第21話 噂

「んで、こいつらどうします?カエサルさん」


「そうだね、取り敢えず必要な情報を聞き出したら、あとはギルドに任せようか」


そんな話をする二人の足元には、拘束の魔法で捕らえた魔導士とエンヴィの姿があった。

未だ気絶をした状態で転がっているエンヴィの横では、拘束の魔法により身動き出来ない魔導士が頭を垂れて跪いている。


「くっ……くそっ!どうやってあの檻から……」


悔しそうに唇をかみしめながら、苦々し気に呟く魔導士に二人は視線を落とすと、カエサルが口を開いた。


「ああ、あれですか?普通に『軟化の魔法』で出ましたよ――私を捕えたいなら『魔封じ』の素材で出来た拘束具でも持ってくるんですね」


(へえ……『軟化の魔法』なんてあるのか……)


カエサルの言葉を聞いた、優斗は先ほどまで彼が閉じ込められていた”鳥籠”に目を向けた。

その檻の鉄格子は見事にぐにゃりと曲がり、大きくひしゃげている。


(うわ……さすがカエサルさん――って、ん??)


そこでふと疑問が湧いた優斗は、解せないとばかりにカエサルへ質問した。


「え?なら、カエサルさんは脱出しようと思えばいつでも出来たっつう事っすよね?じゃあ、なんで大人しくこいつらに捕まっていてあげてたんすか?」


優斗の言葉にカエサルは苦笑を浮かべる。


「ああ、それはね――」


そう切り出すと、カエサルは事の経緯を話し始めた。


彼の話によると、ちょっとした油断から、街で老婆に化けたエンヴィに薬物を投与されてしまったのだが、いろいろな毒物への耐性を付けてきたカエサルには効きが悪く、すぐに意識を取り戻したらしい。

だがその時、偶然エンヴィと魔導士の会話を耳にしたのだ――彼らが『黒髪に黒い瞳を持つ冒険者』を探している事を知ったカエサルは、薬物が効いている演技をしたままわざと捕らえられ、魔導士の目的を探ろうと画策したのだという事だった。


「だって、目的が解らないんじゃ手の打ちようがないからね」


そう言って肩を竦めてみせるカエサルに優斗は感嘆の声を上げた。


「ほぇ~、さすがっす!」


(やっぱ、頭いい人は違うな!)


感心している優斗に「ただ――」とカエサルが続ける。


「こうもあっさりとユウトがここへ来てしまうなんてのは想定外だったよ」


その言葉に優斗は一瞬きょとんとするが、すぐに苦笑を浮かべ頭を掻きむしる。


「単細胞ですんませんね――でも、カエサルさんが拉致られたなんて知ったら、そりゃあ行くしかないじゃないっすか」


自分の単純さ加減に少々バツの悪い思いをしながらも、素直な気持ちを吐露する優斗に、カエサルは一瞬目を見開くと「フッ」と笑った。


「ありがとう――でも、まあ、こうして捕らえる事も出来たし、結果オーライだよ」


どこか嬉しそうに微笑むカエサルの笑みに優斗はなぜかドキリとした。

基本、柔らかな微笑みを絶やさないカエサルなのだが、こんな風に嬉しそうな笑顔を見せるのは滅多にないのだ。


(――もしかして、俺が助けに来た事、”嬉しい”って思ってくれてんのかな?)


