30 寝ている間に(至&悟)

 サークルの女の子に告白された。

 飲み会ではいつも隣の席に座ってきたし、くだらないメッセージのやりとりも頻繁にしていた。オレも酔ってきたときは肩を抱いてしまったし、脈があると思われたのだろうか。

 断ると、泣かれた。しかも満席のショットバーの中で。思わせぶりなことをしてほしくなかった、と責められたのだが、オレはどうしても、多数の女の子のうちの一人としか思えなかったのだ。

 彼女が去ったカウンター席で、オレはウイスキーグラスを傾け、ご迷惑をおかけしましたとマスターに謝った。当分この店には来れないな。

 終電には間に合ったので、自力で帰ると、両親はもう眠っているようだった。兄もそうだろうな、と思って彼の部屋の扉を見ると、電気が漏れていた。

 愚痴りたい気分だ。オレは扉を開けた。むっと酒の匂いがした。兄はベッドで眠りこけていた。枕元には大量の缶ビール。寝ながら飲んでいたのか。


「兄貴……」


 オレはそっと兄の唇に触れた。カサカサしていた。リップクリームでも塗ればいいのに、彼はその手の手入れをしない。

 確か昨日は仕事が休みだったのか。アゴにはうっすらとヒゲが生えていた。カミソリ負けしているのか、荒れていた。

 綺麗な顔をしているのに、勿体ないな、なんて思う。もう少し美容に気を付けたらいいのに。


「好きだよ」


 聞こえていないのはわかっていて、そう呟いた。そして、そっとキスをした。動かない兄。前歯を舌でなぞった。まだ大丈夫。これくらいなら。


「兄貴……オレのものになってよ」


 サラサラとしたストレートの黒髪を撫でた。兄弟なのに、俺は癖っ毛だ。本当は血が繋がっていないのかもな、と思うこともある。そうだとしても、兄がオレの想いを受け入れてくれることはないと思うが。

 オレは物音ひとつたてないよう気をつけながら、兄の部屋を出てシャワーを浴びに行った。自分の身体をいじくる。いつか兄の手で触れてほしい。そんな妄想をしながら。


「あっ……はぁぁ……」


 シャワーの水量を上げた。そんなくらいではかき消せないほど、オレの想いは大きくなっていた。あの子を振ったことでよりハッキリした。オレは兄しか愛せないのだ。

 排水溝に全てを流した後、オレは大きくため息をついた。何もかもが虚しい。明日からサークルでどう過ごせばいいのだろう。いっそやめてしまおうか。

 着替えて自分の部屋に行く途中、また兄の部屋を覗いた。さっきと同じ体勢のまま、よく眠っているようだった。今度こそバレるといけないから、さっさと立ち去った。

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