異世界帰りの武器屋ジジイ

水色の山葵/ズイ

第1話 逃亡者


 クソが。クソが。クソが。


 何でだ? なんでこうなった?

 山奥。森の中。木々を伝って移動しながら、俺はただ逃げている。


 追いかけて来るのは元同僚。

 覆面で顔を纏った暗殺者達。


 大昔から存在し、けれど秘匿されていた【異能】の存在が露見し、ダンジョンなんて物が現れた現代社会。


 そんな世界で、俺はつい二日前まで暗殺者をやっていた。

 異能を使った殺し屋だ。

 だが、俺は任務に失敗して追われる身となった。


 暗殺対象が十才にも満たないガキだった。

 俺は情を掛けて、そいつを逃がした。

 たったそれだけだ。

 たった子供一人を殺さなかった。

 それだけのミスで俺は追われている。


 クソだ。クソみたいな話だ。クソみたいな連中だ。


 親に捨てられて、うだつが上がらない探索者トラベラーをやっていた。

 けど、俺の能力はダンジョンって舞台じゃ微妙なモンだった。

 でも、暗殺者としては才能と呼べる力だったらしくて。


 食う物にも困って殺人に手を染めた。

 結構な数を殺した。

 何十人。百人に達してるかもってくらい。

 子供も老人も殺した。

 そんな俺が何でガキ一人を見逃したのか。

 多分、そのガキを捨てて親が逃げて行ったからだ。


 親の方は殺した。

 でも、ガキはやれなかった。

 善人面をしていい人生なんか送ってねぇ。

 それは分かってるし、自分の手が真っ赤だって事も自覚してる。

 けど、それなのに見逃しちまった。


 なんでなんだろうな……


「ぐっ……!」


 追って来る暗殺者は5人。

 その一人が投げた短刀が肩を掠めた。

 血が流れると同時に理解する。


「毒かよ……」


 身体が一気に重くなる。

 意識が朦朧としてくる。

 即効性も効き目も良い。


 相手もプロだ。

 逃げ切れる気がしねぇ。


「クソ……」


 当たり前に死にたくねぇ。

 人殺しでもそう思うらしい。

 それに死にたくない以上に思う事もある。


 俺はこれでも組織に尽くして来たつもりだ。


 なのに、その返礼がこれだ。

 とうに、献身は恨みに変わってる。

 暗殺者を使って、自分の手も汚さず人を殺してる連中。

 しかも、その実行犯に報いるつもりも無い連中。


 復讐したい。


 連中にとっては暗殺者なんて替えの利く道具で、ゴミみたいな存在なのだろう。


 それでムカつかない訳がない。

 俺を追ってるのも命令された元同僚だ。

 そいつ等以上に、そいつ等に命令してる奴等がうざい。

 自分達は殺されねぇとでも思ってるんだろう。


 だったら俺が、この腐り切った命を賭してブッ殺してやるよ。

 だから、俺はまだ死ねねぇ。


「けど、まずはここを斬り抜けねぇと」


 もう身体が限界だ。

 毒がとっくに身体を回ってる。


 そう回らない頭で考えていた時、進行方向、山の頂上付近に小屋が見えた。


 一先ず、あそこに潜伏するか。

 食料と、あれば解毒薬が欲しい。

 奪うしかねぇ。


 俺はその小屋の中に入った。


「客か?」


 多種多様な武器が並んでいる。

 暗殺者と探索者を経験した俺が見た事ない武器種まであった。

 古今東西、全部の武器種が並んでそうな程ボキャブラリーに富んでいる。


「客じゃねぇよ」


 白髪と白い髭を伸ばした老人。

 恐らくここの家主だろう。

 客という言葉が出るという事は、武器屋に相当する場所らしい。

 それなら店主と呼ぶべきか。


 店主に向け、俺は自分の武器を抜く。

 逃走中の戦闘で折れた短刀。

 けれど、このジジイ一人殺すくらいは訳ない。


「短剣を寄こせ。それと解毒薬と食料、さっさと出せ!」


 殺気を込めて叫ぶ。

 暗殺者の殺気だ。

 常人ならブルってチビる程度の迫力は持ってる筈。


 なのに、爺さんはあっけらかんと言った。


「良かろう。食料は持てる分なら一週間分と言った所か。お前に合う武器は……後ろから持って来る」


 そう言って店主は小屋の奥へ歩いていく。


「ちょっと待て、俺も行く」

「好きにするがいい」


 爺さんに続いて、俺も奥へ進んだ。

 奥は工房となっていた。

 武器を打つ鍛冶工房。

 必要な道具や炉に加え、店頭に並んでいた以上に武器も存在している。


「こいつをくれてやろう」


 そう言って爺さんは俺に短刀を寄こした。

 銀色の刀身に白い柄。

 装飾もない、実戦用の武器。

 だが、それ以上に何か迫力を感じる。

 まるで、武器が生きている様な。

 そんな錯覚を感じた。


「それと解毒じゃったな」


 そう言うと、爺さんは俺に手を向けて唱える。


「アンチポイズン」


 呟かれた言葉と同時に、爺さんの手から出た白い光が俺を包む。

 回避しようかとも思ったが、害は無さそうだと判断して受け入れる。


 すると、一気に身体が楽になった。


「異能か?」

「魔術……じゃな」

「なんだそれ…… いや喋ってる余裕はねぇ。礼だけ言っとく」

「あぁ、さっさと出ていけ。お前さんの事情に巻き込まれるのは御免じゃ」


 ジジイはそう言いながら、俺に食料の詰まったバッグを寄こした。


「代金はそうじゃな、大体50万ほどじゃ。一月程度なら待ってやる」

「もし生きてたら払いに来る」

「あぁ。儂の武器、大事に使ってくれ」

「できればそうしよう。助かった」


 必要な物は手に入った。

 俺は小屋を出て逃走を再開する。

 しかしあのジジイ、俺が逃げてる事に気が付いてたな。


 折れた短刀や、俺の焦り方で察したのか?

 それにしたって常人に分かる事とは思えない。

 何者だ?


 まぁいい。今は逃げる事に集中しよう。


 折れた武器を捨て、新たに手に入れた短刀を腰に差す。

 その瞬間だった。


「マスター、これからよろしくお願いしますね」



 ――短剣が言葉を発した。





 ◆




「さて、あの若者は短剣の性能をどれだけ引き出せるか……」


 儂は思い起こす。

 青年に渡した武器の性能を。



 付喪の短刀。

 名の通り、付喪神が宿る刀。

 その能力は武器と心を通わせる事で進化していく。

 武器と使用者の心が繋がり、強固になって行くほどに武器の性能が向上し、能力が追加されていく。



 あの男は人殺しだ。

 儂にはそれが分かった。

 そして、それを後悔している事も分かった。


 だからあの武器を渡した。

 自分の心を自覚する。

 その為に必要なのは、共に戦う武器あいぼうじゃから。

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