我々はどうするべきか(八)

 東部州の使者を引見した二日後、上京していた近西公[ケイカ・ノテ]の宿舎へ、鉄仮面は出向いた。

 公は、ちゃくなんを国主[ダイアネ五十六世]にはいえつさせるという名目でコステラに入っていたが、本当の目的は別のところにあったようだった。

 生真面目きまじめな公らしく、鉄仮面は堅苦しい茶を飲まされた。

 飲み終わり、「久しぶりのとりかご[てんきゅう]はどうですか?」と鉄仮面が口を開くと、公は常の無表情のまま、「何度参上しても、ぞくの出には合わない場所です」と言ってきたので、「それはわたくしの家も同じこと。貴族というのは嫌な連中ですね」と、鉄仮面はあいづちを打った。

 公はちょくせつてきな方だったので、世間話もそこそこに、「それで、東南公はどうするおつもりなのか?」と問い質された。

 公は貴顕の中で、ゆいいつ、明確にウストレリ進攻に反対の意を表明していた。


 近西州から、公が連れて来た料理人のつくった昼食を共に食べながら、鉄仮面と公は話し合った。

「公と意見は同じですが、派閥をつくって争うつもりはわたくしにはありません。東南州であれこれ、片付けなければならないことがありますから」

 鉄仮面がそのように口にすると、公はひとつうなづき、「わたくしもまったく同じです。近西州はもともと貧しい土地柄のうえに、わたくしたちも微力を尽くしておりますが、まだまだ先の内乱の傷がえておりません」と言った。

 公の言に、鉄仮面が、「先年は我が父が失礼した」と苦笑すると(※1)、公は「あれはお互い様ですよ」と、それ以上、話がつづくのをさえぎった。

 鉄仮面が料理を食べる手をとめて、「まあ、ウストレリに攻め入ることになったとしても、ここまで大きな声でおっしゃられていれば、近西州の軍がウストレリに派兵されることはありますまい」と口にすると、「女ども[サレ派]が声をかけてくることはありますまいが、ご老人[ハエルヌン・スラザーラ]はどうですかな?」と、常の抑揚のない声にすこしの不安を含ませながら、公が問うてきた。

「老人の考えは、わたくしにはわかりかねます……。なにを考えているのやら」

「困ったことです。実に、困ったことですよ」

「老人にこき使われましたからな、近西州は。前の内乱で」

 笑いながら鉄仮面が言うと、「そうですよ。今回は勘弁していただきたいところです」と真面目な声で公が応じた。

「東南公、北のご老人が何を考えているのか。もし、何かわかれば、わたくしにもご一報願います」

 「それはこちらも同じ事ですが、後日、遠北公(※2)の使者と会いますから、何かわかれば、書状を差し上げます」と言い終えると、鉄仮面はしゅきんで口をぬぐった。

 それから、「もう、クスカイサ(※3)に戻られるのですか?」と鉄仮面がたずねたところ、「決裁しなければならないことが山積みですが、いちおう、執政官どの[トオドジエ・コルネイア]にお会いしてから帰ろうと考えております」と返答があった。

 それに対して、鉄仮面は大きく手を振りながら、「執政官はだめです。じょうぜつで人の話を聞くのが好きな方なのに、進攻問題の話になると、どういうわけか口がきけなくなり、耳が遠くなるようです」と冗談を言った(※4)


 こうして、公との会食はすんだ。料理の味はまあまあだったが、すこし乳臭かった。



※1 鉄仮面が「先年は我が父が失礼した」と苦笑すると

 八九五年に、タリストン・グブリエラの東南州とスザレ・マウロの西南州の連合軍が、近西州に攻め入り、近西州軍に破れた第二次西征のことを指している。


※2 遠北公

 えんほくしゅうしゅうぎょ使ルオノーレ・ホアビアーヌのこと。ハエルヌン・スラザーラの愛人。

 ハエルヌンと対立していた遠北州の名族の出であったが、ウベラ・ガスムンの調略に乗り、近北州に寝返った。

 ハアルクンの乱(九〇五年)の際には、サルテン要塞に籠り、武勲を立てた。


※3 クスカイサ

 近西州の州都。


※4 と冗談を言った

 冗談を真に受けたのか、至急の用件ができたのか不明であるが、ケイカ・ノテは、トオドジエ・コルネイアには会わずに、近西州へ帰ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る