第20話 歓迎会

エイリア先生と別れると、俺は寮の中へと戻った。


本当は十分前には切り上げて、シャワーでも浴びたかったのだが、時間がないので無理だ。


俺が一分前ギリギリに部屋へ帰って来ると、もう誰もいなかった。


皆、夜ご飯を食べにロビーへと行ったのだろう。


俺も剣を端においてからすぐに後を追った。


ロビーに顔を出すと、同級生達は皆もう座っていた。


俺だけ遅れた雰囲気になっている。


ただ、先輩達はせっせと食器やご飯の準備をしているので、そこまで気まずい空気感ではなかった。


俺がクラスメイト達の元へとトコトコ歩いて近づくと、最初に気付いたシアが、大声で俺を呼んだ。


「あ、エスタ! やっと来た! こっちこっち。」


そういいながら彼女は自分の隣の席をさも当たり前のようにポンポン叩く。


他の席はすべて埋まっていて、そこしか座れる所がないのだが、これはあれか? 自分たちで席を決めたのか?


さすがにこの感じ、くじ引きとかそういうのはなさそうだよな。


他に行くところも無いので、俺はシアの隣に行く。


周辺にいたのは、一緒に狩りへ行った八人グループだった。


シア、ナルキ、エリーゼ、ミナクール、ヨロ、ノエル、ローズマリー。


皆風呂あがりなようで、綺麗だった。


俺だけ特訓を終えてすぐに来ているので、少し小汚い感じがある。


俺が席に座ると、ナルキがジト目でこっちを眺めてきた。


「一体いつまで修行してたのさ。僕たち、君が帰ってくるのギリギリまで待ってたんだよ。」


「わ、悪い。剣を振ってたら、先生に声をかけられてな。」


俺がナルキに対してそう返すと、隣にいたシアが何故か呟き始める。


「修行するエスタ、素敵!」


両手を合わせながら、キラキラとした目でこちらを眺めてくるので、非常に恥ずかしいというか。


なんか、背中がムズムズする。


シアを見てなのか、ローズマリーは不思議そうな表情を俺へと向ける。


「そういえば、二人とも、狩りの最中に何かありました? さっきから、シアがずっとエスタの事を語っておりまたの。」


「なになに? 恋バナ?」


エリーゼが興奮気味に首を突っ込んでくる。


「いや、特にこれといった事は何もなかったと思う。」


そう返してから、俺は彼女から目を背けた。


正直、彼女の好感度が高くなるような事は何もしていないはずだ。


そう思っての返事だったが、次の瞬間、シアが爆弾発言をかまし始めた。


「そうだね。何もなかったと思うよ。しいて言うなら、私がエスタに求婚したことくらい?」


「「「「「「求婚!?」」」」」」


みんなが口を揃えて叫びだした。


ヨロとミナクールは、ちょうどジュースを飲んでいて、吹き出す。


「し、シア!? あなた今サラッと求婚とか言いましたけど、意味わかってますの?」


「え? わかってるよ? エスタに対して結婚して~って言ったみたの。」


エリーゼが呆れた表情を見せる。


「結婚って、そんな軽い感じじゃないと思うけど。」


「それで、え、エスタはなんて返したんですか?」


ヨロに聞かれたので、あったことをそのまま答えた。


「いや、普通に断った。」


「え~? いいよって受け入れてくれたじゃん。」


「受け入れてねえよ! 勝手に事実改変すんな!」


求婚の話とか、二人きりになってから持ち出してきていたので、周りに聞かせる気はないと思ってたけど、別にそんなことはなかったらしい。


シアは、俺に対して追い打ちをかける。


「ねね、まだ話してなかったけど、エスタは子供何人欲しい? 私的には2人くらいがいいんだけど。エスタが望むなら何人でもいいよ。」


「新婚みたいなセリフを吐くな。まだ出会って初日だろッ!」


「家はどうしよっか? お金があるなら王都内の方がいいよね。」


「聞いてねえしッ!」


俺達でそんなやりとりをしていると、ローズマリーがジト目をこちらに向けてくる。


「エスタあなた、催眠魔法でも使いました?」


「いや、使ってねぇよ。てかなんだよ催眠魔法って、聞いた事ねぇし。」


「さあ? 今私が考えましたわ。でもそうでもないと、流石にシアの様子がおかしくありません?」


