第31話 商売の話をしようじゃないか③

「それでは行きましょうか」


 商人は即断即決、当機立断。

 慎重に行動をする事も大事だが、ここぞの場面では脊髄反射で行動に移す事も重要である。

 タスケはネイトからラブホテルのオーナーがラブホテル産の作物を買い取る商人を探しているのだと話を持ちかけられて。

 5分程錯乱した後ですぐさま出掛ける準備を整えた。


 滅茶苦茶シュバった。

 この機会を逃すものかと人生でこんなにシュバった事は無いってぐらいに滅茶苦茶シュバった。

 タスケがバトル漫画の登場人物であったなら「残像だ」とか言っちゃうぐらいにシュバった。

 滅茶苦茶シュバリケートした。


 ダンジョン産フルーツ。

 森などで採取出来る果実の原形は辛うじて留めているものの。

 数倍も数十倍も味も香りも濃くて甘みが強いあれだ。


 タスケは以前に理美容家電やヘアケア用品を売って貰えないかと交渉して断られた経緯がある。

 あれらは飽くまでもラブホテルの設備であり。

 あれらがラブホテルの宣伝になり、人々をラブホテルに向かわせる呼び水になっているのだから門外不出の品である。

 ラブホテルはここでしか出来ない夢の様な体験が出来る宿なのだと。

 そう言われてしまえば商人であるタスケにはすんなり理解が出来たし、自分も家族もそれを求めてラブホテルに通っているのだから一理どころか百理あった。


 しかし。

 しかしだ。


 まさか一皿銀貨3枚で注文出来る極上のフルーツ盛り。

 あのフルーツ盛りに使われている果実や木の実が“ここでしか出来ない~”の対象外だったとは意外だった。

 想像の埒外だった。


 確かに。

 考えてみれば他の料理とは違って、フルーツ盛りだけはそれが何かを初見でも“辛うじて”理解出来るのだ。

 見た目は異様に整った形をしているし、色艶も良いし。

 香りも味も強くて甘いが、それが何かと問われれば正確に名前を答えられるぐらいには原形を留めているのだ。


 王家主催のパーティーでもまず出て来ないであろうクラスの極上品だが。


 そんな物を適切な価格で取引出来るとなれば商人がシュバらない筈が無い。

 寧ろ他の者に出し抜かれて堪るかと全力だ。

 圧倒的シュバリズムだ。

 足が縺れて何度かコロンと前回りしたぐらいにシュバりまくったのであった。


 ネイトはラブホテルに商人を連れて行くまでが依頼なので、護衛はネイトが請け負う。

 依頼の達成条件にはオーナーとタスケの契約成立が含まれるが、元々善性の商人でありラブホテル愛に溢れるタスケが足下を見て不当な契約を吹っ掛ける心配は無いだろう。

 これが終わればランクAまでの客室を自由に選んで利用出来るタダ券が手に入る。


 しかも話を聞けば休憩や宿泊ではなくて丸々一日利用出来るタダ券だ。

 12時に入れば翌日の12時まで利用可能なスペシャルプランだ。

 それも2名までの利用で一品料理と飲み物が三食付いて来る夢の様なプランだ。

 

 蒼剣の誓いのメンバーが聞けば猛烈に悔しがるだろうが、譲ってやる気など毛頭無い。

 寧ろ奴らが今日ラブホテルを訪れるまでに依頼を完了させて滅茶苦茶自慢をしてやろう。

 そんな風に考えているネイトなのであった。


 ネイトを連れて店を出る直前。

 タスケはラブホテルへ行ってくると言って妻のバルバラに事情を話し。


「絶対に話を纏めて来なさい!」


 ズバシィィィン!


