になった」


 フォルカーの返事を聞いて溜息を漏らすレスリー。


「では聞くが、王との相性はどうだ?そのアイト殿が王に会ったとして、何が起きると思う?」


 レスリーの問いにフォルカーは目を瞑ってしばし思考を巡らせて。


「全くわからん。相性は良いとは思う。悪い意味で相性は良いだろうな。悪い意味で」


「その言葉は矛盾していないか?」


「察してくれ。俺の知る限りでは似たタイプだ」


「似たタイプか、、、」


「ああ。似たタイプだ」


 レスリーの憂鬱はしばらく続きそうである。

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