第4話「竜の鱗」

 部屋に入ってきたのはお父様ともう一人。多分お父様が呼びに行った医師だろう。黒髪の綺麗な女性。ゲームでもミラの記憶でも見たことが無い。


「頼む」


「はい。……失礼します、お嬢様」


 彼女はすっとベッド側に跪く。ミラの額に手をやると目を瞑った。緑光の帯が彼女の手から出て、体全体を覆っていく。温かいようなこそばゆいような、どこか安心する。そんな感覚がミラの全身を包んだ。


 しばらくそのままじっとしていた彼女だが、光の帯が手に収まってくと目を開く。彼女の目は驚愕に彩られていた。なぜ? そう思っているのがありありと分かる。医師がじっとミラを見る。


 ミラはこてんと幼女らしく何も分からない、と言うかのように首を傾げた。


 医師はそんなミラを見て、ふっと口元を緩めるとミラの頭を優しく撫でた。そして、はっきりと告げた。


「……治っています」


 お父様が医者の肩を掴む。


「本当かっ?」


「おそらく首にある鱗のおかげでしょう。わがサングリッド家に誓っていいます。お嬢様は火吹き風邪を治していらしゃいます」


 そこからは、寝込んでいる間は静かだった寝室が一気に騒がしくなった。医者の問診はしばらく続いたが、彼女の疑問を増すだけのようだった。いまいち要領の得ない顔をしながらも医師は帰っていた。鱗が要因として治ったのは分かるが、どうやっては分からなかったらしい。


 医師からは、治ったとはいえ、体力回復のためにも一週間程度は寝室にいることを告げられてしまった。


 安静に入り数日経っても、お父様、お母様、使用人達も代わる代わるやってきては泣き腫らすものだから、ミラの方が心配というか不安になった。この屋敷の人間は情緒不安定が過ぎる。


 しかし、姉だけはやってこなかった。使用人達の話によると、どうもミラの病気などはなから治ると思っていたらしい。ミラの姉はゲームの作中でもあまり見かけなかったが、男勝りの美人だったと思う。あまり語られていないのでそれ以外のことはよく分からない。あるのはミラとしての記憶にあるお転婆な姉だ。無いとは思うが彼女がミラを殺す可能性もある。


 出歩けるようになったら、会いに行きたいな。


 ミラは何人目か分からない使用人に泣かれながらそう思った。



 姉との再会はすぐに叶った。


 出歩けるようになった初日。朝食の場に家族全員が勢揃いしていたのだ。すっかり失念していたが、ミラの家では食事時は基本的に一緒だった。


 お父様とお母様が対面でニコニコしている中、ミラは姉――ニア・シェヴァリエに質問攻めにあっていた。


 ショートカットの茶髪に上がりがちな目元。華やかな顔立ちはミラに劣らずかなりの美幼女だ。こちらはお母様似だろうか。


 ニアはその黒目を爛々と輝かせ、視線は一点に注がれている。ミラの付けている黒いチョーカー。


 ミラの竜の鱗――竜教に目を付けられるのを嫌がったのか、両親はひとまずチョーカーで隠すことをミラに命じた。ミラにとっても注目を浴びたくはないので願う所ではあった。だが、ゲームのデザイン通りの黒いチョーカーが出てきた時は少しばかりげんなりせざるを得なかった。ゲーム通りの見た目になっていくこと、それはつまり、ゲームと同じ展開に向かって人生を歩んでいることに他ならないのだから。


「ミラ、ミラっ。それって硬いのっ?」


「う、うん。鱗だもん」


「見てもいいっ?」


「うーん……」


 ミラは困って両親を見る。


「ニアには別に隠す必要は無いわよ。その娘のことだから、隠すと余計に気になっちゃうわ。きっと」


 お母様は頬に手を当て、優しく微笑んだ。長いまつ毛に彩られた黒目がミラを見る。それは慈愛に溢れていて無意識に甘えたくなってくるものだった。お母様ーっ、と叫び、抱き付きたくなる。ゆるくふんわりとした薄い茶髪が神々しい。お父様はそんなお母様をうっとりと見つめていた。仲睦まじいのは結構だが、イチ師イチャは他所でやって欲しい。


「そうだな、ニアも家族なんだ。隠す必要はない」


 ちゃんと娘を見ながら言って欲しいのだが、まだお母様に見惚れている。二人はミラ達姉妹がいるのにも関わらずどこでもラブラブなのだ。主にお父様の方がそうなっているとばかり思っていたのだが、お母様も積極的じゃないだけであまり変わらないのでは、と思い始めていた。


 両親の許しを得たニアがミラの肩を揺さぶってくる。がくがくと首が揺れ、気持ち悪くなりそうになる。


「ミラっ、ミラっ」


「ま、待って。今外すから……」


 二人がいいと言うのなら、問題はないだろう。あまりこの竜の鱗を知っている人間は増やしたくないが、家族にまで変に隠すのもおかしいし、面倒だ。


 ただ、懸念が一つ。


 ほぼ百パーセント、この鱗が原因で死んでいると思うのよね。


 竜の鱗が露見すれば何かしらの騒動の種になるのは目に見えている。両親もそのあたりを分かっていて、わざわざチョーカーを付けさせたのだろう。ゲームと同じであれば、学園入学までは特に何も起こらないはず。しかし、あまり油断は出来ない。あとでニアに言い触らさないように注意しておこう。


 ミラは後ろ手でチョーカーのベルトを外した。解放感とともに首をさらけ出す。


 ニアが露になった首を見て、一層目を輝かせた。


 そんないいものではないんだけどな……。


「わあっ……、触っていい?」


「うん……」


 つ、と。ニアのまだまだ小さい手が鱗のある首元に触れる。皮膚の上にさらに一枚を隔てて触れられる感覚がミラを襲う。


「つるつるしてる、それに硬い。苦しくないの?」


「全然。ただ、あるだけだよ。なにもないもん」


「そうなの? 竜巫女って『トクベツ』じゃないの?」


「お姉ちゃんと同じ、普通だよ」


「ふーん……」


 ニアは話に興味を失ったようで、夢中で鱗に触れている。


 彼女には「普通だ」と言ったが、竜巫女の存在は特別だ。竜教にバレれば攫われかねないほどに。単に教会の象徴的存在、政治的リーダーというのもあるが、それ以上に教会が危険視しているのは、その力にあるらしい。


 ゲームと同じ内容かは分からない。発動条件もいまいち不明なので実際のところどうなのかは、これから分かっていくだろう。しかし、能力の一つである怪力はすでに発現していた。今日の朝、うっかりドアノブを破壊してしまったのだ。いつもの調子でドアノブを下げたら、べきっと壊れたものだから驚いた。魔法で無理やり直したが少し不自然になってしまったので、あとでバレないといいのだが。いくら魔法が使えると言えど、ミラが覚えていることしか出来ないし、まだ出来ることは限られている。


 あとは治癒力。この竜の鱗があったからこそ、流行り病に打ち勝てたと言える。


「ありがとっ。もし何かあったらお姉ちゃんが守ってあげるっ!」


「……うん。お姉ちゃん、ありがとう」


 ニアが鱗に触れながら宣言してくれる。にかっと男の子みたいな笑顔だった。さすが将来には男装の麗人と言われるだけはある。ミラの記憶にあるこの世界の子供の誰よりもイケメンだ。


「二人とも、そろそろ食べなさい。料理が冷めてしまうからね」


 お父様がそう注意し、ニアと仲良く返事する。


「はーいっ」


「うん」


 ニアはがつがつと、ミラはゆっくりと食事を味わった。


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