第21話「お茶会の結末」

 ドリルちゃんとのお茶会は王立学園二年次に進級して、すぐに行われた。


 真新しい制服を着て、学園生活を楽しそうに過ごす新入生を見て、初心を思い出したのだ。


 いい加減、あのドリルちゃんからのいじめ紛い――ミラが終始なんとも思っていないので、いじめが成立していない――の行為をうんざりし始めていた。嫌なことに慣れてきてはいるが、新入生を見て清々しい気分が台無しになるのである。


 そこで、関係改善のために提案したのだ。その約束を取り付けるのはかなり大変だったが、苦労した甲斐はあった。


 夕方、学園内の庭園。王立学園内には『迷いの庭園』と言われる、バラの庭園がある。人の身長ほどある生垣が迷路のようになっているから、そう言われているらしい。だが、規模がもの凄く大きいわけでもないので、名前の通りに迷う者はいなかった。


 貴族の子息女が通っているだけあって、学園内は色々と構造物が多い。放置されているのでは、と思うものもあるのだが、ここもその一つだった。


 夕方のこんな時間、生徒はおろか教師もうろつかない。人気が無い場所。暗がり。まるで、漫画のワンシーンのような場所にミラはやってきていた。脅しやいじめをするには最適の場所かも知れない。


「ちょっと、聞いてますの?」


 バラの香りが心を落ち着かせてくれているというのに、そのトゲのようにドリルちゃんは苛ついた声を上げた。


 珍しく取り巻きはいない。ドリルちゃんと一対一だ。


「聞いてるよー」


「ぐぐっ。なら、さっさと話しなさいよ。一体何の用よ、こんな所まで連れてきて」


 人目のある場所だと、いつあの取り巻き二人が飛んでくるのか分からないため、少々強引に連れてきたのだが――


「私に怪我させてみなさいよ。後悔させてやるんだから」


 キャンキャン。子犬が吠えるみたいに、ずっとこの調子だ。話す隙が無い。竜巫女の怪力で無理やり引っ張ったのが良くなかったのかも知れない。


 そのせいで、ミラからは戦闘でもするかのように一定以上近付いてこない。


「はぁー……、ねえ、私、そこまで嫌われるようなことした?」


「うるさいっ! だって、ずるいじゃないっ。ジャン王子も、ジェイも。なんで、なんで」


 んー、話しにならない。感情的過ぎる。もっと落ち着いて話したいのに。仲良くなりたいのに。


「……お茶会しない? うん、しましょう」


「は? 何を言って――」


「場所はここね。日付はいつがいい?」


「明後日なら時間あるけど……、そうじゃないわよ。なんで、あんあたなんかと、お茶会しないといけないのっ!」


「明後日ね、じゃ、この時間ね」


 ミラは、場所を書いた紙に日付を付け加える。大人しく話して友好的に誘おうと思ったけど、自分の口車では無理だ。


「えっ、ちょっと……」


 ミラは喚いているドリルちゃんに紙を押し付け、その場を去った。背後にドリルちゃんの声が掛かるのをすべて無視して。



 お茶会の場所は、学園内の温室にしていた。と言っても植物は少ない。誰が管理しているのかも知らなかった。ここも『迷いの庭園』と同様で、学園内のよく分からない放置構造物。いや、一応は放置されていないようではあった。


 学園内にしておかないと何されるか分からないから、人の来なそうなここにしたが、当たりだったかもしれない。


 温室内の雰囲気は気持ちのいいものだった。冬に来たら、ちょうどいいかもしれない。今は春だから、あまり外との気温の違いはないが、冬にここで読書をするのも悪くない。


 周りを植物に囲まれながら、テーブル二つ、椅子が四脚。近くにはソファーもある。上を見れば、音質のガラスを隔て晴天が――今日は雨だった。見えるのは曇天に土砂降りの雨。


 うーん、ちょっと残念。でも、これはこれで悪くないか。雨音自体は心地いいし。


 ゆったりと温室の空間を楽しんでいると、カツカツと足音がしてくる。足音が止まった。


「いらっしゃい、三人とも」


「……本当にお茶会するつもりなのね」


「それ以外になにするの?」


 ミラの質問には答えず、テーブルを挟んで向かい側に彼女が座る。そして、きっと睨んで来る。


 お茶会のことは誰にも言っていない。すっかり過保護気味になってしまったジャン王子とニアのことだ、このことを話したら乗り込みかねない。もしくは、相手を威圧して話し合いにならなくなるか。ジェイは放ったらかしそうだ。ニアの身になにかあればすっ飛んできそうではありそうだけど。


「ええと、話す前に後ろ二人をどうにかしてもらえない? 座ってほしいな」


「お前に指図はされない」


「……サディアお嬢様、こんなお茶会やめましょう。……何が入っているのか分からない」


「やめなさい、ニール、ニコラ。空いた椅子に座って」


 ドリルちゃん、サディアっていうのか。それしても、お嬢様って……。この二人は使用人なのかな? 


