36.ヴァレリーという男
「かわいそうに、かわいそうに」
ある村で魔人の男が呟く。黒髪の長髪、無精髭が生えているがそれでも精悍な顔つきの彼の前には人だかりができていた。
「俺は子供の頃から働いてた、病気にかかった両親のためだ、なのにあの日強盗に二人とも殺されたんだ、俺がどんな悪いことをしたんだ!」
「夫は商人で、街道でドラゴンに殺されました!」
「ちくわ大統領! 第58代ちくわ共和国大統領、ちくわ大統領!」
「俺の家は貧乏だった、だから弟たちを食わせるために兵士になったのに、それが仇になってしまった……」
「なんだ今のヤツ!?」
人々は口々に叫んだ。皆それぞれに悲しみと苦しみを抱えていた。男は頷きながら人々の言葉を聞いている。そして最後にこう言った。
「わかった、お前たちはみんな、僕が救ってやろう。ちくわ以外」
その言葉を聞いた瞬間、人々が一斉に騒ぎ始めた。喜びの声が上がる。中には涙を流して感謝する者もいた。彼らは西方世界中から集まった不幸な者たちである。そんな彼らに、男は手をかざした。すると群衆の頭からオーラ的な、なんかモヤっとした感じの煙のような光のようなアレ、わかるでしょ? とにかくアレが頭から染み出す、吹き出すように出てきた。やがてそれは男の手に向かって流れ込んでいく。光はどんどん彼の手の中に吸い込まれていく。
「ああ、お前たちの悲しみの記憶が僕に流れ込んでくるよ、辛かったね、苦しかったね、でももう大丈夫だ、嫌な記憶は全て僕が食べた」
そうして全ての光が男に吸収されてしまった。彼が手を下ろすと、群衆たちは歓喜の声をあげた。誰もが幸せそうだった。
「ありがとう、もう思い出して苦悩することは無くなったよ! 何を思い出していたか思い出せないけど!」
「ありがとうございます! もうこれで安心して眠れます!」
「あなたこそ救世主です!」
男は笑顔で彼らに応える。彼は人々の記憶を食らったことで、彼らを幸福にしたのだった。めでたし、めでたし。法令違反であることに目を瞑ればであるが。
この男こそがヴァレリーであった。
「行こう、ヴァレリー。派手にやり過ぎだ、神格化されてる」
そんな彼に声をかける者がいた。それは一人の女性であった。この世界には似つかわしくない近代的なトレンチコートを着ている。彼女は銃のようなものを腰のホルスターに差し込みながら、彼に近づく。彼女の名はウルリーケ・フォン・ハッセル、西方世界中部生まれの貴族令嬢であり、同時に彼女は転生者であった。前世では酷い死に方をしたようで、この世界に来てからは自らの欲望のために生きていた。そんな彼女の前に現れたのがヴァレリーである。彼の考え方に共感し、協力者として行動を共にしている。
「何か問題があるかな」
「今のところは。だが民衆はお前のことを触れ回るだろ、憲兵隊に目をつけられる」
「別に構わないさ、今の僕には憲兵など怖くはない。それに憲兵隊のみんなだって救うのが僕の役目だ」
「はぁ。そうだね、お前は優しいもんね」
「彼らにだって心の痛みはある。心の痛みは治らない。どんな小さなものでも、死ぬまで残り続けるものだ。でも理不尽に虐げられた人たちが、なんで死ぬまで傷つき続けなければならないんだい? だから僕がいる、僕がその記憶を食べる、僕はそのために生まれてきた。何度も説明したよね」
「耳にタコが出来るぐらい聞いたよ。わかった、好きにして」
「うん、そうするよ」
そう言って二人は街を歩き始めた。彼らを憲兵隊の数人が追い掛けたが、結局は彼に説得されて、そのまま見送った。とんでもない無能である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ところで、森の中で一夜を明かしたジロたち一行は朝食にレバーを食べていた。
「血液不足にはレバーが一番だ! 我輩常備してるからどんどん焼いてやるぞ」
「なんでそんなもの常備してるんですか?」
「内臓が好きでな」
猫獣人の男は焼き上がったレバーをジロとアカネの口に押し込んでいた。もちろん無理やりである。何のレバーかは多分碌な答えが帰ってこなさそうなので聞かないことにした。ちなみにこの男、名をウルバンと言う。西方世界南東の大国、ビザンチスタン帝国から遥々歩いてこの魔王国までやってきた兵器技術者である。ヴァレリーではなく彼に付き従う謎の人物の噂を耳にしてやって来たのだ。
「なるほどなるほど、それは都合がいい! ヴァレリーを追っているのなら我輩と共に行こうじゃないか!」
「えぇ〜……」
ステラは露骨に嫌そうな顔をする。しかしそんなことでめげるウルバンではない。彼はステラの手を取ると、強引に握手をした。そして今度はジロの方を向く。
「貴殿はさぞや名のある名士と見受けするぞ。東洋のシミターを提げ、大弓をつがえるその者は一体何者」
「……俺は単なる冒険者だ」
「そうではなかろう、その立ち振舞い、武家感が滲み出ておる」
「いやそんな抜け感みたいな言い方っ」
アカネが思わずツッコミを入れた。しかし、確かに彼の言葉にも一理あると彼女は思った。刀と大弓を持っているし、なんか、いいとこのお侍さん感が漂っていたことは否定できない。鞘に家紋らしきものもついてるし。
「俺は昔は…」
「まあ、ジロさんはジロさんだよ! 出自なんてどうだっていいよ、私なんて異世界出身だしね!」
ジロが語ろうとしたところに、アカネがタイミング悪く被せるように喋ってしまった。彼女の言葉にウルバンは納得したようで、それ以上深く追求することはなかった。なので、ジロはまたしても自身の過去について話す機会を逸してしまった……別に隠してるつもりでもないのに……。
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