第18話 ゲーマー冒険者は超ブラックラブホテルに就職したい

「自分をここで働かせて欲しいっす!」


 ラブホテルのフロントでショートヘアーの冒険者が威勢の良い声を上げた。

 明らかに戸惑いを見せるエマの様子は一旦置いておくとして。



「順調順調チン長々♪」


 ラブホテル内の最上階。

 マスタールームでご陽気に謎の歌を口ずさむのは休息宿ラブホテルのオーナー件ダンジョンマスターで元人間のアイト。

 アイトの歌を手拍子で盛り上げているのは秘書を務める青肌美人魔族でフロアボスを兼務するヒショ。


 その他大勢。


「「「「「オォォォォオオイ!」」」」」


 今しがた団体芸でツッコミを入れたのが大体ラブホテルとは関係無い施設で働いている色とりどりの変異種オーガ達で通称オーガズ。

 オーガズはツッコミ終えると体をバッシバシ叩いてボディドラムを再開した。


「ワフッ!ワン!」


 一瞬だけ祭りに参加してゴロンと仰向けに寝ころんだ超危険大型勝色狼サタンウルフのワンポ。


 そしてフロントに立って接客をするラブホテルで唯一外の世界の従業員、ハーフエルフのエマ。

 調理場で料理を担当しているオーガのヤマオカ。

 ラブホテル中を周って配膳や客室に入り込んでひっそりと必要な物を届けたりするレイスのレイさん。


 以上が現在ラブホテルの経営に関わっている従業員である。

 いや、オーガズは経営には一切関わっていなかったかもしれない。


「「「「「オォォォォオオイ!」」」」」


 そう言えばオーガズが管理している農園で作られたフルーツがラブホテルで提供される様になったのだからほんのちょっぴりだけ関わっているのは確かだった。

 お詫びして訂正します。

 申しわしぇしゃしぇしゃしょ。


 一つ付け加えておくとシークレットエリアで盛り捲っている雄雌ゴブリンと餌用に確保してあるスライムは従業員としてはカウントされない。

 あれらは殆んど家畜である。


 話が逸れたが。


 近頃ラブホテルの経営は一層順調になっている。

 ターニングポイントになったのは親子連れでラブホテルを訪れた三人組である。


 理美容家電や美容グッズを売って欲しいと猛烈に食い下がって来た三人だったが。

 あれはプレミア感を出す為にラブホテル独占で。

 加えて罠と同じ様にダンジョンの一部なので外には出せないとの説明でどうにか納得させると数日に一度は宿泊に訪れる常連客になった。


 利用するのは毎回美容をコンセプトにした706号室。

 あの客室で異世界の美容技術を使って自分を磨いて磨いて磨きに磨いた母娘は、尋常じゃなく美しくなったと街で話題になり。

 ラブホテルは夢の様な体験が出来るだけでなく美しくもなれる宿として女性達の間でまことしやかに囁かれるようになった。


 するとラブホテルには男女二人組で訪れる客が増え。

 特に夫が妻の機嫌を取りたい夫婦や、超怖い奥さんに無理矢理連れて来られて旦那は金を払わされるケースの夫婦が利用するようになる。

 特にピンチな状況でない仲睦まじい夫婦も勿論利用しているけれども。


 集客力が上がれば、新規の客がラブホテルに訪れる事も増える。

 女には珍しくソロで活動している、手堅い仕事ぶりでギルドからの信頼も厚いDランク冒険者のミーアの場合。

 依頼で片道の護衛依頼で訪れたヤーサンも街で、近頃話題のスポットとして上がっていたラブホテルに興味を抱き。

 そこで運命の出会いを果たしたのであった。


 ミーアが利用した客室のランクはE。

 ランクEの客室はシンプルな造りの部屋が多く。

 普通の宿と比べると清潔感◎、部屋の広さ◎、家具◎、風呂◎、トイレ◎と比較対象にするのも烏滸がましい程に素晴らしい客室なのだが。

 ラブホテルの基準では部屋としての機能性は充分であるもののサプライズ感や個性は△である。


 しかし。

 ミーアがそこで体験したのは未だかつて感じた事が無い程の楽しさ。

 何故自分はこれを今まで知らなかったのだろうかと。

 これを知らずに自分は人生を損していたと。

 強い衝撃を覚えた出会い。


 ミーアはラブホテルでスーパー鞠男に出会ったのだ。


 ラブホテルの全室に完備されているテレビモニター。

 そこではアイトの記憶にあるアダルチービデオや映画。

 アニメやドラマやバラエティー番組から年末に放送される除夜の鐘が鳴る番組まで数多くのコンテンツを楽しむ事が出来る。


 それに加えて。

 実はテレビモニターの前には操作用のリモコンの他に二つのコントローラーが設置されている。

 特に説明書きが無いのであまり興味を示す者がいなかったそれを、何と無しに手に取ったミーアは。

 唐突に始まったそれにハマり。

 ハマりにハマり。

 ハマり過ぎて有り金を全てラブホテルで溶かしたのであった。


 そもそもスーパー鞠男とは。

 田舎のスーパーを親から継いだ鞠男が、特産品を開発する為に山へ入り。

 採取したキノコを生食したり。

 クリを踏み潰したり。

 助けたカメを放り投げたりする大人気レトロアクションゲームである。

 レトロとは言ってもアイトの前世での話であって、外の世界基準では最先端所か数百年掛かっても存在しなかったであろう究極の娯楽レベルなのだが。


「外の世界には娯楽が少ないからここに住むと外に出られなくなります」


