第17話 距離
「すんませんしたっっっ!!!」
ベッドの上で土下座をする優斗の前には、荒い息を吐きながら、脱力した四肢を投げ出しぐったりとしているカエサルの姿がある。
その身体は二人分の体液にまみれ、彼の大切なメガネは壊れてフレームが歪んでしまっていて、辛うじてその顔の上に乗っている状態だ。。
あの後、怒りに任せて滅茶苦茶に犯してしまった優斗だったが、ふと我に返った時には無残な姿の彼がそこにはいたのだった。
(俺ってば、マジ最低……)
自己嫌悪に陥りながら優斗はチラッと目線を上げる。
ベッドの上のカエサルはまだ意識が朦朧としているように虚ろな瞳をしていたが、それでも、その視線は優斗を咎めるように見つめいた。
その怒りの籠もった瞳に優斗は思わず視線を逸らしてしまった。
(やべ……マジで怒ってるな、これは)
カエサルが怒るのは当然だ――いくら嫉妬に狂ったからといって、あんな強姦まがいの行為をしてしまったのだから。
「あの……ホントすんませんでした……」
何度目かの謝罪を口にする優斗だったが、未だカエサルから許してもらえる様子は無かった。
乱暴されながらもその身体だけは快楽に正直だったのか、カエサルが何度も達していた事はベトベトに濡れた彼の身体やシーツが物語ってはいる――だがそれでも、それが彼の本意ではなかった事くらいは、いくら鈍い優斗でも分かっている。
「あの……なんつうか……俺、和哉の名前を聞いた途端、訳が分かんなくなっちゃって……」
頭を掻きむしりながら気まずい思いで呟く優斗の顔を暫くの間黙って見つめていたカエサルだったが、やがて大きくため息を吐くと口を開いた。
「はぁ……まったく君は、早とちりにも程があるよ……あの通話はギルランスくんからだよ」
「えっ……でも、カズヤって……」
「あれは、ギルランスくんがカズヤくんの事を私に相談してきていたんだよ」
「はっ?なんで?」
目を大きく見開き驚きの表情を見せる優斗に、カエサルは困ったような視線を向けた。
「それは、彼らのプライバシーに関わる事なので、私の口からは言えないな」
「あ、そっすよね……でも、まあ、俺の早とちりの勘違いって事っすね……ホント、俺ってば……サイテーだわ……」
自分の心の狭さと勘違いによってカエサルに無体を働いてしまった事に、優斗は項垂れるように頭を下げた。
そんな優斗にカエサルは苦笑いを零すと、まるで子供をあやすように頭をポンポンと軽く叩いて小さく溜め息を零した。
「はぁ……もういい、過ぎた事だしな」
少し呆れたような口調ではあったが、その言葉と頭に感じる優しい手の感触に優斗は顔を上げると、そこには苦笑いを浮かべるカエサルの姿がある。
(――もしかして、許してもらえた?)
そう思い、ホッと胸を撫で下ろす優斗だったが、次に告げられたカエサルの言葉に再び顔を青ざめさせる事となる。
彼は少し逡巡した様子を見せた後、意を決したように優斗に向き直ると口を開いた。
「ユウト……私たち、暫く距離をおこう」
その言葉を聞いた瞬間、優斗は全身に冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。
「え……なんで……」
震える声でそう問う優斗に、カエサルは少し言い辛そうにしながらも言葉を続けた。
「……私だって君との関係を終わらせたくないとは思っている」
「だったらっ!」と食い下がろうとした優斗に対して、それを遮るようにカエサルは静かに首を横に振った。
「私たちは少し近づきすぎてしまったようだ……だから、少し距離を置いてお互い冷静になる必要があると思う」
「――っ、確かに今回、俺、嫉妬のあまりカエサルさんに酷い事しちゃったけど、もう絶対カエサルさんの嫌がる事はしないっすから!」
優斗は必死に懇願するが、それでもカエサルは頑なだった。
「いや、そういう問題ではなく……とにかく、しばらく時間をくれないか?私の我儘だと思って受け入れてほしい……頼む……」
そう言われてしまえば、優斗には返す言葉がなかった。
黙り込む優斗に、カエサルは小さくため息を吐くとベッドから降り立ち上がった。
「……私はシャワーを浴びてくるよ……その間に、帰ってくれないか……すまない」
こちらを振り向く事もなく背中越しに伝えられるその声が少し震えているように感じた優斗は、咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「――っ、カエサルさん」
しかし、彼は優斗の腕をやんわりと退けると、まだ辛そうな身体を引きずるようにして浴室へと向かって行ってしまったのだった――。
****
****
あれから数週間が過ぎた。
あの一件以来、優斗とカエサルの関係は、以前の『セフレ関係』ではなくなってしまったのだが、それ以外は特に変わる事は無かった。
ギルドで業務上の会話を交わす時にもカエサルは何事も無かったかのように振る舞い、相変わらず優し気な美しい笑みで話しかけてはくれる。
カエサルのそんな態度に、まだ嫌われた訳ではないのだと安堵する優斗だったが、反面、少しでもその距離を詰めようとすれば、サラリと躱されてしまう始末だった。
勿論、あの日以来、優斗はカエサルの部屋を訪れる事も叶わずにいた。
「……俺って本当に馬鹿だよなぁ」
あの日の自分の言動を思い出し、一人自室のベッドに横たわった優斗は呟いた。
(もしかして、マジで嫌われちゃったとか……?)
自分は取り返しのつかない事をしてしまったのではないか――そんな考えが頭をよぎり、優斗は枕に突っ伏した。
だが、その一方でふとあのクシュール家で見せた彼の態度を思い出したりもする。
(でも、あの時のカエサルさん、まんざらでもなさそうだったし……)
あのまま順調に行けていれば、もしかしたら今頃は”恋人”に昇格出来ていたかもしれなかった――そう思うと、余計に彼に乱暴を働いてしまった事を後悔するのだった。
そして、ふとした瞬間にカエサルの匂いや体温、そして快楽に溺れている彼の表情を思い出してしまい、その度に下半身に熱を灯しては自己嫌悪に陥る日々が続いていた。
現にこうしている今も自分自身が疼いて仕方がないのだ。
(あーっ!もーっ!!どーすりゃいいんだよ!!)
半ばやけくそ気味になりながらも、優斗はズボンの前を寛げると熱を持ち始めている自身を握り込む――そして、今夜もまた、カエサルを想って自身を慰めるのだった。
「んっ……はぁ……」
カエサルの痴態を思い出しながら、優斗は自慰行為に耽ってゆく。
(くそぅ……)
脳裏に浮かぶのは、ベッドの中でのカエサルの姿だ。
快楽に溺れ、切な気に自分を見つめる彼の表情を思い出すだけで、優斗の股間は更に硬くなり、右手を動かす速度も次第に激しくなっていく。
「――は……カエサル、さん……」
『あっ……ユウトっ!』
脳内で妄想する彼は、自分の名を呼びながら甘い嬌声を上げている。
その声を聞く度に、優斗の興奮は高まり手の動きは激しさを増した。
『んあっ……ああっ、もう……イ――くっ!』
「――っ、くうっ――!」
妄想の中のカエサルが絶頂を迎えるのと同時に、優斗もまた自分の手の中に精を吐き出していた――。
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