第17話「ジャン王子は破壊力が高い」
ジャン王子が差し出したのは、ブレスレットだった。以前、ミラが欲しがったもの。真ん中に細い竜のデザインが入っている。瞳に嵌められているピンク色の宝石が美しい。ゲーム同様に身代わりの効果があるのだろうか。
確かに言ったけど、本当に買ってくれるとは。もしかして忘れてるのかな、と思っていた。お店にはちょくちょく見に行ってはいたが、店主がもう買われたと言っていたから、てっきり他の誰かに買われたと勘違いしていた。店主もなにも言ってくれてなかった。そういえば、買われた行方を訊いた時に、店主はニヤニヤとしていたような気がする。
こういうことだったのか。手足がジーンと痺れ、胸が苦しくなる。目の前のブレスレットが霞む。
「……ありがとう」
「おい、大丈夫か」
ジャン王子が心配そうに覗き込んでくる。近い。思わず一歩下がると、彼は腕を取って……、さらに一歩近付いて来る。
「ブレスレット、俺が付けてもいいか」
「う、うん」
ジャン王子は一度渡したブレスレットをさっと取ると、ミラの腕に付け始めた。シャラシャラと金属の感触がむず痒い。
まるで、婚約指輪を付けてもらっているようだった。いや、婚約はしているのか。
ミラは胸を手で抑えることくらいしか出来なかった。幸せなのに、つらい。苦しい。これ以上は容量オーバーだ。
「よし、……うん、よく似合ってる。ミラ」
「……ありがとう、ジャン」
だから、近いって。
ミラはまともに目を見れず、視線をうろうろしてしまう。
そこで、ようやく周りの視線に気付いた。お父様は渋い顔で、お母様はニコニコと。周囲の参加者は微笑ましそうな瞳で。
すっかり、ジャン王子の雰囲気に呑まれてしまった。今更のように、今のやり取りを見られていた羞恥心が湧いてくる。
ジャン王子はそっと、ミラの頭を撫でた。まるで、子供をあやすみたいだ。同じ年だというのに、なぜだろう。だが、ふわふわと居心地がよかった。
「そんなに喜んでくれると、渡しがいがあるな」
「だって……」
会場のざわめく空間の中で、ここだけが静かだった。だが、それも長くは続かなかった。
本日、二度目。ジャン王子の手が叩き落とされる。
「ニア……、またか?」
ジャン王子の低い声がうなる。
幸せな感触が消え、名残惜しく感じていると、横合いからニアが妙に刺々しく尋ねてくる。また、抱き着いてきて暑苦しい。
「ミラ~、ジャン王子とばっかりイチャイチャしないでよー」
「お姉ちゃん……。ふふっ、見てこれ、可愛いでしょ」
ミラは姉の構って攻撃を躱すべく、貰ったばかりのブレスレットを自慢する。ニアは、ブレスレットをじっと見つめ――渋い顔をすると、ジャン王子を睨んだ。
「ジャン王子、ずるい。ねえ、ミラ。お姉ちゃんとジャン王子のプレゼント、どっちが良かった?」
「え?」
「ねえ、どっち、どっちー」
「ニア、やめろ。そんなの、俺に決まってるじゃないか、なあ、ミラ」
「ジャン王子は黙ってて。ねえ、ミラー」
「えーと……」
どうしようか。どっちを言っても角が立ちそうだ。それに、そろそろ他の客の相手もしたい。だけど、はっきり言わないと、どっちも引きそうにない。
悩んだ末、ミラは、ここは婚約者の顔を立てておこう、と思った。嬉しかったのは本当だし、ニアのも嬉しいけど、ジャン王子のは「特別」だ。それに婚約破棄はされないためにも彼の好感度は重要だ。
「ジャン、かな……」
ミラがぽつり、とそう漏らすと、二人の反応は正反対だった。ちらっと窺ったジャン王子は照れており、横を向けば、ニアはむすっとしていた。
納得いっていないらしい。もしくは、不満なのか。
「いやだ」
「え、えーと……」
「何言ってるんだ、ニア」
スコン、と拗ねているニアの頭が軽く叩かれる。ジェイだった。そういえば、彼からはまだ誕生日プレゼントをもらっていない。
ニアがようやく離れる。
「ジェイ、うるさいー」
「そんなこと言ってると、ミラの誕生日プレゼントのお菓子、食わせないぞ」
「えっ、何それっ!」
現金なもので、ニアは『お菓子』の単語を聞いた瞬間に、さっきまでの不満を忘れたようだった。
さすが、ジェイ。彼女の扱いをよく分かっている。
「ミラ、そういうことだ。俺からは、お菓子な。……今、この会場にあるのほとんどがそうだ」
「ありがとう、ジェイ」
ミラがお礼を言うと、ニアがジェイに抱き付いた。彼は顔を真っ赤にして、それを受け止める。ニアはそれに気付いた様子はなかった。
「ジェイ、そうなのっ? いっぱい食べちゃった」
「見てたから分かる……。バクバクと食べてたな……」
ジェイは呆れながらも、嬉しそうにしている。
ニアは、尻尾があったら振りちぎれるんじゃないかと思うくらいに喜んでいた。一応、妹への誕生日プレゼントのはずなのに。その辺、どうでもよさそうだ。
ジェイも誕生日プレゼントと言いつつ、ニアを狙ったんじゃないだろうか。あの、普段は厳めしい顔からは想像できない、だらしない顔をしている。
薄々思っていたけれど、なるほど。これは面白そう。
「……あいつ、分かりやすいな。ニアは気付いていなさそうだけど」
「ジャンもそう思う?」
「ああ。まあ、親友がミラに色目を使わなそうでホッとする」
ドキッ、とミラの心臓が跳ねる。急にそういうことを言わないで欲しいものだ。
「ミラ」
「なに?」
ジャン王子の呼びかけに、おそるおそる彼の方へ向く。迎撃の準備をしなければ。心を落ち着かせ、いかなる攻撃にも動じない。……これ以上弱点は増やしたくない。
だが、ジャン王子はミラの心構えなど、あっさりと越えてきた。
軽いリップ音。今日二度目となる音が聞こえた。ジャン王子の顔が、これ以上なく近い。
セットした髪が崩れないように、少しだけかき上げられた前髪、額が熱い。手の甲なんて目じゃない。きゅううっと胸が苦しくなる。
額にキスされた。
ミラは、ばっと額を両手で覆う。思わずジャン王子を睨みつける。彼は自分でやったにも関わらず、耳まで真っ赤にしていた。
「ジャ、ジャン」
「……誕生日、おめでとう」
しっかりと目を見ながら、ジャン王子ははっきり言った。それは、ミラにとって王子様モードの笑顔よりも好きな顔だった。
ジャン王子の破壊力が増している。
はっと気付いてニアの方を見ると、彼女は悔しそうな顔でこちらを見ていた。
そりゃ、婚約破棄されないためにジャン王子も、ニアも好かれるようにしてきたつもりだったが、そこまでとは。
好かれ過ぎて、溺れそうだ。ただでさえ、ジャン王子のことは好きになってしまっているというのに。今後のためにも冷静な振る舞いは必要なのに、ジャン王子はあっさりと崩しにくる。
……やり過ぎちゃったかも。
ミラは今になって、婚約破棄を逃れるあまり好感度を稼いだ結果、彼らから逃れられないことを実感した。
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