「いや、まあ、それは俺も思う。」


シアの言動が明らかにおかしいのは今日あったばかりの俺でもわかる。


普通は知り合ったばかりの人に、というか知り合いでも結婚してだなんて言わない。


ましてやまだ高等学校へと通う身分だ。


彼女はこれを冗談抜きで言っているようなので尚更怖い。


ローズマリーに指摘されたシアはムスッと口を尖らせながら反論した。


「ちょっと、私の様子がおかしいってなによ〜! エスタの事を思う気持ちは催眠なんかじゃないよ。催眠ごときでは私の愛は決して壊せない!」


皆ドン引きしていた。


ミナクールのナルシストな自己紹介なんかより、余程酷かった。


「なんでこうなってしまったのやら。」


俺が呟いた瞬間、遠くから先輩の大きな掛け声が聞こえた。


「はいッ! 皆、注目ゥッ! 」


声のほうを向くと、ディーン先輩が、第八寮にいる生徒達全員の前に立っていた。


寮長だからだろう。


俺達は、お喋りをやめて、すぐに先輩の方を向いた。


周りの人達も皆黙り始めて、ロビー全体が静かになる。


「夕食が作り終わったんで、乾杯の挨拶をしようと思う。・・・今年もこの第八寮に、イキのいい一年生が入って来やがった。これから一緒にこのきったない寮で暮らす仲間たちだ。お前ら、歓迎してやろうぜエ!」


彼がそう叫ぶと、先輩達は二年三年問わず、うおおおおおと歓声を上げ始めた。


その声量はとんでもなく大きく、受験発表の時の周りの喚声に匹敵する。


鼓膜が破れそうだが、俺達を歓迎しての声だと考えると憎めない。


しばらくして歓声が止むと、ディーン先輩は次はこっち、一年生側を向いた。


「一年生のガキどもォ! こんな寮に来ちまってドンマイだったなぁ! クソみたいな場所だが、せいぜいゴキブリに部屋荒らされないように頑張れ! それじゃあ、一年生達の入学と入寮を祝して、乾杯!」


「「「「「「乾杯!」」」」」」


先輩が紙コップに入ったジュースを片手に持ち上げて叫ぶと、他の人たちもジュースを持ち上げて呼応した。


それからはまたみんなそれぞれのグループで喋りだす。


まるでお祭り騒ぎだった。


うちのグループでは、最初に暴れ始めたのはノエルだった。


「やったあ、これ全部食べていいの!?」


そういいながら、彼女は手元にあるスプーンやフォークを使わず料理を鷲掴みにして食べ始めた。


俺達は、そんな彼女を止める。


「おいこらお前、皆食うんだぞ、せめてスプーンくらい使え!」

「一人でとりすぎですわ! 限度ってものがあるでしょう!」

「ちょっと、僕のビューティフルなディナーがッ!」


昼飯も食っていなかったからか、彼女は一心不乱に目の前の食事へかぶりつく。


隣にいるローズマリーとミナクールが必死にノエルを止めようとしていた。


そんな様子を見ながら、ナルキは大爆笑する。


また、ノエルが一人でに暴れている横で、ヨロはバレないようにコッソリと料理の肉だけを取りつくそうとする。


そのことに気づいた俺は焦って彼を止める。


「おい、ヨロ、お前肉とりすぎだろ!」


「え? な、何のことです?」


「なんでさっきまであったステーキがもう一切れもないんだよ!」


「さ、さあ? と、とるのが遅いのが悪いんです。」


「ふざけんな! 一番美味い料理とりやがって!」


そんなやり取りをした後、ノエルが獲物を威嚇するような獅子の目付きでヨロを睨む。


「ヨロ君、ステーキ食べちゃったの?」


「え? さ、さあ?」


「今すぐ吐き出せえ!」


そう叫びながら、ノエルがヨロへと襲い掛かる。


馬乗りになって体を揺らしながら、必死にステーキを吐き出させようとするその姿を見て、エリーゼが死んだような目をし始めた。


「私、声をかける相手間違えたかな?」


もうなんかいろいろ滅茶苦茶だった。


でも、その無茶苦茶が少し楽しかった。


これから同じクラスで一緒に学ぶ、同級生達。


うるさくて騒がしいけど、俺はこいつらと一緒に勉強するのが、少し楽しみになっていた。

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