第20話 悩めるイケオジを救いたい。救いたいんや!②

「それではランクSの802号室に美容オプションで宜しいですね?四名でのご利用ですとお部屋の代金が倍になりますのでご了承下さい。ウェルカムドリンクのシャンパンと言うお酒をお部屋に用意していますので是非お召し上がりください。それでは、あちらの扉から客室へとお入りください」


 フォルカーは驚愕していた。

 塔の中に。

 休息宿ラブホテルなるダンジョンの中に入った瞬間からそれはもう驚愕していた。


 床、天井、一枚ガラス。

 タスケから話は聞いていたが、流石に誇張も大いに入っているだろうと考えていたのだ。

 それがどうだろう。

 実際に目にしてみれば誇張どころか控え目に言っていたとすら感じる程である。


 フォルカーの側室であるカロリーナは見慣れない光景に楽し気満々であるが。

 フォルカーには現実離れしたこの場所が、まともではない強大な存在によって生み出された事を易々と想像出来た。

 実際に作ったのは大して強大な存在でもない元人間の男なのだが。


 しかしフォルカーはそんな想像を一旦自分の治める領地であるエライマン領までぶん投げて。

 この現実離れした宿を楽しむ事に決めた。

 今日ラブホテルを訪れたのにはある目的があったのだ。

 その事を考えたら、他の要因はどんな事だろうと些事である。


 フォルカー一行が802号室に移動すると。


「うわぁ!凄いわ!フォルカー様!これが海なのですね?」


 眼前に広がる景色に淑女であるカロリーナが思わず感嘆の声を上げ。


「ああ。素晴らしいな」


 フォルカーはその景色に嘆息を漏らした。


 フォルカーは若い時分に旅をして海を見た事があったが。

 その時に見た海とは全く違う。

 穏やかで、宝石の様に美しいエメラルド色の海。

 心を鎮めるさざ波の音。

 それは確かに海だが、自分の知る海とはあまりにも違った光景に息を呑む。


 802号室は南国の高級リゾートをコンセプトにした客室である。

 客室に入った瞬間から前方一面に壁の無い開放的な部屋からテラスへと続き。

 その先には白い砂浜と地平線まで続くエメラルドの海。

 外は燦々と日差しが降り注いでいるが、ダンジョン内に作られた疑似太陽なので肌を焼く事は無く紫外線も含まれない。

 気温は適温、湿度も快適、海の水も温いぐらいで気持ちの良い温度に保たれている。

 更に外の世界の海と異なっているのは。


「海中に生物はいないので存分にお楽しみください?」


 砂浜に立てられた看板の文字をフォルカーが読み上げ。


「わたくし、海に入ってみたいですわ!」


 カロリーナは弾ける様な笑顔を見せて年相応に燥いだのであった。


 看板には生物はいないと書かれているが、そうは言っても危険が無いとは限らない。

 通常海には魔物が生息していて、海岸付近であっても海に入るのは危険だと言われているのだ。


 フォルカーは部屋まで連れて来た護衛に言って危険が無いかを試させて。

 安全性が確認されてからカロリーナと二人、部屋に用意されていた水着に着替えて海へと入った。


 因みに用意されていたのはカロリーナがドレスと同じ空色の開放的なビキニで。

 フォルカーはもっと開放的な黒のビキニパンツである。

 着替えを手伝った男女の騎士は念の為鎧を身に着けたまま警戒にあたる。


 カロリーナがフォルカーの逞しいビキニ姿に見惚れちゃったりなんかしたりしながら海に入って泳ぎ。

 騎士達を交えてビーチバレーとか言う遊びに興じて。

 ラブホテルを存分に楽しんでいると滞在時間の終了を告げる電話が鳴ったので迷う事無く夜までに延長と翌朝までの宿泊を決めた。


「このお酒、シュワシュワしていて美味しいですわ!」


 海での遊びを終え。

 そう言えばウェルカムドリンクなる物があるのだと気付いたフォルカーは。

 窓の無い開放的な部屋のテーブルに置かれている水と氷の入った鉄のバケツの中から酒瓶を取って、傍にある木札に書かれた絵と文字を参考に栓を抜いた。


 ポンと天井まで飛んで行った栓と瓶から溢れる泡状の酒。