 気合いのビンタを食らって駒の様にクルクルと回転したのであった。

 しかしタスケは食らい過ぎたダメージを表に出さずに不敵な笑みをバルバラに向けて店を出た。

 タスケが膝から崩れ落ちたのは店を出て四歩目の事であった。


「心の準備は良いかい?」


「はい。もう大丈夫ですよ」


 特にトラブルも無くラブホテルまでやって来たネイトとタスケ。

 ヤーサンの街⇔ラブホテル間は多くの冒険者達が行き来しているので魔物が現れても直ぐに狩られる。

 元々魔物自体が少ないのもあってトラブルが起こる可能性は殆んど無いのだが。


 心配だったのは強烈なビンタを食らったタスケの状態だが。

 タスケは強靭なメンタルで持ち直して現在は平静を保てている。

 頬に鮮やかな紅葉を咲かせるのが、それとなく秋の装いを感じさせた。

 タスケ流の秋コーデである。



「お?来たかな?」


 所変わってマスタールーム。


 先程内線で話したネイトがラブホテルに入って来た。

 タイミング良くフロントに客はおらず。

 直ぐに扉が開いて一組のカップルが部屋から出て来たが。

 ラブホテルは部屋で清算を済ませる方式なのでフロントは素通りして出て行くだけである。


 アイトとヒショはテレビモニターでネイトの後に続いて入って来た恰幅の良い男を品定めする。


「良く家族で来てるおじさんだな。娘が寝静まった後に奥さんとハッスルして最近ちょっと痩せて来てる」


「そうですね。この方でしたら皮は被っていますが交渉で猫を被る事はないのではないでしょうか」


 ふたりしてちょっとずつ男のシモ事情を暴露しつつ。

 皮を使ってちょっと上手い事を言いつつ。


「皮を被って猫被らずってか?皮いさ余って肉の棒タイってどう?切除した皮を伸ばしてネクタイに仕立てる感じで」


「上手い!流石ですマスター」


 全然上手い事は言っていないし寧ろ何言ってるのか良く分からないのだが、何でもかんでも称賛するヒショ。


「そうだろうそうだろう!わっはっは!」


 アイトが調子に乗って思い付いたら何でも口からお漏らししてしまうのは、確実にヒショが甘やかすのが原因がなのだ。

 そんな風に言葉遊びをしている間にフロントではエマとネイト達が接触する。


『先程の方ですね!そちらが商人さんですか?』


 エマが快活に声を掛け。


『ああ。ヤーサンの街で商人をやっているタスケさんだ』

『タスケと申します。どうぞよろしくお願いします』


 ネイトがタスケを紹介し。

 タスケは丁寧に頭を下げた。


 二人は気付いていないが、二人の様子はマスタールームからアイト達に監視されている。

 単なる店員だからと侮って高圧的な態度を取れば、その時点で失格。

 初戦敗退となる所だったので、普段から低姿勢なタスケの態度は功を奏した。


「ファーストインプレッションは合格。取り敢えず面倒臭そうな奴と態度のでかい奴は無しだな」


「マスターにそんな不届きな態度をとる者がいれば私が証拠を残さず霧散させますよ。微粒子レベルまで粉砕します」


「いや、先ずは平和的にね?あ、押すとダンジョンの外に追い出すボタン作っとこうか。俺とヒショとワンポ用に三つ。一人でも押したら退出ってルールで」


「素晴らしい発想です。是非作りましょう」


 こうして、商人を呼ぶと決まってから作った応接室に。

 押すと床が抜けてダンジョン外へと転移する早押しクイズで使われがちな例の形の押しボタンが3個取り付けられたのであった。


 さて、気になるフロントの様子はと言うと。


『何時も客室に向かわれる扉から応接室に行って貰う事になるんですけど、うちのオーナーって変な人では無いので。いえ、変な人は変な人ですしヤバい奴ではあるんですけど、危険な人ではありませんから警戒したりはしないで下さい。寧ろ本当にヤバいのはヒショさん、、、あ、何でもないです。本当に何でもないですから』


 最後の方に若干不穏な言葉が聞かれた様な気がするが。

 そしてアイトに対するエマの評価が“変でヤバいけど危険ではない奴”だと判明したが。


 要するに剣を抜いたり敵対しなければ問題無いのだろうと、どうにか割り切って。

 ネイトとタスケは客室へ転移する扉を開き、応接室へと転移したのであった。

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