第33話「ハンナ・ロールの入学」
学園に入学して三度目の春がやってきていた。
ミラの頭の片隅には、サディア達のことが引っ掛かりながらも、別のことが頭が占めていた。
ハンナ・ロールの入学。
ついにきたのだ、ゲーム「悲劇のマリオネット」の主人公が。準備はできている。幸運にも迷宮試験の出来事が人脈を作り、仲間というか慕ってくれる人が増えた。それに、ジャン王子とニアとも仲は良好だ。
もっとも、ジャン王子とニアに関しては向こうからの愛が重いくらいなのだが、仲が悪いよりはいい。これで、ゲームとは大分前提条件が変わっているはずだった。
ハンナの入学は、以前より参加することの増えたお茶会でも話題になっていた。
綺麗な赤髪の美少女。特徴的な白いチョーカー。おまけに聖母のように優しいという。そんな人間、本当にいるのかと疑いたくなる噂だ。
ミラは疑問を持った。ハンナはゲームで気が強い設定だったのだ。ゲーム上の話は今まで過ごしてきた中でほぼ変わっていなかったので、違和感がある。
本当に気の優しい性格なのか、それとも猫を被っているのか。とにかく、彼女の動向には注意しなければと考えていた。
その矢先、ついにジャン王子からハンナの話があがったのだ。
彼女が入学してくるにあたって、一番心配だったのはジャン王子だった。彼がハンナに靡かないか、大丈夫だと思っていても不安は消えない。
頭では分かっているのだ。普段、好き好きオーラを出して、言葉でも普通に好きだの、愛しているだの言ってくる奴が靡くわけないと。
でも、ゲームのイメージがどうしてもよぎってしまう。それに、ミラ自身もゲームをプレイしていた時とは違って、生身で本気で好きになっているのだ。
婚約破棄されるルートなど破滅云々関係なしに、嫌だった。
そんな中での、ジャン王子からのハンナの話。好奇心よりも心配が先に立ってしまう。彼がハンナに対してどういう印象を持っているのか気になる。
授業前の階段教室。生徒はまばらだが、すでに来ており明らかに視線を集めていた。その他大勢の前でイチャつける程、まだ肝は座っていない。
「ね、ねえ、話す前に解放して欲しいかなーって思うんだけど」
ジャン王子はミラのいる教室に入ってくるなり、隣に座り、ひょいと膝の上にミラを載せたのだ。
突然のことに抵抗する暇もなかった。お腹に腕まで回される。
「なんで?」
「なんでって、周りの視線が……」
「見せても別に困らないでしょ。むしろ見せ付けたい」
「なんでよ。恥ずかしいじゃない」
「へえー」
「いや、へえーって……」
まるで子供だ。いや、年齢的に子供ではあるか。まだ十三歳だった。周囲でこそこそと話されるのは居心地が悪い。
「見て、ミラちゃん恥ずかしがっている」
「二人だとあんな顔するんだねー」
聞こえてるっての。ますます顔が熱くなった。
その気になれば竜巫女の怪力で外せるけど、ジャン王子の珍しく甘えるような行為にそれも憚れた。
「はぁ、もういいわよ。このままで」
「うん」
「で? そのハンナちゃんがどうかしたの?」
ミラはさっきから気になっている話を訊いた。彼の態度にも関係があるかもしれない。
前の席に座っているジェイを見るが、首を振られた。どうやら、しばらくこのままらしい。
「それがな――」
ジャン王子が時々ジェイから補足され話したのは覚えのあるものだった。正確には『悲劇のマリオネット』の中であったイベントにそっくりだった。
まあー、そうなるかー。でも、この反応はちょっと意外。
「悲劇のマリオネット」は乙女ゲームなので、当然攻略相手とのイベントが存在する。上手くいけば好感度が上がり、ダメなら下がる。もしくは、攻略ルートへの道が狭まる。
だが、別に拒絶されるわけではない。友人に収まるだけだ。
ただ、ジャン王子の反応はそれを越えていた。明らかに面倒臭がっている。ゲームとは違う。それともゲームの裏設定でも、最初はこんな反応をするシナリオだったのか。それとも何か変化が起きているのか。
入学直後のイベントで言えば、「迷子」があったのだが――どうもハンナは距離の測り方を間違えていたらしい。
ジャン王子だってモテないわけではないのに、ここまで疲労するのはよほどだった。その手の対応には慣れているはずなのに。
なんでもたまたま迷子になっていたハンナに話しかけられ、目的地まで案内したそうなのだが――
「アピールがうざい。俺にはミラがいるのに」
わー、辛辣だ。彼女がここまでウザがられるとは。
「ジャンが素っ気ないせいで、こっちにまで火が飛んできてたぞ」
「へえー……。大変だったね?」
「ミラ、もうちょっと嫉妬してくれてもよくないか?」
「だって、ハンナちゃんのことよく知らないしねー。会ってもいないし」
「ふーん……」
ジャン王子は気に食わないようで、ミラのことを抱き締める力を強めてくる。ちょっと苦しい。
気にはなるが嫉妬しようもない。そもそも今の話で、ジャン王子がハンナに良い印象を持っているようには見えないのだから。今の所、その点は安心できる。ただ、まだ油断は出来ない。
ゲームであったイベントはまだまだ沢山あるはずだ。
「ミラ、気を付けてよ」
「何を?」
「ミラは隙が多いんだ。それに優しい。付け込まれない心配だ。俺達なら、あんな奴から逃げることも出来るけど、ミラは違うだろ」
「そんなことは――ないよ。多分」
わずかに詰まったのは、脳裏にサディア達のことがよぎったからだった。婚約破棄のことを知らなければ、嫌っている人間にわざわざ近付く行為をしているのだから、そう見られてもしょうがない。
ジャン王子がそのことを知らないわけがなかった。
「ハンナみたいなやつが迫ってきたら逃げてよ。ニアと同じような匂いがしたぞ、あいつ」
「ニアと?」
「あー、確かにそうかもしれない。ニアの方が可愛いけどな」
ジェイが場違いにもニアのことをさらっと惚気る。
自分達がやっと付き合い出したからって、途端に甘くなり過ぎだ。前は愚痴の方が多かったのに。
「なんだ、その顔は」
「いや、だって。ねえ、ジャン」
「なあ、ミラ」
ジャン王子とミラが顔を見合わせ、苦笑する。散々に自分達のことをイチャつくなとか惚気るなとか言っていた奴が、同じようなことをしているのだ。
「……まあ、なんだ。身の回りには気を付けろよ。どんな奴がいるのか分からないんだから」
自覚があったのか、ジェイは微かに頬を赤くしながら話を逸らしてくる。
それにしても、『悲劇のマリオネット』の攻略対象であるヒロインの一人から、主人公であるハンナについて心配されるとは。
確実にゲームとは状況が異なっている。良い方向に向かっているはずだ。
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