第4話 クシュール家の依頼

――クシュール家からの依頼――


二週間程前、クシュール家の長男――ベルノルト・クシュール(5歳)の世話係であるメイドのエミルが彼を寝かしつけている際に奇妙な物を発見した。


ベルノルトが眠るちょうど真上あたりの天井に、奇妙な物が付いるのに気が付いた。


まるで天井から生えてきたようにくっついている五つの小さな物体――不思議に思ったエミルが目を凝らして見たそれは、なんと、人の指であった。


ちょうど、第二関節あたりまで天井板から突き出た五つの指は、灯りを落とした薄暗い部屋の天井に白くぼんやりと浮かび上がっていた。


気味が悪くなったエミルはベルノルトを連れ出し、その日は別室で休ませた。


翌日、エミルが天井の指を確認しに寝室に入ると、その指は無くなっていた――だが、その代わりにベルノルトの寝具の上には、体長20センチ程の小さな蛇がいたのだった。


慌ててエミルが追い払うと、その蛇はどこかに消えてしまったらしい。


次の夜は念のため、初めから別室でベルノルトを寝かせていたのだが、また彼の上の天井から手が突き出ていた。


その手は昨夜よりも更に伸びたようで、それは掌までが見えていた。


どうやら、その手は『寝室に』ではなく、『ベルノルトの上に』出現しているようだ。


エミルはその日もまた部屋を移動し、ベルノルトを休ませたのだった。


翌朝、エミルが確認の為、部屋を覗くと、再び同じ蛇の姿があった――だが、昨日と違う所が一つ――蛇の体長が30センチ程に成長していたのだった。


その後、同様の事が数日続き、日に日に天井から突き出す手が伸びて行き、今では肘上ほどまでが露わになっている。


それに同調するように、翌朝に見られる蛇も成長して行っているのだった。


まだ幼いベルノルトは一連の出来事を覚えていないらしいのだが、特に健康面には問題はなく、徐々に手が伸びてきている事以外は通常の範囲内だという。


ただ、このままではいつか危ない目に遭うかもしれないと按じたエミルはベルノルトの父親――クシュール家当主に相談した結果、クエストという形でその現象の解決と彼の世話をギルドに依頼してきたのだった。


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「うわ……なんすかコレ……怖いっつーか、不気味っすね」


依頼書を読み終えた優斗が素直な感想を述べると、エマが困ったような笑みを浮かべた。


「ですよねぇ……内容が内容だけに、誰も引き受ける人がいなくて――」


そこで言葉を区切るとカエサルに向き直り続ける。


「それで……こういった呪術系の案件はカエサルさんなら、って思いまして……お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします」


そう言って深々と頭を下げるエマを、カエサルはため息交じりに見やると、やれやれといった様子で苦笑いを浮かべた。


「はぁ……仕方がないね、そういう訳なら、この依頼は私が引き受けよう」


それを聞いたエマの顔がパッと明るくなる。


「本当ですか!?ありがとうございます!じゃ、じゃあ、ちょうどユウトさんもいる事だし、ここは二人の即席パーティーでお願いしてもいいですか?」


「ああ、問題ないよ」


カエサルがそう答えると、優斗も軽い調子で言う。


「あー、まぁいいっすよ」


「じゃあ決まりですね!今から手続きしてきちゃいますね――じゃ、失礼します!」


エマはそう言い残すと慌ただしく医務室から出て行ってしまった。


「やれやれ、忙しない子だね」


そんなエマの姿を見ながら苦笑するカエサルだったが、ふと思い出したように優斗に向き直り尋ねてきた。


「そういえばユウト、君は呪術系の依頼の経験はあるのかい?」


「え、いや、ぜーんぜん無いっすよ。ほら、俺って魔法とかもあんまり得意じゃないし」


あっけらかんと答えつつ、優斗は内心で依頼内容よりも今回カエサルと一緒にクエストが出来る事に心が躍っていた。


「そうか……まあ、そちらの件は私がメインで引き受けるが……君には、その……子供の面倒というか……」


「――???」


珍しく躊躇いがちに言い淀むカエサルを不思議に思いながらも、優斗は頷いて答える。


「ああ、もちろんっす!子供の面倒くらい任せてください!」


「……ありがとう……では頼んだよ」


そう言って微笑むカエサルにドキッとする優斗。


(この笑顔だけで頑張れる気がする……!)


そんな内心とは裏腹に、わざとおどけたように振る舞う。


「なーに言ってるんすか、これくらいでお礼なんて要らないっすよ!あっ、なんなら今晩一緒に飯でもどうです?美味しい店知ってるんで」


「……しょうがないな」


渋々といった様子のフリをするものの満更でもない様子で了承するカエサルを見て優斗は内心でガッツポーズを取る。


(よしっ!飯の後はそのまま宿屋へGOだな!)


そんな期待を胸に、にやけそうになる顔を必死に堪えながら依頼書の写しを受け取ったのだった。

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