 とは外の世界から住み着いたエマの言葉である。

 それだけ娯楽の充実したラブホテルで。

 娯楽の溢れた世界で子供達を熱狂させたスーパー鞠男と言うコンテンツに出会ってしまったミーアは。


「自分をここで働かせて欲しいっす!」


 ラブホテルに住込みで働きたい一心で従業員のエマに自らを売り込みに来たのであった。


「ガタッ」


 マスタールームのモニターで売り込みを耳にしたアイトはソファーだとそんな音が鳴らないので口でガタッを表現した。

 そうまでしてやる様な事でも無いとは思うのだが。


「エマが寝てる時間帯に受付で対応するスタッフが欲しいのはあるんだよな」


「そうでしょうか?私でも問題ありませんけれど」


 アイトの意見に珍しく異を唱えるヒショだったが。


「いや、酒飲んでる時に電話鳴ると舌打ちしてるじゃん。滅茶苦茶機嫌悪そうに対応してるじゃん」


「そうでしたか?お酒が入っていたので記憶にございません」


「一度も酔った事がないって豪語してたのに!?急に!?急に酒に弱くなったの!?」


 二人が愉快にお話をしていると困ったエマからヘルプの内線が鳴った。

 幸い今はフロントに他の客がいないので接客への影響は無いのだが。


 エマからのヘルプを受けたアイトは取り敢えず電話面接をしてみる事にしてミーアに電話を変わらせた。


「我は休息宿ラブホテルのオーナーアイト・シュクノである。先ずは名前を聞こうか」


 普段は欠片も威厳が無いのに何故か唐突に擦れば簡単に剥がれそうな威厳メッキを纏ったアイト。

 その威厳に中てられたのか、ミーアはどことなく緊張している様子である。


「自分はミーアっす!自分をここで働かせて欲しいっす!」


 名前を名乗ってから改めて就職を希望する旨を主張したミーア。

 だが一語一句同じ台詞だった為にアイトの中ではリピートによる減点対象となった。

 早速窮地に立たされたミーアは、この後失敗を取り返して見事に祝ラブホテル就職優勝を勝ち取れるのであろうか。


 後半へ続く。


 なんて事はなく普通に続くみたいです。


「やる気元気猪木については分かった。しかしラブホテルに今の必要なのは、、、えーと、新しい風?とかそういうのを。あれ、吹かす事が出来たり。出来なかったり?するタイプのあれで。あれだよねーあれだよー」


 適当でもいけるかなと思って話し始めたものの見切り発車過ぎて何にも思い浮かばず。

 それらしい言葉を並べて。

 結果何と言うか無難な所に着地したにも関わらずまごついて威厳なんかアソパンマン〇にぶん殴られたバイキン〇マン〇の如く飛んで行ってお星さまになった。

 そこでアイトは素粒子レベルまで分解された威厳を取り戻すべくミーアに強烈な質問を浴びせる。


「夜の7時から翌朝7時まで電話番して貰うけど出来る?」


「出来るっす!あたし頑張るっす!」


「採用!」


 こうして休息宿ラブホテルに新たなる仲間が加わったのであった。


 マスタールームにて。


「成程スーパー鞠男にハマった訳ね。あれガチの名作ゲームだからな。あ、お菓子食う?」


「頂くっす。スーパー鞠男はヤバいっす。自分まだステージ3っすけど絶対最後までクリアしてみせるっす」


「夜は電話番さえしっかりやってくれればフロントにあるモニターで鞠男やってても良いから。何なら寝てても良いし」


「鞠男やって良いなら寝ないっす。寝てる時間以外はずっと鞠男やりたいっす」


「何それ最早プロゲーマーじゃん。異世界に初のプロゲーマーが誕生した瞬間じゃん」


 フロントからバックヤードに入ってマスタールームに上がったミーアは、オーナーであるアイトと気さくに話をしていた。

 基本的に真面目で社交的なタイプのミーアは接客適性◎である。

 恐らくはエマよりも。


 適性を考えたらエマを夜番に回してミーアを朝番にするのが適切な采配なのだろうが。

 エマは夜9時には寝て朝5時に起きる年相応の生活リズムなので夜の電話番にチェンジするのは不可能。

 今更変える気も無いので考えても仕方の無い事なのだが。


「部屋は自分で好きな様にカスタマイズ出来るけどどんなのが良い?」


 アイトの問い掛けに。


「そうっすね。鞠男の画面が細かく見えるテレビモニターと長時間座ってても疲れない椅子が欲しいっす」


 ゲーマーらしい答えを返したミーア。


「大画面モニターとゲーミングチェアな。あ、ゲーミングルームとか作るか。お試しでPC作ってゲーム入れとくから試してみてくれ。後は目の疲れにアイマッサージャーだろ?後は目薬も常備して、、、」


 ミーアの部屋をパイロット版として作られたゲーミングルームは後に人気の客室となり。

 ミーアは異世界初のプロゲーマーとしてゲーマーを集めたイベントを開催するのだがそれはまた別のお話。


 因みに。


「うちって年中無休で従業員は休み無しの超ブラック企業だから今やってる仕事とか恋愛とか出来なくなるけど大丈夫?」


「自分は鞠男に恋したっす!もう他のものなんて見えないっす!でも新しいゲームはやってみたいっす!」


 と言う事で冒険者として愛用していた装備はダンジョンに吸収させてダンジョン力へと変換されたのであったとさ。

 めでたしめでたし。

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