面倒ごとはまっぴらだ

シモダノゾムは、大層な夢想家だ。

自身が患っている“症状“を、神から授けられた特別な能力と信じて疑わない。そして同じく患っている僕を同志と認め、共に特別な仲間として社会貢献をしようと持ちかけてくるのだ。


僕はこの症状を一体何に有効利用しようというのだと突っぱねているが、シモダはしつこい。そのしつこさたるや、お互いに仲がいいから一緒にいるのだと勘違いされ、学校内ではシモダの株が少し上がり、僕の株がかなり下がったほどだ。


僕は煙を吐きながら、懇々と諭した。

物事全てに理由があると思ってはいけない。君が意味ある事象と思いこんでいるものはあくまでも夢想であり、何の意味もない幻だ。君は昨日見た夢に、裸の見知らぬ女が出て来たとして、目覚めた後その理由を探すのかい。


対してシモダはキョトンした表情で、煙を払いながら答えた。


「そんな夢、理由は明白だろ。最近ご無沙汰で溜まってたって意味だ」


その一言で、僕はこういう人種とまともに付き合うことを諦めた。


僕たちのトリップの内容やタイミングはいつも同じではない。けれど稀に、一致することがある。その時シモダは野生の勘か何かで「これは」と分かるらしく、いつも僕に連絡をよこすのだ。それがだいたい当たっているので侮れない。昨日もその野生の勘が働いたのだろう。


ただしいつも通り僕にメッセージを送るだけじゃ無視されるに決まっている。理想の女を求めていることを知っているが故の、汚い手口だ。まんまとはめられたわけである。


シモダは手を弄びながら上目遣いでボソボソと話し始める。


「夜だ。全体的に暗くて、不気味で大きな赤い月が登っている光景だった」


僕はどきりとして、コーヒーカップを傾ける手を止めた。口をつけずに、そのまま受け皿に戻す。シモダは僕の動揺に気付いていない。視線を上に向けた間抜けな表情で続ける。


「目を引いたのは不釣り合いなほど白い机と、上に置かれたティーセット。人の姿は見えないのに、カップには湯気が立っていて不気味だったな。どうだ?そんな光景だっただろ」


見てはいないのか。あの女も僕のことも。


僕は安心して再度コーヒーを啜る。同時に、ちょっとだけ不安になった。もし次に彼女に呼ばれたとして、それがシモダにも投影された場合、僕はセックスを見せつけることになるのではないだろうか。


それにしても、面倒なことになった。

時計を確認する。

渉のバイトはもうすぐ終わる時間だろう。店先まで迎えに行って、一緒に遅めのお昼ご飯を食べに、町に繰り出してもいいかもしれない。僕は酸味も少ないがコクもない薄いコーヒーを急いで飲み干し、会計用のバインダーを掴んだ。


「おい、待てよ」

メロンソーダの炭酸に苦戦するシモダには目もくれず、レジに向かう。先ほど注文を取っていた遊び人の女が担当した。ゆっくり伝票を打ちながら媚びた笑みを見せる。


「ねえ。あなたあたしのこと見てたでしょ」


「そりゃあ見るだろう。この店は一回も店員の方を見ずに注文することを要求しているのかい?」


「あたし、もうすぐ終わるんだけど」


「そうか。それまで立派に店員としての仕事を勤めてくれたまえ。お会計を」


「鈍いわね。この後遊んであげるって言っているのよ」


「お会計を」

再度力強く告げると、女は急に気を悪くしてトレイを乱雑に押し付けてきた。いつまで経っても金額を言わないので、僕はレジに映る数字を確認して払う羽目になった。運悪くお札がなく財布からモタモタと小銭を出していると、シモダがそっと後ろから一万円札を重ねてきた。


「お姉さん、ごめんね。こいつ見る目ないんだよ。俺だったら喜んで遊んでもらうんだけどねえ。これでお会計お願い」


満面の笑みの死神に、機嫌が戻った女は媚を売る対象をシモダに変えてお釣りを返す。お札と同時に連絡先まで渡されていたので驚いた。シモダはそのメモを恭しく手に取り、満面の笑みのまま僕を押し出しながらカフェを後にした。


外は花粉が舞い上がっているせいか、それとも黄砂のせいか空気が濁って見えた。僕は喉の痛みを覚え、小さく咳をして足早に渉のいる店へと向かう。並走するシモダが鬱陶しい。


「どうしたんだ、急に飛び出したりして」


「誰が見る目ないだって?君は僕が選んだ素晴らしい恋人を侮辱するのか」


僕は幾つかある中で直近の怒りをぶつける。シモダは眉を顰めた。


「そう言わなきゃ角が立つだろうがよ。あれに関しては感謝して欲しいくらいだ」


「そうだね。コーヒー代はありがとう。後でジュースでも奢ろう。それで貸し借りは無しだ。さて、僕は忙しい。デートの予定があるんでね。君は今からあの女と遊べばいい」


「へえ。例の恋人とデートか?お前がそんなに素晴らしいという相手なら、一度会ってみたいもんだ。さぞいい女なんだろうねえ」


浅ましい。どうしてどいつもこいつも、僕に恋人がいるといえば女だと思うのだろう。


「ああ、言葉が足りないな。前言撤回しよう。この世に存在する中で、最も麗しく尊ぶべき素敵な恋人だ。さあ逢瀬を邪魔するつもりかい。帰るんだ」


「俺にはわからないねえ。それだけ惚れ込んでいるのにどうして他を探す必要があるんだ。ああ、そうだ。女だよ。君こそ俺が用意した子と会わずに、ドタキャンするつもりかい。相当な美人だぜ。恋人とデートなんていつでもできるだろ。彼女は逃すと最後だ。とりあえず、会ってから考えるんでもいいんじゃないか?」


僕が急に足を止めたので、シモダは数歩先に飛び出て行った。いそいそと振り返って僕の表情を見るなり、ニヤリと尖った歯を見せて笑う。


「好色家め。そうこなくっちゃ」

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