第11話 騎士割り


 山登りは得意だ。

 何せ店が山の上にある。


 食料や素材を買いに人里に下りる事もあるし、その回数は山を登った回数じゃ。


「爺さんって爺さんの癖に体力あるな」

「まぁの。お前さんたちの方が疲れて来たのではないか?」

「へっ、言ってろっての」


 そう言いながら、軽快な足取りで山を登って行く迅。

 儂の後ろに着く巳夜も、汗こそ掻いている物の速度は落ちていない。


「余り気を張り詰める必要はないぞ。儂の護衛とは言え、いつも通りやれば問題はない」

「そうですね……」


 巳夜の疲れは緊張による物だ。

 儂の護衛は普段は行わない仕事。

 真面目な性格の此奴こやつは、いつもより大規模かつ継続的に『風域』を使っておるのだろう。


 魔力消費自体はそう多くは無いとは思うが、入って来る情報量が増えればそれだけ処理能力に負荷が掛かる。


 つまり、気疲れが増す。


 加えて道は坂道。

 定期的に魔獣が襲来する。


 まぁ、とは言っても……


「水操――レインニードル!」

「クイックアーツ、加速アクセル


 危険という程の事は無い。


 雨の様な小さな水の針が襲うのは、さっきの亀と同サイズの鳥系モンスター。

 形は鷲に似ているが、額に角が生えている。


 けれど、魔術で撃ち落とされた所を、迅の短刀がすぐさま首に突き刺さる。


 喉を貫かれた魔獣は、現れてから10秒程で絶命した。


 飛行タイプの魔獣が出た時用の予め決められた作戦なのだろう。

 キレも良いし、余裕を持って対処できている。


 ここまで儂は戦闘に一切手を貸していない。

 全て彼等二人だけで対処殲滅できている。


「危うげ無しと言った所じゃな」

「まぁ、所詮ここは初級階層だからな」

「普段私と迅君は10から20階層で活動してるので、この辺りの魔獣に負ける事は無いです。安心して下さい」

「あぁ、頼りにしておるよ」

「あぁ」

「はい!」


 儂がそう言うと二人とも笑みを作って言葉を返す。


 順調に山上りは進み、高度は上がって行く。

 そこでふと、後ろを振り向くと儂の瞳は超常の地形を写す。

 それは何とも幻想的な光景だった。


「これがダンジョンか……」


 ある所では雪が降り、ある所は砂漠で、ある所は森、ある所は巨大な湖。

 そんな幾つもの自然環境が至近距離に密接している。


「厳密には第一から第五階層までは同じ空間で、五つの門は別の地点に繋がってるだけなんですよ」


 しかし、それでもこの島は迷宮都市がある島よりも更に広大な面積を有している。

 ラディアでもこれほど広大な亜空間を保有する事は不可能だろう。


 一体、どうやってこの空間を維持しているのか。


 いや、ここに入った時から儂の魔力が極微量にだが吸い取られている。

 魔力とは体内に保管されたエネルギー。それは使っても自然と回復する。


 このダンジョンは、侵入者の魔力を自然回復を上回らない程度に吸い取っている。

 それをエネルギー源として、この空間は形成されているのだろう。


 それでも、儂の知る知識や技術では不可能な高度な術式だ。


 一体、何者が作った空間なのだろうな。


「爺さん、巳夜、そろそろ山頂に着くぞ」

「やっとついた、山登りはもうしばらくいいなぁ」

「巳夜はもう少し体力を付けた方が良さそうじゃな」

「ていうかなんで久我さんの方が元気そうなんですか?」

「そりゃあ、儂は元々山奥に住んどったしな。それに巳夜が警戒してくれていたから登山だけに集中できたんじゃよ」

「なんか褒められてるか微妙な感じです」

「褒めとるよ」


 儂がそう言うと巳夜が「むう」と視線を下へ向ける。


「……早く行きましょう。頂上は採掘ポイントとしても有名なんです……」

「そうじゃな」


 頂上は更に絶景が良く見えた。

 それに、頂上には他の探索者トラベラーの姿もある。


 彼等は皆同じ様な白いマントを纏っていた。


「あれ、ホワイトナイツですね」

「あぁ、迷宮都市の守護者がなんでこんな所に……」


 その名前は儂でも聞いた事があった。

 確か、迷宮都市の治安を維持している警察の様な組織だ。

 数多の探索者が集まるこの都市で、これほど治安が良いのは彼等が献身的に平和を守っているからなのだと。


「じゃあ、味方って事ですね」

「いや、何か様子が変だぜ」

「あぁ、武器を構えて居る。しかもお互いに向けてな」


 場の様子を伺っていると、片側の探索者の声だけが聞こえて来る。


「くそ、絶対に傷つけるな!」

「分かってるけど、この人数差じゃ……」

「もとに戻ってください!」

「副団長、早く……」


 悲痛な表情で叫ぶ彼等からは、もう片方の陣営を気遣っている様子が伺えた。


 しかし、その声は空しく響くだけで、相手には届いていない。


 相対する騎士たちは、呻き声を上げながら斬りかかって行くのみ。

 それに彼等の人数差だ。

 真面な方が4人。対してゾンビのような陣営は9人。


 耐えるのがやっとだ。

 長く持ちそうにも見えない。


「なんじゃあれ……」

「分かりません。私の知識では、この階層であんな症状を発症する事は無い筈なんです……」


 巳夜はかなり石橋を叩いて渡るタイプじゃ。

 普段からダンジョンや必要な情報に関する入念な下調べを行って居る。


 だからこそ巳夜に分からないこの状況は、間違いなく異常事態だ。


「どうするんじゃ?」

「助けましょう」

「つっても、どうやって? 殺していいなら俺一人で十分だが……」

「駄目。全員気絶させる。水操で全員一斉に拘束するから、迅君は一人ずつ気絶させて」

「面倒だが……それでいいぜ」

「久我さん、良いですか? 正直関与する理由はありません。でも、私は……」

「あぁ、問題ない。あのような事態に突然遭遇するよりずっとマシじゃ」


 あれだけ言い合いをしとったのに。

 この様な状況になれば即決できる。

 それは即ち、チームワークがあるという事だ。


 巳夜の杖にある青い宝玉が光を強める。

 今までとは規模が違う、全力の水属性術式が発動されようとしている。


 巳夜が、自分の水筒の中身をぶちまける。


 二本、三本、四本。


 ぶちまけられた水筒の数だけ、操られる水の量が増えて行く。


「行くよ迅君。見逃さないで」

「誰に言ってやがる。いつでもいいぞ」

「水操【ヒンダーチェーン】!」

「クイックアーツ【加速アクセル】!」


 水の鎖の後を追い、迅が一気に加速する。


 絡まりつく鎖に身を悶えさせ、呻き声を一層強める9人の白装束の騎士達。

 その首裏や顎を、迅は正確に殴打していく。


 意識外からの攻撃。

 加えて水の鎖が、迅から意識を逸らす様に操られていた。

 やはり連携能力も高い。

 巳夜の把握能力と迅の胆力が噛み合っている。


 9名の尋常な様子では無かった者達は、殆ど同時と思えるタイミングで地に倒れ伏した。


「気絶させたのか……」

「あんたたちは、一体……」

「助かった……」

「それはいいが、どういう状況だったんだ?」


 巳夜も出て行って会話に加わる。

 儂も後を追った。

 腰をへたり込ませる彼等へ、巳夜が質問する。


「何があったか、お伺いしてもよろしいですよね?」


 何かを思い出し、恐ろし気な表情を浮かべて、彼等は語った。


「新種の魔獣が出やがったんだよ……」

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