第62話 ノースフェルン

 北の大国ネクスフェリアは、どちらかというと魔法よりも騎士道を重んじるお国柄である。


 国内各所に道場が設置され、毎年国を挙げての武芸の大会が開かれるのに対し、魔法に関しては首都ノースフェルンに魔法学校が一校ある程度だ。


 勿論、魔法で身を立てるすべもあるにはあるのだが、せいぜいが魔法学校の先生であったり国の研究員だったりで、王宮騎士団や各諸侯の騎士団等、腕に自信がある者ならば引く手あまたの武芸の道と違って、応募先は圧倒的に少ない。

 はっきり言って、魔法使いは冷遇されていると言っていいだろう。


 そんな首都ノースフェルンには、ベルカ街と言う名の騎士が集まるエリアがある。

 何のことはない。王宮騎士団の部隊ごとの宿舎があったり、主人のお供として上京して来た地方貴族の騎士団専用の宿舎があったり、あるいは練兵場があったりと、騎士団関連の建物が集中しているのだ。


 当然のことながら、それらを当てにした飲食店や歓楽街が立ち並んでいる為、そこかしこを鎧兜姿の兵士たちが行き交う、結構な人口密集エリアとなっている。

 そんなわけで、上級士官から下級士官まで、剣の腕を頼りに生きる猛者たちがこのエリアには集まっているのだ。


 そんな街の一角に、敷地面積五百坪、三階建ての白亜のこじゃれた屋敷が建っていた。

 屋敷のあるじの名はアルノルト=クラウフェルト、五十歳。

 五つある王宮騎士団の一つ、金獅子騎士団の団長にして、男爵の位を持つヒゲの偉丈夫いじょうふである。


 爵位しゃくい持ちの家系から出た武人はスタートが士官となる為、戦略を練ることは得意でも、いざ戦術となると刻々と変わりゆく状況に対応できず、へっぴり腰になる者が多い。

 ところがクラウフェルト家は、先祖が武勲を立てた事で爵位持ちとなった家系である事から、家人に決して甘えを許さぬ厳しい家庭として知られている。


 当主アルノルトも、士官でありながらその溢れる武人気質の為、国境警備隊や魔物討伐隊と数々の前線を剣一本で渡り歩き、武勲を数多く立てた末に、精鋭の集まる近衛騎士団・金獅子騎士団の団長にまで上り詰めた人物だ。

 まさに武人の中の武人。

 オレのようなポっと出の勇者なんかとは心構えからして違う。


 さて。

 なぜそんな事を冒頭から長々と話しているかと言うと、この最強武人・アルノルト=クラウフェルトこそリーサの実の父親であり、今まさにテーブルを挟んで『愛娘に近づくチンピラ風情が!』とばかりにオレを睨んでいるからだよ。とほほ。


 というわけで、今オレは、クラウフェルト家の屋敷にある五十畳ほどの応接間にある二十人掛け長テーブルを挟んで当主アルノルトと対峙たいじしていた。

 

 身長はオレと同じく百八十センチほどだろうか。

 五十歳でありながら見事な逆三角形の体型をしており、服を着てても分かるほど実戦向けの筋肉が付いている。

 偉くなった今でも日頃の鍛錬を欠かしていないからだろう。


 金獅子騎士団だからというわけでは無いのだろうが、白髪交じりのライオンヘアが良く似合っている。

 そして意思の固そうな太眉と鷹のように鋭い目。

 今ここに犯罪者がいたら、命惜しさにやったことのない犯罪までペラペラ喋りだしそうなほど圧が強い。


 オレを助けようとしてくれているのか、オレのすぐ左側にはリーサが。右隣にはフィオナとユリーシャが座っているが、全員アルノルトに圧倒されて、蛇に睨まれた蛙状態になっている。勘弁してくれ!


「それで? あなたが今代の勇者ですか。えー……ミスタ・フジヤマ?」


 視線が痛い。視線で人が殺せるなら、オレはこの男の前に立った途端に死んでいるだろう。それくらい、オレは今きっつい視線を浴びせられている。


藤ヶ谷ふじがやです。そうです、わたしが勇者です」

「あ、あのね、お父さま、旦那さまは……」

「旦那さま!? 今なんて言った、リーサ!」

「あ、あの、あの……」


 さしものリーサも、尻切れトンボになる。

 娘に対しても容赦無いのか? この人。


 もう見てて分かる。この人、めっちゃ強い。

 だって立ち居振る舞いからして武人のそれだもん。この部屋に入って来た時に、足音は勿論のこと、衣擦れの音さえほとんど聞こえなかったくらいだ。

 下手したら初見で韋駄天足いだてんそくを見切ってオレを真っ二つにしかねない。

 こんな親に育てられたら、そりゃリーサがあれだけ武芸達者になるってもんだよ。


「あなた?」

「分かっておる!」


 アルノルトの左隣に座る貴婦人――リーサの母アンドレア=クラウフェルトが夫をたしなめる。

 こちらは実に優しそうな目をしたご婦人だ。

 母親だけあって、リーサに良く似ていて美人だ。

 この人がいてくれなかったら、オレも部屋に入った途端に涙目で敗走していたことだろう。

 いや、しないけど。


 二人の様子からすると、娘の相手をあまり追い詰めないようにと奥さんから旦那さんに、事前にキツく言い含められているのだろう。

 アルノルトがあからさまに不満なのか、苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「リーサはそれでいいのね?」

「う、うん。お母さま。ボクは……わたしはサンクトゥスの一人として、剣の聖女として、生涯勇者さまをおささえするつもりです。意思は変わりません」

「しかしお前!」

「あなた! 分かりました。リーサの決意が固いのであれば、私たちはそれを尊重しましょう。あなた、それでいいわね?」


 アンドレアの真っ直ぐな視線とアルノルトの剛毅な視線が交錯する。

 だが、どこの家庭でもそうであるように、父アルノルトの敗戦が濃厚だ。


「良くは無いが! 良くは無いが!! 良くは無いが!!!!」

「あなたしつこい」

「……それでいい」

「ありがとう、お父さま! ありがとう、お母さま!」


 リーサは席を立つと、長テーブルを回ってアンドレアに抱き着いた。

 立ち上がってリーサを優しく抱き締めるアンドレアを見ていると、母と娘の絆を強く感じる。


「さ、お父さまにも」


 アンドレアに言われ、リーサはモジモジとアルノルトの前に立った。

 驚いた。父親が涙を堪えている。


「いつでも帰って来ていいんだから……。幸せになるんだぞ……」

「はい、お父さま!」


 ぎごちなく、しかし優しく娘をハグしたアルノルトは、精鋭部隊の団長ではあるが、娘の前では一人の父親なのだった。


 こうしてオレはリーサの両親から、勇者として剣の聖女たるリーサを連れて行くことを許されたのであった。

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