第44話「運命の日」
『交流パーティー』当日。ミラは不安で仕方がなかった。いくら婚約破棄をされないように準備し、周りと仲良くやってきたが、いざ当日になると不安になってくる。
予想外の事態が起きるんじゃないか、なにか見落としていることはないか。頭にぐるぐると駆け巡ってしまう。
パーティー自体は順調だった。パーティーといってもやっていることは食事会に近い。
バイキング形式の料理が並べられた部屋で、食事をしながら様々な学年の生徒と話す。下級生にとっても上級生にとっても、この交流は家のことや単純に興味のおかげで、仲間同士で固まるということは少なかった。
例外は、自分達くらいなものだろう。改めて思うが、この状況で『悲劇のマリオネット』のミラ・シヴァリエは婚約破棄の宣言をされたのか。
自分だったら間違いなくトラウマになる。
会場となっている部屋は、学園の中でもとりわけ大きい場所だ。普段はなかなか使われない場所でもある。精々、一年に数回ある程度の全校生徒を集める時に使うくらいだと思う。
頭上のシャンデリアは豪華で、テーブルに並んでいる料理の数々は貴族が通っているだけあって、豪華だった。
ミラはジャン王子と二人揃って練り歩いていた。にこやかな顔をしながら、会話をしていくのは中々疲れる。
やや退屈な話の中で、思考を飛ばしていたら、ゲームのことを思い出してしまった。つい、ジャン王子と組んでいる腕を掴む力が強くなってしまう。
「ミラ……?」
「あっ、ごめんなさい」
平静を装いつつ、なんとか余所行きモードで取り直す。だが、腕の力は緩められなかった。嫌なイメージがまだ離れらない。
ハンナには、ああ言ったけどジャン王子から離れることができないかもしれない。
「素敵……」
ミラがどうにか取り繕っていると、ジャン王子と一緒に話し相手をしていた女子生徒二人組が目をキラキラとさせていた。
この二人の目にはどう映っているのだろうか。まだ、素のやり取りを知らない人に見せつけられるほど、心の厚さは出来ていない。
それまで学校生活のことや家のことを話していたのに、そこからはやたらとジャン王子との関係を訊かれてしまう羽目になってしまった。ジャン王子も調子に乗ったのか、距離が近くなるし。
「体調悪いなら、今日はもうやめるか?」
キャーキャーとまるでアイドルに会ったような反応をする女子二人組が離れると、ジャン王子が気遣ってきた。
「今日、ずっと気がそぞろだったろ。どうする?」
「大丈夫。このまま参加する。ごめんね、気を遣わせちゃって」
ジャンはミラをじっと見ると、そっと抱いてきた。周囲の視線が痛すぎて、不安どころではなくなる。これは、さすがに恥ずかしい。
「ジャン、ちょっと……」
「……ダメだったらいつでも言えよ」
「うん……」
耳元で彼は強く言った。それまで感じていた不安が、お湯を掛けられた氷のようにゆっくりと溶かされる。
「ありがとう、ジャン」
ジャン王子のおかげで、その後は気持ちを軽く参加することが出来た。参加者と話す度に――特に女性――会場での抱擁をからかわれたのは、困ったものだったが。
いつしか、パーティーは終わっていた。結局、ハンナと一緒にはいられなかった。パーティーの途中、何度か話しただけだ。
ミアはジャン王子の抱擁で安心したのだが、今度はジャン王子がミラから離れなかったのだ。ミラが弱っていたのに気付き、不安になってしまったらしい。
ハンナは残念がっていたが、これはしょうがない。ジャンも一歩も譲らなかったし。途中からニアとジェイが入ってわちゃわちゃしながら、ハンナを連れていった。
わざとかは分からないが、その後ハンナが楽しそうにニアとジェイと話していたので、ニアには頭の下がる思いだった。さすが姉だ。
会場の外の廊下で、ミラは達成感に溢れていた。なにせ、この人生の最大の関門を通過したのだ。しかも、無傷で。嬉しくないはずがない。
「今度は上機嫌だな、ミラ」
「えっ、分かっちゃう? ジャン」
「そりゃ、それだけ顔がにやけていればな」
ジャンの言葉に、ミラは思わず口元に手をやる。ジャンの言う通り確かに口角は上がっていた。
「今度は恥ずかしくなったわね」
「ニア、やめて」
今度がニアがからかってくる。パーティー終わり、五人は会場の外の廊下で話し込んでいた。なにしろ、パーティー中は五人集まって結局話せなかったのだ。
