第2話 夢を現実に
どっくんどっくんと、入社面接ぶりに聞いた心臓の破裂するような音に、私の感情は驚きと恐怖とで混ざり合ってぐちゃぐちゃになる。
寝て目が覚めたら白い空間だなんて、ここは天国かもしくは夢小説の冒頭シーン……。パニックながらも寝る前まで書いていた自身の二次創作小説——いわゆる夢小説を思い出し、少しばかり心が落ち着く。
ああ、せっかく推しが初登場する大事なシーンを書いていたというのに、なぜ私はこんな意味のわからない場所で半ベソをかいているのだろうか。
数分前、いや数時間前に戻って自分に寝るなと忠告をしたい。
私が己の行動に後悔の念を感じているその時、突然空から年老いた男性の笑い声が響いて聞こえてきた。
この空間も意味がわからず泣きそうになっているのに、またもや意味のわからない人物(?)の登場により、とうとう私は叫び散らかしてしまう。
「あ、いや……そんなに驚かせるつもりはなかったんじゃがの……」
「ひいいっ!? しゃべっ……しゃべったああっ!!」
「……」
意味のわからないおじいさんは、今自分が何を喋っても無駄だと判断したのか、私のこだまする叫び声に仏のような笑みを浮かべたまま口をつぐむ。まるで言うことを聞かない生徒に対して、諦めて吹っ切れた表情をする新任の先生のようだ。
その顔を見ているとだんだん私の絶叫も小さくなっていき、心も凪いだ海の如く落ち着いていく。私とて大人、いつまでも現状が理解できないような人間ではないのだ。
目が覚めたと思ったら、地面が存在しないまっしろな無重力空間。ここはどこだと困惑している時に登場する、あまりにもタイミングの良すぎる謎の人物の登場……。
叫んでいる最中、この状況についていろいろ考えてみたところ、やはりここは——。
「転生する前の謎空間ってことでいいですか」
「……えっ?」
それまで泣きべそをかいていた私からは信じられないくらい大真面目な顔で淡々と告げたからか、目の前のおじいさんは耳に手をやってもう一度言うよう催促してくる。
「だから、ここはよくある転生する前の謎部屋ってことですかって」
「え? 早口で聞き取れんかったわい」
なるほど、これは老人に配慮しなかった私が悪い。耳を傾けるおじいさんに向かって、もう一度渾身の推理をぶつけてみる。
「ここは、転生する前の、お部屋ですかー?」
「なんだって?」
「だから、ここは転生する前の……」
「なんだって?」
「だからここは」
「聞こえんのー、さっぱり聞こえんのー」
「わざとかよあんた!!」
ゼエゼエと息を切らしながら、我関せずといった顔で肩を竦めて見せる。年上にいうのもなんだが、なんて腹の立つ顔だろうか。散々遊ばれた私は高らかに笑う老人を恨めしげに睨む。
すると、突然顔つきが変わり、朗らかな笑みを貼り付けたままおじいさんはスッと宙へ浮かび上がる。急変したおじいさんの様子に、それまで鋭かった私の瞳は丸く大きくなり、口はだらしなく半開きになる。
誰かに言われなくとも、雰囲気でなんとなく——いや確実に脳が理解した。
「神様……?」
「いかにも。からかって悪かったの、小娘よ」
上から見下ろしながらそう告げるおじいさんに、今度はイラつきもムカつきもちっとも感じなかった。
そうだ。転生する前の部屋といえば、神様が登場するのがテッパンではないか。なぜそんな大事なことを忘れていたのか……。
私が頭の片隅で思考を巡らせていると、そのままの優しく柔らかい微笑みを崩すことなく、神様はある提案を私に持ちかけてくる。
「神の気まぐれじゃ。ちと普通の日常を送る人間界に飽きての。小娘よ、いわゆる異世界転生とやらしてみぬか?」
――もちろん、お主の望む世界に。
テッパンといえばこれもか。普通ならば驚き喜び叫ぶところだが、自身で夢小説なるものを書いていた私にとっては、本当にこう提案してくるのかともはや勉強になっている。
そんなふうにすっと落ち着いているからか、返答はすぐに出てきた。
「あ、はい。お願いします」
「ええ……、もっと驚いてよう……」
「いやあ、そんな事言われましても」
このあとの展開も目に見えているわけだし。
どうせこのあとは、怪しい光に包まれるかもしくは、突然足元に穴が空いて落とされるかの二択だろう。
これらは夢小説界隈のお決まりってやつだ。多分。
他にも、前世で死ぬときはトラックに轢かれたり、口癖が「ふぇ……」だったり、なぜか登場人物みんなに好かれたり。
理想を小説に描いている、という人が多いからこそ、それを"夢"小説というのだろう。
悲しいかな、それが叶うことはありえないのだが。
「こんな変わったやつは初めてじゃ……」
ポリポリと頭をかく神様を見つめながら、私は心の内でひっそりと決意をする。
私はひっそりと推しを見つめながら平和に過ごし、なんのトラブルもなくあちらでの第二の人生を終えるのだ――と。
執筆途中の小説でこそいろいろなキャラと絡ませていたが、実際はそんな勇気などない。私は一目推しを見れたならそれで満足なのだ。
と、もう勝手に私の中では大好きな漫画「アナザー・ヒーローズ」の世界へ転生できるものだとばかり思い込んでいた。
「まあよいか。どうせ変わったやつじゃないと生き残れんしのう」
「え? 今なんて……」
「そんじゃ、お望みの世界へ行ってらっしゃ~い」
ふうやれやれ、と息をつき気になることを言いながら、いつの間にか天から吊り下げられている紐のようなものを手にする。
私が制止の声を上げたにもかかわらず、神様の手は無惨にもそれを下へおろした。
その瞬間、急に重力がなくなり、私の体はどんどん下へ落ちていく。地の底は見えない。ただとてつもなく速いスピードで垂直落下していくのみである。
ああ、なんて世の中は無情なのだろうか。
薄れゆく意識の中、そんなことを思いながら目を閉じる。次に目を開けたときには、きっと大好きな漫画の世界へ転生して、幸せな人生を送るのだろう。
――そんな叶うはずもない期待を胸に、私は完全に意識を手放した。
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