第30話 修道院へ

 十回だ……。

 修道院に行くまでに十回も、見た。

 いや、十組・・見たと言った方がいいだろうか……。

 全員、外でヤッていた。

 現在———朝です。


「一体何なんだ……‼ この街は……⁉」

「…………ッ」


 思わず天に向かって叫ぶ俺と、その隣で真っ赤になっているイリア。

 十字架が門の前に掛かっている巨大な建物、修道院の前。いわゆる敵地の真正面だと言うのにあまりにも不用心に大声を出してしまうがそうも言いたくなる。


「風紀が……乱れすぎている……せめて家の中でやれ家の!」

「この街の家々は……というかアルトナ公国の街の住宅は、何処でも窓が小さいから日当たりが悪くて、手元が見えないからみんな……その……外でやりたがる……」


 恥ずかしそうに事情を説明してくれるイリア。


「あの光景……何をやってるのかこの街にいた頃はわからなかったから。本当に小さな頃にこの街にいたから……!」


 と、顔まで抑えて恥ずかしがる。


「教育上悪すぎる! 子供の頃って、何歳ごろ?」

「本当に七歳とか八歳ごろ」

「そんな子供にアレを見せるな! その歳だったからイリアはわからなかったんだろうけど……中学生とか高校生あたりの子供が見たらマネするぞ!」

「ちゅうがくせー? こうこうせー? って何?」

「ああ、わかんないよな。十四歳とか、十六歳ぐらいの子供ってこと」

「…………」


 イリアが突然悲しそうに瞳を伏せる。


「ん? どうしたんだ?」

「いいえ……とにかく、急ぎましょう。修道院の中へ」


 そうして修道院の門をくぐって中に共に入っていく。

 俺の前世は日本生まれの日本育ち。だから修道院と言うのがどういう施設かよくわかっていなかったが、門をくぐった先には大きな聖堂と、その周囲にいろいろとこまごまとした役割を持つ小屋が作られていた。

 家畜を育てる小屋。食堂。ビールやパンを作る工房。修道士たちの宿泊小屋。そして墓地。

 そこで生活するためのものが複合的に存在しており、まるで修道院の中が一つの街のように感じた。


「基本的に修道士たちは修道院の中から外に出ない。神に祈るために修行する場所が修道院だから、その中で生活できるようにいろいろと設備を整えている」


 イリアが歩きながら説明してくれる。


「へ~……そうなら俺たちは目立たないか? 修行の場っていうのだからここには修道士しかいないんじゃないか?」 


 ちらほらと黒い頭巾をかぶった修道士、修道女たちとすれ違うが、彼ら彼女らはイリアを見て一礼こそするものの、その隣にいる俺の存在に特に気にとめたりはしない。


「私は聖女でこの修道院にはよく出入りしていた。だからまだ大丈夫。私の傍にいるのなら、ゼクス教会への客人だとあなたのことを思っているはず」

「そうなのか?」

「それにここには信者たちが祈りに来る教会として聖堂を解放している。だから司祭の役割を兼任する〝聖女・フレイ〟もいる」

「? 「教会として聖堂を解放している」って……どういう意味だ?」


 イリアはそんなこともわからないの? とでも言いたげな呆れた顔をして俺を見る。


「そもそも、あんた司祭と修道士の違いってわかってる?」

「違い? あるのか、そんなもの? 同じ神に対して祈る僧侶みたいなもんだろ?」

「全然違う。

 司祭は神に認められて教会を統括して神の言葉や意志を伝える代行者。ゼクス教徒のリーダーとなって教会を祈りの場として開放する管理者でもある。

 修道士は神の教えを守り、敬虔なゼクス教徒の模範となるべき存在を目指した修行者。だから基本的に人里離れた場所で祈りを捧げるひっそりと生活をする人たち。

 だけど、教義にのっとって人々に対して奉仕活動をする親切な人たちでもあるから……サルガッソここでは奉仕活動の意義の方が強い。

 だから、街の真ん中で教会と施設を併用して使って、修道院敷地内で生み出したビールやパンを貧しい人たちに直ぐに配れるようにしている」

「へ~、教会と修道院って役割が違う施設だったのか……」

「基本的に教会は集会所。修道院は修行場って思っておいていいわ。ここはその二つが合体している場所。まぁ、今は珍しくはないわ。昔は修道院は山の上に作られるのが多かったみたいだけど」

「それは何で?」

「言ったでしょ? 本来修道院は修行する場所だからよ。暖かい人里から離れた場所で自分を追い込んで、神にだけ奉仕する。そういう施設だったんだけど、真面目で献身的に修道士たちは無償で食べ物や薬を作ってくれるから人里にあったほうが街の人間としては便利なのよ。だから段々と教会と修道院が一緒の施設が作られていくようになった」

「へぇ~、勉強になる……」


 人ってどんな時代でも、どんな世界でも、現金げんきんなものなんだな……。

 こだわりよりも効率や便利さの方を結局は優先してしまう。


「着いたわ。薬草園よ」


 墓場を通り過ぎ、赤い十字の描かれている病棟らしき施設の奥に、緑の葉っぱが列をなして規則正しく植えられている農地へと辿り着く。


「ここに植えられている草は全部マンドラゴラよ。万病に効くわ」

「そうか……ウッ!」


 目的のモノを見つけることはできたのだが、俺はギョッとしてしまった。

 農地に植えられているマンドラゴラの草。それはまだただの草に見える。マンドラゴラと言うのだから根っこの方は人面を持っており、叫び出すのかもしれないが、そこが見えていない今はまだほうれん草と見間違えそうな外見のただの草だった。

 異様なのは奥だった。


 その耕された農地の奥には、木々が並列していた。


 その木々は———幹が人の顔のようなこぶ・・を浮かび上がらせ、枝には金色に光るリンゴのような果実をつけていた。


 さながら———人面樹といった木々だった。

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