第3話 魔術

 ガチャ……。玄関の戸を開ける。入ってすぐ左にある応接室へ月宮を運んだ。


 東雲の家は徒歩5分程度の距離にある。走れば2分。玄関の扉をバンッと勢いよく開け走り出した。あれだけ美しく輝いていた月も雲に隠され郊外の道路は暗い闇に覆われた。次第に路面の凹凸が激しい道となり水田も多くなってきた。カエルの鳴き声五月蠅い。月光が雲に覆われたことで月の光害を受けなくなり夜空には無数の星が輝いていた。

 「ハァハァ……ハァハァ…………」

 水田を抜けた先に東雲の家がある。

 東雲の家に着いた。インターホンひたすら鳴らす。

 「急いで来てくれ!」

 繰り返しインターホンに向かって叫んでいるとガチャっという音がして玄関が開いた。

 「カオル?もう暗いけどなんの用?」

 東雲は必死な僕を見て何があったのかと不思議そうな顔をする。

 「月宮が槍で刺されたんだ!月宮が東雲を呼べと」

 「ナツキが!?」

 東雲は玄関から出て僕に見向きもせず僕の家の方角へ走っていった。僕も急いで追いかける。

 「カオルの家にいるんだよね?」

 「そうだ。入って左。胸部を刺されている。吐血気味だったから肺がやられているかもしれない」

 東雲は颯爽と水田近くの道を走り徐々に僕との距離を離していった。

 

 必死に東雲を追いかけ1分半ほどで僕の家に着いた。東雲はバン!!っとドアを思いっきり引き、疾風のごとく玄関へ入っていった。すかさず僕も後をつける。東雲は応接室へ入った。そこにはソファーに横たわる月宮がいた。

 「これは……ひどい…………」

 東雲は強い衝撃を受けていたが数秒で我に返り、

 「回復魔術を使うわ。このことは誰にも言ったらだめよ。カオル、月宮から離れて」

 っと真剣な顔で話し、首からかけ、宝石の部分を服の中にしまっていたネックレスを取り出した。

 『𝓘𝓷𝓭𝓮𝔁 𝓬𝓸𝓭𝓮 54』

 無色透明の小さな宝石は緑色に輝き、

 『𝓗𝓮𝓪𝓵𝓲𝓷𝓰』

 と東雲は唱えた。すると宝石は強く光を放ち、部屋全体を明るく照らした。月宮が寝ている応接室のベッドは周りより少し明るく、服の上からも確認できた大きな傷口はみるみるふさがっていった。

 「……………………」

 なんだこれは…………。それ以外何も思いつかない。

 「口、空いてるよ?」

 「あ……あぁ……」

 「しばらくしたら治る。今日は治療のためにここにいさせてもらうわ」

 軽く首を縦に振った。衝撃で言葉が出ない。

 「これが……魔術なのか……」

 「そう。魔術師以外には基本的に見せるのは禁忌なんだけどね。今回は緊急だったから仕方ない」

 「そ、そうなのか……。そういえば月宮が使っていた拳銃は本物なのか……?」

 「おそらく、魔術で召喚したものよ。手に付けているブレスレットか何かに刻まれた固定術式に銃が記録されているのだと思うわ」

 無言の間が続く。

 ……

 すると突然東雲は沈黙を破った。

 「じゃあ、申し訳ないけど今日の記憶は忘れてもらうわ……」

 「えっ、ちょっとm……」

 東雲の右手は僕の前に人差し指を出した。その瞬間、指先がオレンジ色に強く光った。急に強い眠気に襲われた。

 ……

 バキィーン!という強烈な音がした。眠気は全くなくなった。記憶も特に異常はない。

 「くっ……」

 東雲は右人差し指を左手で包み、痛みに堪えていた。

「左手のそれ………………」

 東雲がつぶやく。

 左手の甲を見る。そこには紫色に輝く紋章があった。

「なんだ……これ……」 

「防御の固定術式よ。にしてもこんな高位なもの。……あなた魔術士?」

 警戒して身構える東雲。首からかけた宝石はうっすら光ったり強く光ったりしていた。

「この地域の魔術士私しかいないわ。それと、ナツキが襲われたといっていたけど、もしかして自作自演?」

「まってくれ東雲!僕が犯人なら月宮はとっくに殺していたはずだ」

「殺した?殺せなかったの間違いでしょう。その左手の術式を維持するには当然魔力が必要。常に防御結界を張るには当然魔力のリソースはそこに割かれる。夏希も反撃してくるはず。固定術式と魔術迎撃、攻撃に魔力を割いていたら魔力が切れてしまった。そこで戦闘の記憶を月宮から消し、事故を装った。これで説明がつくわよね?」

鋭い目つきで問い詰められる。

「違う!そもそも僕は東雲の使ってたような宝石は持っていない!」

「𝓬𝓸𝓭𝓮 73!,𝔀𝓪𝓽𝓮𝓻 𝓼𝓹𝓮𝓪𝓻!」

東雲は突如詠唱を始めた。東雲の横に大量の水の槍が出現した。

「𝓯𝓲𝓻𝓮!!」

一斉にやりがこちらに向けて飛翔してきた。こんなことで死ぬ羽目に………。





「𝓫𝓻𝓮𝓪𝓴」

パーーン!!っと音が鳴り響き水の槍は砕け散り水が僕にかかった。


「試すような真似をしてごめんなさい。でも、あなたが夏希を襲った人ではないことは確かよ。あの状況で迎撃術式を展開するのが基本だもの。でなければ死ぬ」

「う、疑いが晴れてよかった」

本当に死ぬかと思った。冷や汗が頬をなぞる。

「…………そうね。確かにあなたも魔術を持っているけど、この術式の魔力波形とは違うみたい。それに、魔力供給のしにくい左手に術式を仕込むなんて……おまけに術式自体に魔術が込められているみたいね」

 ホッとした。でも東雲の言っていることはさっぱりだ。

「彼女はもう大丈夫だから、ここで安静にさせておきましょう」

「あ、ああ」

 そう言って彼女は応接室を後にした。月宮さんはソファーの上に横になり寝ている。僕も特に用がなかったので応接室を後にした。

「玄関!」

 思わず独り言が出る。月宮の治療に必死でそれ以外のことを全て忘れていた。応接室を出て右の玄関が半ドア状態だったので閉めておいた。

今日は珍しく手紙が届いていた。差出人は伯父だった。ただの近況報告か?

 手紙を開く。意外にも短文だった。

 『馨、元気にしてるか?忙しいので端的に書く。友達の学者に頼まれて、その学者の娘さんをこの家に下宿させてほしいそうだ。娘さんは近々着くそうだ。女の子を泣かすようなことをするんじゃないぞ。』

「えー!?」

 手紙の内容に驚愕し、思わず声が出た。あのクソ伯父めなんてことを……

 手紙を手に取り、リビングルームへ向かった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る