 シャンパングラスなるコップに酒を注ぐと美しいゴールドの色をした酒が細かな泡を発生させていた。


 先ずは騎士達が毒見で飲んで目を見開き。

 それから直ぐに待ち切れなくなったカロリーナが口にしてシャンパンの味を称賛した。

 続けてフォルカーも飲んでみるとフルーティな味わいにシュワッとした滑らかな舌触り。

 味は複雑で細かな表現をするのが難しいぐらいで鼻に抜ける香りには香ばしさすら感じる。


「何と言う味わいだろうか」


 思わずほぅと息を吐き。

 もう一口飲んで更にシャンパンへの理解を深めていると。


「あら、空になってしまいましたわ」


 もうシャンパンは空いていた。

 早い。

 早過ぎる。


 半分はカロリーナが飲んだが、残りを飲んだのは騎士達である。

 外の世界にはどれだけ酒好きが多いと言うのだろうか。


 フォルカーは横に首を振って騎士達に呆れたが、正直に言ってその気持ちは理解出来たので咎める事はしなかった。

 但しカロリーナも含めた三人に対して内心では思う所があったが。


 お前らもう少し味わって飲め、と。


 内心で思う所はあったのだが。

 フォルカーは大人なので。

 三人を咎める事はしなかった。


 もう一杯飲みたかったと。


 内心で思う所はあったのだが。

 大人なので。

 大人の貴族なので。

 フォルカーは三人を咎める事はしなかった。


 ラブホテルを訪れたのは昼過ぎだった筈だが既に太陽は沈みかけている。

 勿論ダンジョンなので疑似太陽なのだが、時間は外の世界とリンクさせているので外も今頃日が沈む頃だろう。


 太陽は地平線の先で海の中に沈んでいく。

 カロリーナはフォルカーに寄り添ってオレンジ色に染まった美しい光景を眺め。

 騎士二人もこっそりと寄り添ってその光景を眺めていた。

 騎士の二人はフォルカーの世話をする男とカロリーナの世話をする女であり。

 上司や同僚に秘密で結婚を前提に付き合っているのであった。


 日が沈み。

 空には満点の星が輝く。

 外の世界は街の外に出れば美しい夜空を見る事は出来るのだが。

 まるで星が落ちて来そうな程の夜空を見るのはフォルカーにも初めてであった。


 そして感動する二人を見て今がチャンスとばかりにこっそり口付けを交わす騎士カップル。

 お前達はもう少し自重を覚える必要があるだろう。


 正に夢の様な体験をして。

 騎士カップルは。

 あ、もう騎士カップルの話は良いか。


 フォルカーとカロリーナは食事メニューから夕食を頼んで異国情緒溢れる料理に舌鼓を打った。

 因みに食べたのはリゾートルーム限定で注文出来るガパオライスとトムヤムクンとカオマンガイである。

 誰かさんがエスニック料理と言えばタイ料理の有名どころぐらいしか食べた事が無いのだ。


 後はフォーとか。

 生春巻きとかフォーとか。

 フォーとか。


 デザートにフルーツ盛りを食べ、ラブホテルで一番高いペリニョンロゼも頼んで食後の酒も楽しんだら。


 次はラブホテルに来た本来の目的であった美容だ。


 貴族家当主の妻は社交界の花でなければならない。

 故に貴族の女性は美容に対しての意識が市井の女性達よりも輪をかけて強い。

 そしてそれは側室であっても同様だ。


 しかし。

 カロリーナは少しばかり奔放な所があり。

 貴族の娘として淑女教育を受けて育った筈なのにあまり美容に対しての意識が高くなかった。


 フォルカーとしてはそんな所を可愛らしいと思ってもいるのだが。

 妻や他の側室達は少しでもカロリーナの意識が高くなるように連れて行けと言ってラブホテル行きをカロリーナへと譲ったのであった。

 真実を言ってしまえば安全の確認も取れない場所でも平気で飛び込んで行きそうなのがカロリーナしかいないので彼女を生贄にした所も多分にあったりはするが。


 そしてこの判断によって狙い通り(?)。

 理美容家電やヘアケア、フェイスケアで磨きに磨かれたカロリーナは美への意識が急速に高まり社交界で一躍注目の的になるのだが、それはまた別のお話。


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