第22話 vs『昏告』のオーディス3

「請け負ったはいいんだが、ぶっちゃけオーディスの相手はちとキツイ」


 オーディスがいる時計台へ向かう、少し前。

 無策で挑んでも返り討ちに遭うだけだとわかっていた俺は、その辺も含めて話しておくべきだろうと考えた。


「いや、この言い方はちょっと違うか。正確には、誰であってもオーディスの相手をするのはリスクが伴うって感じだな」

「リスク、ですか」

「具体的にはオーディスの攻撃に掠りでもしたら闇の浸食を受ける。こっちは色々辛くなって、動きが鈍ったところを嬲られるってわけだ」

「……それはなんともやりにくいですね。あの手練れと遠距離勝負をするのは得策ではありませんし、近接戦は浸食と紙一重。では、どうするのでしょうか」

「一応、光の『神権』なら相殺はできる。カイもそうやって戦ってただろう?」

「最後には押し切られてしまいましたが……まさか、同じことをわたしにしろと?」


 信じられないと言いたげに目を見開くミリティアへ無言で頷く。


 ミリティアの『神権』は光。

 主人公カイと同じであり、闇の『神権』の対抗手段になり得るものの、今はまだ発展途上の力。


「何も全部任せるってわけじゃない。隙を作って欲しいんだ」

「……わたしに出来るのでしょうか」

「やってもらわないと困る」

「大丈夫。私も力を貸す。力の大部分は失ってるけど、時間稼ぎくらいは出来る」

「アイリィさんが? ……それなら私が逃げ出すわけにはいきませんよね。お姉ちゃん、ですから」



 ■


(ミリティア視点)



 わたしは逃げ出さないと言いました。


 オーディスはカイを殺した仇です。

 その戦いでわたしに出来ることがあるのなら、なんでもしたかった。


 あの日、見ているだけだったわたしとは違います。


 戦場に立ち、出来ることのために全力を賭す。

 そのはずだったのに……わたしはまた、足手まといしかなれないのだと突きつけられているみたいで、胸が痛い。


 わたしとアイリィさんはオーディスの魔法で生み出された闇色の鎖に繋がれ、宙に吊るされていました。

 鎖が繋がれてから闇の浸食が進んでいるのか思考にも靄がかかり、全身が痛みや倦怠感なんかを訴える。


 浸食が進んだ果てに待っているのは死の未来。

 漠然としながらも着実に近づくそれを考えると、戦意が萎えてしまいそうになる。


「こんな、ものに……負けるわけには」


 歯を食いしばり、泣き言を飲み込んで、小声で呟き自分を鼓舞する。

 イクスさんがいるのに、わたしだけが諦めていられません。


 わたしとアイリィさんが捕まったことで本来のプランは崩壊しました。

 けれど、まだ想定内。

 機を窺って拘束を脱するか、イクスさんの救出を待つ必要があります。


 ですが……本当に、わたしたちにできることはないのでしょうか?


 オーディスが扱う闇には光が効果的です。

『神権』にも相性があり、光と闇は互いに相殺し合う関係性。

 どちらかが弱ければ押し潰されてしまいますが……わたしでも多少の抵抗くらいは見込めるはず。


 だからイクスさんもわたしを作戦に組み込んだのですから。


 そして、イクスさんはまだ戦っています。


 押し寄せる闇の波濤を断ち切り、闇へ引きずり込まんと追いすがる無数の手を払い、闇より黒い刃の大鎌でオーディスを攻め立てる。

 浸食の影響を受けているはずなのに、わたしの目には動きが全く鈍っているように見えません。

 なのにオーディスは難なく応じていて、レベルの差を実感させられます。


 わたしたちが鎖に繋がれてしまったからオーディスもイクスさんに意識を集中できるようになってしまったのでしょう。

 完全にわたしたちのことは意識から外れているみたいです。


 眼中にないと示されていることには無力さを覚えますが、好都合。


 オーディスと斬り合うイクスさんから目を離さず、戦闘の行方を見守っていると――ほんの一瞬、赤い瞳がわたしへ向いた。


 それが、合図。


 思考の靄を払うように息を吐きだし、新鮮な空気を取り込む。


 集中しなさい、わたし。

 雑念を払い、精神を研ぎ澄まし、理想を現象に形作る。


 全身から魔力を絞り出す。

 浸食のせいか流れが滞っていて、いつもより遅いけれど、着実に。

 慎重に、しかし力強く。


 楔を壊し、あの悪魔の気を少しでも引くために。


「――『宝器』顕現。『輝煌宝冠ルチルゴール・コローナ』」


 限界まで振り絞った魔力と引き換えに生み出されたのは、金色に輝く冠。

 わたしがやっとの思いで手にした『宝器』、『輝煌宝冠ルチルゴール・コローナ』。


 宝冠を頭に戴くと、徐々に身体から浸食の影響が消えていく。

 予想通り光の『神権』の力を有した『宝器』なら多少は抗えるみたいですね。


「祝福の輝きよ『光絶』――ッ!!」


『宝器』の力によって威力がブーストされた魔法でわたしとアイリィさんを繋ぐ鎖を千切り、無事に脱する。


「ありがと」

「いえいえ。助けられたままではいられませんから」


 アイリィさんの手を取って、浸食を取り除いておく。

 わたしの力では完全には無理でも、楽にするくらいは出来る。


「……やはり厄介だな、光の『神権』保有者は。なんと忌々しい」


 苦虫を嚙み潰したような顔のオーディスがわたしを見ながら口にする。

 闇と光が相殺関係にあるのとは別に、悪魔にとっての光は天敵に近い。

 だから真っ先にカイを狙い、わたしのことも殺しに来たのかもしれません。


 ですが……いくらなんでも、目を離すのは油断以外の何物でもないのでは?


「わたしにばかり気を取られていていいんですか?」

「貴様――ッ」

「『加速アクセル』」


 響く声は力強くも端的。


 一瞬の油断を突いて振り下ろされた大鎌にオーディスが気づく。

 しかし、ほんの僅かに遅かった。


 奔る漆黒の軌跡。


 それが断ったのは、オーディスが操る黒腕の杖『侵染昏手グラス・ヴィオレーディ』。


 二つに別たれた杖が黒い魔力の粒子に分解され、形を失った。


「これで『宝器』は潰した。次は首だ」

「……小癪だな、人間。『宝器』を破壊した程度で図に乗るな。だが、これ以上時間をかける意味もない。我が本気で捻り潰すとしよう」


 ハッハッハ――しゃがれた嗤い声を響かせながら、オーディスの身体が床の闇に溶けていって。

 闇が一点に集まり、体積を膨らませ、徐々に姿かたちを変えていく。


 二対の翼の間に巨大な顔面が嵌り、無数の触腕が枝のように伸びる歪な姿。

 異形にして奇怪。


『――淵闇魔帝。生きて帰れると思うな、人間』


 人型の時よりも雑音が混じった声が響き渡って。


「やっと第二ラウンド開始だな」


 イクスさんの声に、わたしとアイリィさんは頷いた。

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