自分の勝手な願望かもしれないが、そう考えてしまうとどうしても顔がにやけてしまう。

そんな優斗の様子に気付いたのか、カエサルはクスリと笑みを零した後、改めて視線を魔導士へと移した。


「それで?君は何故『黒髪の冒険者』を探していたんだい?」


魔導士を見下ろすカエサルの表情は穏やかではあったが、その目は冷ややかで厳しいものだった。


「くっ……お前に話す必要はない!」


負けじと強がる魔導士にカエサルはわざとらしく肩を竦めて見せる。


「つれないお人だね……でもまあ、いいさ」


そう言うとカエサルは魔導士の顎に人差し指をかけ、くいと持ち上げる。


「それなら、話したくなるようにしてあげるよ――」


「な……何を……」


「なに、ちょっと私の質問に答えてもらうだけだよ――大丈夫、簡単な事さ」


不安気に声を漏らす魔導士にニッコリと微笑みながらカエサルは懐から小さな小瓶を取り出すと、それを魔導士の鼻先へと突きつけたのだった。


****

****


カエサルが投与した自白剤によりあっさりと口を割った魔導士の話によると、彼は自身が所属する組織内で出回っている”ある噂”を聞き、今回の事件を企てたという事だった。

その”噂”というのが『希少な黒髪の人間の生き血を浴びれば、際限ない魔力の上昇が見込める』などという眉唾ものの話だった。

それを聞いた優斗は露骨に顔を顰めて見せた。


「おいおい……そんな噂を信じたのかよ……」


「ふん、貴様などにはわからんだろうな」


鼻を鳴らし吐き捨てるように言う魔導士に、優斗はムッと眉根を寄せる。


「あ――お前、いまバカにしたろ?」


「当然だ!見たところ貴様は魔力も少ないようだし、魔法の一つも使えない冒険者のようではないか!そんな奴に”際限ない魔力”がどんなに魅力的な事か――下賤な輩の貴様には解るまい!」


優斗の言葉に魔導士はフンと鼻を鳴らし、人を小ばかにしたような笑みでそう答えた。


「う、うるせぇな!――俺はこの腕っ節だけでのし上がってきたんだ!魔法が使えなくたって、俺は十分強いんだよ!!」


魔導士の言葉にムキになって言い返す優斗に対し、カエサルは苦笑いまじりに「まぁ、まあ」と宥める様にして割って入ると、勝ち誇ったような顔をしている魔導士に視線を向ける。


「そもそも、この噂は誰から聞いたんだい?その教団の偉い人かな?」


その問いに魔導士は首を振った。


「噂の出どころは儂も知らん――いつの間にか儂の耳に入ってきていたからな」


白を切っているのか、それとも本当に何も知らないのか……「知らない」と言い張る魔導士にカエサルは冷ややかな目を向けると、もう一度自白剤入りの瓶をチラつかせた。


「どうやら”おかわり”が、欲しいようだね……」


カエサルの持つ瓶を目にした魔導士は一瞬「ひっ――!」と怯えた様子を見せたものの、やはり「知らない」の一点張りで口を割ろうとはしなかった。


(う~ん、わからん……こいつ、ホントに知らないんじゃ……?)


冷や汗をかきながら狼狽えた様子を見せる魔導士を見下ろしながら優斗は眉を顰めた。

実際、カエサルの自白剤が効かない人間などそうそういるものではない――もし仮に嘘を付いていたとして「知らぬ存ぜぬ」とシラを切り通すなら、この魔導士は相当な役者だ。

腕組みをしながらそんな事を考えていた優斗の横から大きな溜め息が聞こえて来た。


「はあ……どうやら本当に知らないようだね……」


そう言って魔導士の顎から手を離したカエサルは優斗に視線を向ける。


「仕方ない――取り敢えずこの者たちの処遇は一旦ギルドに任せるとようか」


カエサルの言葉に優斗は「えぇっ!?」と思わず不満の声を上げた。


「なんかスッキリしないんすけど~……」


口を尖らせてそう言う優斗にカエサルは「まあまあ」と宥める。


「ここはちゃんとギルドに調べてもらったほうが良いだろう?それに……おそらくだけど――この教団は厄介な相手かもしれないからね」


そう言ったカエサルの表情が少し曇ったのを見て優斗は不思議に思った。


(カエサルさん、なんか難しい顔してる?)


一瞬そんな疑問が湧いた優斗だったが、すぐにその疑問は頭の片隅に追いやられる。


「まあ、確かに……ギルドに任せといたほうが安心か」


(カエサルさんの事だ、きっとなんか考えがあんだろ)


そう自分を納得させると、優斗はカエサルの提案を了承し、拘束した魔導士とエンヴィの身柄をギルドへと引き渡すことにした。

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