たまにはまったく知らない人と話すのも楽しいが、やはりこっちの方が安心する。
帰りの馬車が来るまでのわずかな時間。
「ジェイ、今日気を付けなよ。ニアそっちに行くんだから」
「そうだが、気を付けるってなんだよ」
「さあー、大人になったら分かるんじゃない?」
「ミラ、何言ってるの、やめて」
ニアが珍しく顔を赤らめる。こっちだって、いつもやられ放しではない。
「こないだ相談してきたの、どこの誰だったかなー」
「もうやめてよー、ミラー」
ニアが抱き着いてきて、ミラの口を塞ぐ。手を叩き、もう言わない意志表示をするとようやく離してくれる。
「お前ら、そういうのは姉妹二人だけでやってくれ」
「面白い顔してるよ、ジェイ」
「やめろ、からかうな」
ジェイも珍しくうろたえていた。このカップルなんだかんだで上手くいっているみたいだ。
「ジェイ、変なこと考えていない?」
「ニアまでやめろ……。この姉妹は本当に面倒臭い」
「諦めろ、ジェイ。俺なんかミラの手の平の上だからな」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ」
失礼だな。大体、転がされているのはこっちだと思う。
「ジェイ先輩とニア先輩って、そこまで仲が良かったんですねー。……ミラ先輩、どうです。私をミラ先輩のお家に泊めてみせませんか?」
「その話の流れで私が『泊める』って言うと思う?」
「そうだ、そうだ。そんなの許さないぞー」
ミラに抱き付いてこようとするハンナをニアは押し留める。ハンナは顔に当てられた手を叩き落とすと、ミラに抱き付いた。
まるでペットに群がれている気分になってくる。
「ミラ先輩は『優しい』から、いいですよね」
「この後輩、なんか私への扱い雑じゃない……?」
「まあ、そのうちね……。今日は、ちゃんと帰りなさい。突然だと、家の人も心配するでしょ」
「はーい。突然じゃなければいいですね、了解です」
別にお泊りするのはいいのだが、ニアとかも一緒にいないと若干不安だ。そこまで気にする必要ないとは思うけど、多分。
女子会みたいなのはいつか、したいなー。
そう思案していると、ぐいっと体が引っ張られた。固い体の感触に、密かにドキッとしてしまう。
「ハンナちゃん、あまり俺の婚約者を困らせちゃダメだからね」
「へー、そうですかー。……ミラ先輩、今度ジャン王子に秘密のお話ししましょうー」
「なんだ、それは」
「女の子の秘密ですよー。男性には聞かせませーん。あ、ついでにニア先輩も混ざっていいですよ」
「二人だけにさせるわけないでしょ」
「そうね、女子同士だけでお泊り、私もしたい。男性には聞かせられないこともあるし」
ミラはジャン王子に対して含みを持たせて笑う。
すると、ジャン王子はぎゅっとミラを抱擁する力を強めてきて、耳元で囁かれる。
「ずるいぞ、ミラ。ハンナは泊まらせるのか」
「いや、その……」
「なーに、イチャついてるんですか。ニア先輩いいんですか、あれ」
「ダメに決まってるじゃない」
「そうですよねー」
「ミラ。いい加減、あの二人を黙らせろ。最近煩いぞ」
ジャン王子がやや呆れたように言う。そんなこと言っても、好かれたり、懐かれたりするのはどうしようもない。
静観していたジェイだが、ニアの腕を掴んで抱き寄せる。……最近、何気なく距離が近くなってるな、この二人。
「ニア、そろそろ時間だ。行くぞ」
「えー、ミラともう少しお話ししたーい」
「子供みたいなこと言うな。その、来るんだろ、家に」
「ねえ、そこで恥ずかしがると、私が気まずいんだけど」
ニアがジェイの頬を突く。ダメだ。完全に二人の空間になってる。ハンナの目が呆れたものになっていた。
「ジャン、私もそろそろ帰る。ハンナも時間でしょ」
「そうですね。歩くにはちょっと暗くなっちゃいますね」
ハンナの言葉にミラはぎょっとした。いくら治安がいい方の貴族街と言えど、犯罪は存在する。しかも、ハンナはかなりの美少女。危険すぎる。
「え? 馬車で帰らないの?」
「はい。どうしても都合が合わなくて……」
「それはちょっと危険じゃない?」
「大丈夫ですよ。ミラ先輩と同じですから、私」