 サディアの言うことなら素直に従うらしい。どこか不満顔を隠さないながらも、二人は彼女の両側に座った。


 今まであまり意識してこなかったけど、この二人、顔が似ている。もしかして双子だろうか。


「あんまり私の使用人をじろじろ見ないでくれる?」


「へえー、ニール君と、ニコラちゃん、サディアの使用人だったんだ」


「気安く呼ぶな」


「……名前を呼ばないで」


 すごい嫌われてる。なんだか猫みたいだ。二人とも目がクリっとしていて可愛いのも、より猫を連想させる。


「サディア……、せめてさん付けしてくださるかしら」


「えー、仲良くなりたいのにー」


「こっちは、そうじゃないの。ミラさん」


 にこりともせず、サディアが言い放つ。両隣の双子が頷いた。……壁が高すぎやしないだろうか。話し初めて数分で心が折れそうだ。


「そんな嫌わないで欲しいなー。あ、そうだ、お茶会なんだから、紅茶飲みましょう、紅茶」


 ミラはティーポットを取り、人数分用意してあったカップに注ごうとする。しかし、ニールに奪い取られてしまった。


「ちょっ」


「お嬢様へは俺が淹れる」


 そう言って、彼がカップに紅茶を注ぎ始める。とぷとぷと注がれていく紅茶。フルーティーな香りがあたりに香る。


「ありがとう。ニール」


 ミラが見たこともない優しい笑顔が、ニールに向けられる。ニールも「いえ、当然のことです」と宝石のような笑顔をサディアに向けた。


 なんなんだろう。その優しさを一ミリでもいいから、こっちに向けてくれないだろうか。


 ニールが紅茶を注ぎ終わる。ミラが紅茶に口をつけると、ようやく三人も飲み始めた。


 本当に警戒されてる。はぁ……。


 サディアがコトっとカップを置いた。少しだけカップの中の紅茶が減っている。


 無言の時間が続いた。テーブルのあるこの場所は近くにある照明によって明るいが、周りは薄暗い。雨音もあいまって、妙に重苦しい。


 ここで待っている間に色々と考えてはいた。だけど、ミラはなんだか面倒臭くなってしまった。直球で聞いてしまおう。


「ねえ、サディア」


「だから、さんを付けてくださいと――」


「なーんで、私を目の敵にするの?」


 ミラがそう言った瞬間、両側の二人が殺気立つ。怖いなぁ。ご主人様を傷付けるやつは許さないって?


「……やめなさい、ニール、ニコラ」


「承知しました、お嬢様」


「……はい」


 すっと、ニールとニコラの殺気がなくなる。だが、ピリピリとした空気はまだ感じていた。


「目の敵、とおっしゃいましたわね」


「そうよ。こっちはあなた達に何もした覚えがないのに、色々としてくれたじゃない。そのせいで友人が減っちゃったし……」


 話している内に、ふつふつと怒りが湧いてくる。本当にそうだ。何もしていない。ただの嫉妬や妬みで、なんで友人を失わなければならないのだ。このままでは遠ざかっているはずの破滅死亡ルートが近付いてきてしまうかもしれない。どこでどう繋がっているのか分からないのだから。


「友人が減ったのは、知りませんわ。あなた自身にも問題があったんじゃないかしら」


「言ってくれるわね。……ジャン王子とジェイどっちなの?」


「……なにが言いたいんですの?」


 サディアの表情が変わる。目は鋭く、唇を閉ざす。両隣の二人もきっ、とこちらを睨みつけてくる。


「だから、どっちよ。好きなのは?」


「……だから、嫌いなんですの」


 サディアはぽつりとそう漏らす。全部聞こえてるんだけどなー。


「私はね、平穏に過ごしたいの。あなたとも仲良くしたいし――聞いてる?」


 彼女は顔を俯かせ、ミラの言葉など耳に入っていないようだった。全身から拒絶の意思を感じる。直接話せば、あるいは、と思ったけど――ジャン王子とジェイの名前を出しただけでこれでは、かなり厳しい。


「ねえ、サディア――」


 ミラが声を掛けると、彼女はバンっとテーブルを叩いて、立ち上がった。


「……帰ります」


 小さくそう言って、彼女は出口へ向かってしまった。


「お嬢様っ」


 ニールが声を上げ、ついていく。ニコラは、ちらっと無表情でミラの顔を見て「あなたのせいです」と一言残して去った。


 残ったのは雨に包まれた温室の温かい空気だけ。ミラ以外の三人分の紅茶とクッキーはしっかり無くなっていた。


 ……どーすれば、いいんだろ。


 ミラは途方に暮れた。交渉は失敗に終わってしまった。というか交渉にすらなっていない。もはや、下手に接触しない方がいい気がする。なんで、こうなってしまうのか。


 紅茶を一口飲む。その温かさだけが、今のミラの唯一の癒しだった。


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