第38話「未来視」
未来視にはランダム性がある。自力で出来るのは、直近数秒後の未来のみ。しかも、使用後は必ず疲労感が増す。『迷宮試験』では仕方なく頻繁に使用したが、あの後普通に熱を出した。あまり使い勝手がいいとは言えない。
もっと未来を視ることも可能なのだが――こちらは自力では出来ない。いつも唐突に夢で見せられる。夢の長さもタイミングもバラバラ。見せられるものに一貫性はなく、内容も様々だ。
いわゆる予知夢というもので、見るのを止めるということは出来ない。ただし、自分の意識はあるし、歩き回ることも出来る。強制的に一時的な異世界旅行をしているようなものだ。
大抵は、どうでもいい内容ではあるのだが、時たま自分にとって重要な夢であることもある。
どうやら、今日はその予知夢の日らしかった。
「ここは、学園……? でも、なんか静か……」
気付くとミラは学園の廊下にいた。窓の外を見ると太陽が天に君臨している。
いつもの通り、今は夢を見ていることの意識がきちんとあった。
夢の中でだが、日中であることは間違いない。授業中であっても、せめて教師の話し声くらいは聞こえてきそうなものだが、まるで聞こえてこない。
ただの明晰夢の可能性もあったが、その場合は細部に違和感や不明瞭な部分が残る。壁が歪んでいたり、現実にはないものがあったり。
しかし、この夢はそういったものは見受けられなかった。ということは――予知夢なのだ。
どのくらい先かは分からないが、情報を集めた方がいいだろう。
ミラはそこから学園の中を歩き回った。しかし、どこへ行っても人がいない。明らかに様子が変だった。
一体、なにがあったんだろう。
あと行っていないのは、教会か。
学園内には竜教の教会があった。教師にも生徒にも信者は多いので、熱心なものは学園にいる最中、そこで礼拝しているのだ。牧師も在中している立派な支部だった。
学園を歩き回ったその足で、ミラは教会近くまでやってくる。やはり周囲に人はいない。不気味だった。教室を見れば人がいた痕跡はある。なのに、人だけがいなかった。
「話し声がする……」
教会と校舎は渡り廊下一本でしか繋がっていない。それ以外に出入り口はなかった。
渡り廊下の校舎側――そこでミラは立ち止まった。ここに来てようやく人の声が聞こえたのだ。どこかで聞き覚えのある声。しかも同じ声が二つ。
頭に疑問符を浮かべながらも、ミラは廊下を歩いて行った。
どうせ、向こうにはこちらが見えないし、何も出来ない。ミラが見ることしか出来ないのと同じ様に。
渡り廊下中央には見覚えのない黒いローブ姿の人物が二人いた。顔はフードを被っておりよく見えない。
ぼそぼそと話し声だけが聞こえてくる。
「竜巫女は見たか?」
「いや、いなかった。今、みんなで探してる」
「くそっ、一体どこに……」
「一番もいない。もしかして匿ったのかも……」
声は小さくて分かり辛いが、二人とも女性のようだ。
話を聞く限り、竜巫女を探しているようだった。普通に考えればハンナの方なのだろうが――まだ、自分の可能性を捨てきれない。
この時間の自分もどこかにいるはずなのだが。一体どこにいるのか。
ミラは彼女達の顔を見たくなり、さらに近付いて行った。二人はまだ話している。
彼女達は焦っているようだった。学園内のどこを探したか確認し合っているらしい。そっと、下から顔を窺う。
「えっ……」
ミラは二人の顔を見て驚く。まったく同じ顔なのだ。どうりで声が似ている訳だ。しかも、顔はハンナ・ロールそのものだった。最近、懐き具合が怖くなってきた後輩の顔が二つ。どっちが本物で、偽物か分からない。そもそも本物がこの二人の中にいるのか。ハンナは一人っ子だと聞いていたけど、知らない姉妹でもいたのだろうか。
「……はあ、私はもう一度教会の中にいるやつらを見てみる。ここで見張っててくれ、三番」
「分かった。二番。見回ってるやつらが戻ってきたら、なにか合図するか?」
「いや、いい。ここは妙な仕掛けが多いからな。誰か使いを寄越して」
「分かった」
『二番』と呼ばれていた方が、教会に向かう。ミラは迷った末、『二番』に付いていくことにした。いまだに頭の中が整理できていないが、教会の中を見てみたいと思ったのだ。
もしかしたら、教会の中にこの時間の自分がいるかもしれない。
彼女達に聞こえるはずもないのに、ミラは息を殺して『二番』が開けた教会の中に入っていった。
中は人でひしめきあっていた。これ、まさか学園の生徒、教師全員がいるのだろうか。見知っている顔があちこちにいる。確かに生徒数でいえば多いわけではないから、収まるだろうけど……。さすがにぎゅうぎゅう詰めだ。
『二番』が教会内に入ると、場の空気が固まった。みな固唾を飲んで、『二番』の様子を窺っていた。
教会内には『二番』と同じように黒いローブを被った人間が何人かいた。生徒や教師は一塊のグループに分けられ、それぞれに一人ずつローブ姿の人間が立っている。
ミラはここにきて、ようやくこの夢の状況が分かり始めた。ハンナの顔をしているローブ姿の集団は、この学園を襲ったのだ。
日本みたいに避難訓練なんかないし、気が弱い娘は怯えた表情をしている。学園内には生徒や教師がおらず、ここにだけいる。
教会に教師と生徒達を閉じ込めているのだろう。不思議なのは、無抵抗に教師や生徒達が従っていることだった。
彼らの実力なら数名の集団など、数の暴力で倒せるだろうに。一体、なぜ?
もっと人数がいるのか。他に動けない事情があるのか。
『二番』は教会内の人間の顔を確かめているようだった。端から一人ずつ顔を窺っている。さっき言っていた『竜巫女』を探しているのだろう。
話し声が一切しない。ただ、沢山の人間が呼吸していることだけが分かる。異様な光景と緊張感だった。
こんなことが未来で起こるなんて。自分はいつの時間にいるのだろう。分かってさえいれば、この事態をいい方向に向かわせることが出来るかもしえない。
経験上、予知夢で見たことは決して回避できない。なにをやっても結局同じ状況に陥る。確定している未来だけが見れるのだ。
変化させられるのは、その後の状況。
「いない、……ここにも、ここも」
ミラは自分の姿を探すがどこにもいなかった。こんなことをしているのが本物とは思えないので、ハンナの姿も探すがこちらも見当たらない。
全員が集められているわけじゃないのだろうか。しかし、学園内にはいなかったように思う。いつまでこの夢が続いてくれるかも分からない。居るのなら早く見つけたい。
しかし、ミラのそんな思いとは裏腹に、見覚えのある生徒や教師はいるのだが、肝心な姿は見えなかった。それに居ないのはミラだけではなかった。ニアやジャン王子、ジェイの姿も見えない。
一体どこに――逸る気持ちで探していると、扉の方から大きな音がした。爆発音にも似たそれに驚き、出入り口を見ると――自分がいた。
制服はボロボロで、あちこちに穴が開いている。誰かと戦闘したのだろう。顔には血が付いていた。
そんな自分がこちらを見る。
ぐにゃりと目の前が歪んだ。夢が終わる前兆だ。頭が回っていく中で、かろうじて、「相手は十人だ!」という自分自身の叫び声が聞こえた。
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