7 犯人の自供

 私が、警察手帳を見せると、犯人は呆気なく自供した。

 私の予想通り、監視カメラに映っていた軽量ダウンを最初だけ着ていたニット帽の女性がこの事件の犯人だった。被害者である和郎の周辺人物の写真のデータを見ていたら、カメラに映っていたくだんの女性と鼻と口元がそっくり、かつ20代の人物がいて、特定できたというわけである。

 

 その人物は、20歳、女子大生であり、名前は…吉田数子よしだ かずこ

 なんと、沢村和郎の従妹いとこだった。そんな偶然あるのだろうか。


 事情聴取を進めていると、

「彼に復讐をするのが私の目的でした…」

 彼女はそう答えた。

 そう、実は、この事件は計画的犯行だったのだ。

 

 その後、彼女は、犯行に至った経緯を話し始めた。

 和郎は家の外の人間に対しては気前が良く、優しい、頼れる人間とされていたが、身内の中での評判は良くない人間だった。

 従妹である数子は現在、女子大学に通っており、その徒歩圏内にある和郎の実家に居候しているのだが、実は、彼は彼女の部屋に隠しカメラを設置し、着替えを隠し撮っていた。あるとき偶然、スマホで自撮りをしていた際に、数子は自室のテレビ台の中に赤く光っている物体を見つけた。近づいてみると、それは隠しカメラだった。

 数子はもちろん、そのことに関して、和郎に対し怒ったが、彼は逆切れし、殴りつけ…あろうことか、自分の支配欲を満たすためか、性欲に負けたのか、彼は数子に性的暴行を行った。その後、数子は男性恐怖症になり、今でも男性を見ると怯え、交際もできないと言う。

 数子は彼女のその体験を母や叔母に話すも、自分たちの家に対する世間からの評判を気にしてか彼女たちは黙秘するように数子に頼んだ。

 そんな絶望のふちにいる最中さなか、数子は和郎の趣味に気付いた。深夜よく和郎が出かけるのを不審に思い、彼を尾行すると、彼がくだんのトイレの中に入り込み、数十分間出てこないことに気付いた。

 外から見ると、トイレの個室のドアが開いているように見える。数十分後、男子トイレの出入口あたりで和郎の姿が見えたが、デジカメのようなものをポケットに入れるのが窺えた。その様子が気になった数子は和郎が家にいないとき、彼の部屋を物色し、デジカメを見つけ出した。

 デジカメの中にはSDカードが入っており、そのデータをパソコンで見ると…

 女性が用を足す様子が動画に収められていた。それも100個近くある。画角的に天井に近い部分から手で傾けて、覗き見るように撮っているのがわかった。そうしないと、個室の様子が映らなかったのだろう。

 その動画を見て、数子は吐き気を催しもよおながらも、犯行を決意した。

 でこの男を生かしていたら、すぐに自分のような直接的な被害者を生みかねない…そう思ったのだ。彼女はその日の明るい内にトイレに行き、下見をした。その時、あの通気孔に気付いた。見た瞬間、和郎のカメラの位置的にそこが盗撮場所であることが分かった。同時に、トイレの外側に監視カメラがあるのにも、そのとき気づいた。その日の午後、次に和郎が盗撮を行う日に備えて様々な物を購入もした。

 そして、時が過ぎ、和郎の盗撮の実行日が来た。彼女の犯行の実行日でもある。

 事件当日、深夜2時半過ぎ、彼女はくだんのトイレの個室に入り、用を足すふりをした。ちらりと通気孔を一瞥すると、和郎はすでにそこから身を乗り出していた。

「ニット帽を深く被ってたから私って、気づいていなかったんです…」

 彼女はそう語る。

 彼女はショーツを脱ぐふりをして、和郎が油断した隙を狙って、すぐさま個室のドアを開け、洗面所の受け皿を足で踏み、体を宙に浮かせ…驚き慌てふためく和郎の両手を持ち、女子トイレ側に引きずり込んだ。そして、ダウンのポケットに忍ばせておいたスタンガンで気絶させ、和郎を個室までどうにか運び、鍵を閉め、今度もダウンのポケットに忍ばせておいた電動ハサミで和郎の局部を切った。局部を切る直前に、ダウンを脱ぎ、それを彼の腰の辺りに結び、下半身を全体的に覆うことで、血が自分にかからないようにした。手にはトイレで流せるよう紙製の手袋を取り付けていた。

「私は無言で何度も何度も電動ハサミでアイツのアレを切り刻みました。アレが憎くて仕方なかったんです…私はアレのせいで男性恐怖症になったんですから!!!私の将来を返して!!!…そう思ったんです!!!」

 取調室で彼女は泣き叫び始めた。アレとは局部のことだろうが、男性器の名称を口にしたくもないのだろう。

 実は、彼女は和郎の局部を去勢するだけで終わるつもりだった。

 で、というのは、でということだったわけだ。つまり、彼を性的不能者にするということが彼女の目的だった。

 そのため、殺すつもりはなかったらしい。

 しかし、和郎は運が悪いことに、出血多量によるショック死で死んでしまった。

 切られた位置が悪かったのだ。

 「ううううう」とうめき声をあげながら衰弱していく和郎を見て彼女はひどく怯えた。そして、犯行を行ったことを大いに後悔した。

 この場にいるのが怖い、すぐさま逃げだしたい…

 しかし、殺人で捕まるのも人生が壊れるし嫌だ…

 そんな複雑な心境に陥った彼女は、証拠が残らぬように、紙でできた手袋を脱ぎ、トイレの中に捨て流し、和郎からデジカメを奪いポケットに入れ、トイレの個室をなんとかよじ登り、密室空間を作り上げた。上が開いているから厳密には密室ではないと思われるが、密室事件になったのは単純に彼女が被害者に対する後ろめたさがあったからだったのだ。そして、トイレの個室という和郎の棺桶が完成してしまった。

 血に濡れた軽量ダウンや凶器類は個室から、トイレにある、あの小窓から投げ捨て、犯行直後、すぐに、外側の監視カメラの死角であるトイレの裏側の方に回って、回収していたらしい。ポーチに入れていたエコバックを使って…

 軽量ダウンは、夜が明けて、その日のうちに、タオルにまるめて隠し、地域のごみ回収センターまで持っていき、焼却ゴミに捨てた。残りの凶器類は家で洗い、それもまた地域の他のごみ回収センターに捨てたという。後に調べたら、ごみ回収センターに来た記録はどちらも残っていた。

 

 私は難しく考えすぎていた。犯行動機は至極真っ当で単純なものだったのだ。しかし、彼女の被害者に対する感情は複雑なものだった。憎んでも、彼を殺そうとまではしていなかったのだから。もちろん、事故だったとはいえ、殺人が許されはしないが。


 そういや…

 私は1を聞いてないのを思い出し、聞くことにした。

 そのことは彼女が話した犯行内容からは省略されていた。

「なんで、彼の局部を持ち去ったんですか?」


 彼女は、一瞬、私の方を見たかと思うとすぐに俯き…目を泳がせながら、重い口を開き、ひどく歯切れの悪い言い方でこう言った。


「いや…局部は持ち去っていません…気持ちが悪いので…その場で切り刻んで紙の手袋と一緒にトイレに流しました…」

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