ハンナは首元の白いチョーカーに触れる。竜巫女の力のことだろう。確かに、大抵のことならばどうにか出来るだろうけど。そういう問題だけではない。
「ダメよ、そんなの。私と一緒に帰りなさい」
「え? でも……」
「文句はなし。一緒に帰るよ」
「……分かりました」
ハンナはほんのりと微笑んだ。いつもそうしていれば、もう少し可愛いのに。外見に対して中身が刺々しいのだこの娘は。
「気を付けろよ。周りが物騒だからな、ミラは」
「そんなことは……、ない、と思うよ、多分」
「疑問形になっている時点でダメだろ」
「あはは……。大丈夫、ちゃんと気を付けるよ」
「まったく。ハンナ、頼んだぞ」
「ちょっと、私が守る側で、送る方なんだけど」
「ジャン王子、もちろんですよ。守ります」
「ハンナまで……」
ハンナはにっこりと微笑んでジャン王子に宣言していた。
◆
馬車の中でミラはハンナに抱き付かれていた。この世界に来て思うのだが、みんなスキンシップが多い。それとも、自分の周りが特殊なのだろうか。
まったく初めて会った当初は猫が威嚇するみたいにツンツンしていたのに、今じゃ完全にお腹を見せている。
「ハンナ、ちょっと暑いんだけど……」
「我慢してください。あとでジャン王子に自慢するので」
「やめなさいよ。ジャンを怒らせたいの?」
「そんなことで怒るほど狭量の狭い人なんですか」
「違うけど……」
「じゃあ、いいじゃないですか。これは私なりのマーキングです」
「マーキングって……、本当に猫みたい」
「ニャーオ」
「ふっ、ははっ。やめて。お腹痛い」
ミラは大分、気が楽になっていた。『運命の日』というか、最も警戒していたイベントは終わった。婚約破棄はなかった。破滅へのルートも開かれない。
不安要素――サディアや学園の襲撃事件――はあるけれど、今すぐにはどうにかならないだろう。片方は探りようがないし。
「ミラ先輩は本当に『優しい』ですニャ」
「ハンナ、ふふっ、甘え猫のつもり?」
「そうニャー」
まるで本当の猫のように頭をミラにお腹に擦り付ける。後頭部だけで、顔は見えない。癖っ毛の赤髪を撫で、梳いていると穏やかな気持ちになってくる。
これからは『悲劇のマリオネット』のことを考えながら、周りを見なくて済む。無意識の内に心の大きな負担になっていたらしい。頭も体も信じられないくらい軽く感じる。
薄暗くなり始めている馬車の中で、目を瞑る。
馬車が止まった。
目を開け、窓の外を見てみると夕暮れの街並みが見え――見覚えのある黒いローブを羽織った少女がいた。
「えっ……」
街の喧騒がやけに大きく聞こえ始める中、ハンナの抱き締める力が強まった。
顔は見えない。でも、彼女が泣いているのは分かった。ぐすっ、ぐすっと子供のように泣くのが聞こえてくる。
「ハンナ……?」
ミラの問いにハンナは答えない。ただ、しゃくり上げに混じって「ごめんなさい、ごめんなさい」と彼女が繰り返すのだけが聞こえてくる。
ますます意味が分からない。
ミラは状況のあまりの意味不明さに困惑しながらも、周囲を警戒する。なにしろ、窓の外にいるのは学園を襲撃した犯人なのだ。しかも、ミラ達は彼女らを何人も昏倒させている。
窓の外の黒ハンナはピクリとも動かない。そういえば、御者はどうなったのだろう。声も何も聞こえない。
「一号、いつまでぐずぐずしている」
外からハンナとそっくりの声が聞こえてきた。ただ、ハンナよりも幾分低く感じる。それにどこか刺々しい。ハンナと初めて会った時のようだ。
声が聞こえるなり、ハンナは大袈裟に感じるほど体を震わせた。ごめんなさいと呟いていた声が消える。
彼女の体から緑色の光の帯がぶわっと溢れた。瞬時にミラの体を包み、その瞬間に異様な眠気がミラを襲った。瞼を開けていられない。言葉を出すのももどかしい。
ハンナが起き上がった。
綺麗な顔が台無しだ。赤い癖っ毛を額にぺたりと張り付かせ、両目からはさめざめと涙を溢れさせている。夕暮れの陽が、彼女を横から照らしていた。
「ごめんなさい。ミラ先輩」
ミラの頬を両手で包み、ハンナは呟いた。顔をくしゃっとさせ、顔を俯かせる。
「どうして?」その言葉を発せずに、ミラは暗い闇の底に意識を落としていった。
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