38.とにかくグダグダ
翌朝。
「はぁ、おはよう……ウワーッ!?」
アカネが目を覚まし、ジロの方のベッドを見ると、ウルバンと共に寄り添って寝ていた。というよりは、ウルバンの方がジロのベッドに潜り込んだのだろう。彼は魘されるジロに抱きついてスヤスヤ眠っている。
「すごく猫っぽい! 絵面はちょっと可愛いけど、おっさん同士なんだよね……顔洗ってこ」
なお、ヴァレリーらの部屋を訪ねるももぬけの殻であった。
「だから言ったじゃん!! すぐ追いかけようって言ったじゃん!!」
怒り狂うアカネの前で、ジロとステラとウルバンは正座していた。
「はい……」
「はいじゃないよもう! また探さなきゃいけないんでしょ、二度手間じゃん!」
「でもまだ遠くには行ってないと思いますし……」
とはいえ言い争ってもしょうがないので、一行は朝食を摂ることにした。豆を煮たスープには明らかに虫系の魔物の肉が入っており、アカネは顔を顰める。
「この世界、私に厳しすぎる!」
「でもエビみたいで美味しいですよ」
「もうやだぁ〜〜〜〜!!」
泣きながら食事をするアカネをよそに、ジロが口を開く。
「言い訳して良いわけじゃないが、宿屋の人たちを巻き込むわけにはいかなかったんだ。夜中に凄まじい魔力を感じただろ、ウルバン」
「うむ。あれは相当溜め込んでるぞ!」
「ヴァレリーはとんでもない化け物だ。戦って勝ち目はない、しかもあの協力者の女と同時に戦うことになる」
「……確かにそれはキツいですね」
ステラが神妙な顔で頷く。彼女は(魔力とか感じたっけ……)と思っていたがそんなことはおくびにも出さなかった。
「とにかく情報収集ですね。おばちゃん、昨日のお湯をもらってた人たちってどこに行ったか知りません?」
宿屋の女将に話しかけると、彼女は答えてくれた。
「あの三人なら、早朝にとっとと出ていったよ」
「え、三人?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ヴァレリーたちは村の外れに潜んでいた。
「あの獣人たち、十中八九追手だよ」
ウルリーケが言うと、ヴァレリーは首を傾げた。
「それはどうだろう、きっと僕の力が必要なんだと思うけど」
「バカ言ってんじゃないよ、あんな脳天気そうな連中が悲しみなんて背負ってるわけ無いでしょ」
「ひ、ひどい決め付けだね……でも、まだそうと決まったわけじゃない。彼らが客である可能性がある限り、無下には扱えないよ」
「はぁ〜……で、もし追手だったらどうする? 私達が積極的に追われていないのは魔力を使用していないからで、彼らを始末すればきっと魔王国政府は今度こそ全力で私達を追うよ。そうなれば慈善事業もおしまい」
そうなるのははよろしくないようで、彼は表情を曇らせる。
「でも……そうだね、そのために彼がいるんだろう?」
ヴァレリーは、その場にいるもう一人の人物、フードを被った小柄な男を見やる。
「ミーにはそろそろ隠れるのも厳しいように感じるのねん……」
「相変わらず変な喋り方!」
フードの男にウルリーケが指を突きつけると、男はフードを取った。人間のように髪が生えているが、加えて角が一本ついており、目は爬虫類のようなギョロリとしたものだ。その瞳孔は大きく開いている。この種族はシェイプシフター、魔族の一種で変身魔法が得意な種だ。彼の名はイキャニといった。
「ミーの変身魔法にも限界があるのねん。ヴァレリーの魔力は膨大な量になってきているのねん、おそらく一般の魔法使いにも感じ取れる程には大きい、これを隠すのはミーの技量では無理なのねん」
「これまでのやり方は通用しないか……」
どうしたものかと途方に暮れる三人衆。そこへ、彼らを探す声が届いた。
「すごい魔力を感じるぞ! これまでにない魔力だ。なんだろう、魔力……こっちから吹いて来てる確実に」
「なんかウルバンさんがおかしくなっちゃった」
これはウルバンとアカネの声だ。三人は顔を見合わせる。
「マズいね。イキャニ、とりあえずこの場だけでもしのぎたい」
「無駄とは思うけど……"
イキャニが呪文を唱える。すると、三人の姿がギギゴゴゴという音を立てつつみるみるうちに変わっていった。そして、そこに現れたのは、トカゲ顔の大男と猫耳の少女、それに犬の顔を持つ男だった。男女二人の足音が近づく。
「……あれっ!? 見知らぬ人!」
アカネが驚きの声をあげる。
「確かにこっちだと思ったんだがなぁ」
ウルバンは頭を掻いた。一方でヴァレリーたちは冷や汗をかきながら、必死に取り繕う言葉を探した。
「おいおい、ここは俺達の縄張りだぜ」
「通行料置いていきな」
「いや、我輩たち人を探していてな。ヴァレリーという魔族の男なのだが……。トカゲの者、ちょうどお主のような魔力を持った者だ」
「ぎ、ギクゥッ!」
トカゲの大男に化けたヴァレリーは、心臓が飛び出そうなほどに動揺した。しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
(落ち着け、ここで狼狽えては怪しまれる。幸い、まだ疑っているだけだ。うまく誤魔化せば切り抜けられる)
「ししししし知らないぜ、ヴァレリーなんて男は! あんな優しくて気が利く男はな!」
「そうであったか……」
「いやどう考えても怪しいよ!? ギクッて言ったし!」
ウルバンは納得しそうになったが、アカネがツッコミを入れる。
「怪しくないぜ! 見ての通りただの仲良し三人組だ! なあ二人とも!」
「ビジネスパートナーかな」
「二人のことあまりよく知らないのねん……」
生真面目な返答をしてしまうウルリーケとイキャニであった、もうグダグダである。そんな反応を見たウルバンとアカネは益々疑いの視線を強めた。
「その者は本当にヴァレリーではないのか?」
「露骨に怪しいよね」
もはや万事休すと思われたが、実はイキャニに秘策があった。
(ミーの変身魔術で、この場をめちゃくちゃにして逃げる隙を作るのねん……!)
更にグダグダな状況になってしまうだろうが、逃げるにはそれしかないと判断したのだ。彼は呪文を唱える。
「"
彼が呪文を唱えた途端、アカネとウルバンの足元の地面に魔法陣が描かれ、光り輝く。
「わわっ!?」
「なんだこれは!」
「それっ、逃げるのねん!」
「う、うん……」
光が消えた頃には、三人はいなくなっていた。彼らは何処かへと逃亡してしまったのだ。残されたウルバンとアカネはしばらく呆然としていたが、やがてハッと我に返った。
「な、何の魔法だったの……おぉっ!!?」
アカネがウルバンの方を見やると、髪型ボサボサで無精髭を生やした東欧風イケオジが立っていた。
「誰っ!?」
「お前こそ誰だっ、もしかアカネか!?」
彼が指差すアカネも、愛らしい三毛猫の獣人へと姿を変えていた。
「め、メスケモになってるぅ〜〜!」
「美人だな」
「でしょ? じゃなくて、ジロさんたちと合流しようよ! ヴァレリーたちもそんなに遠くに行ってないはず!」
「そうだな」
二人は村でジロとステラを探す。二人は酒場でくつろいでいたのですぐ見つかった。
「なにしてんの、なにしてんの……」
「ん、誰ですあなたたちは!?」
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