第25話 女たち

 地底湖の湖岸には、樽を利用して作られたテーブルや椅子が幾つも置いてあった。


 その一つに案内されたオレは、座面の硬さに内心閉口しつつも大人しく座り、周囲の様子を観察した。

 同時に女海賊たちも、オレを警戒しているのか、自分の与えられた仕事をこなしつつオレから視線を外さない。


 女たちは一様に、上は白シャツかタンクトップ。下はベージュのパイレーツパンツ。胴には赤いサッシュを巻き、その上から黒い幅広ベルトを締め、頭には黒いバンダナを着けていた。

 これが、この海賊団の団員たちの基本的な衣装らしい。

 

 だが、遠目で見たときはちゃんと海賊に見えたが、こうして近くで見ると誰一人海賊らしく見えない。

 そもそも女だてらに海賊を稼業とするならば、男勝りにして男を凌ぐほど勇猛でなくては仕事にならないだろう。

 それなのにどうしても、立ち振る舞いに女性らしさが抜けていない。

 海賊っぽい雰囲気をちゃんと醸し出しているのはほんの数人で、それ以外はどう見ても、一般人にしか見えないのだ。


 トレイに三人分の金属製のマグと何かピザのような食べ物を乗せて持ってきた女性海賊が、オレとユリーシャ、アデリナの前に皿とマグを置き、一礼して下がる。

 ユリーシャとどっこいどっこいの若い女の子だったが、その動きはそこらへんの食堂のウェイトレスだ。

 とてもじゃないが、敵を相手に切った張ったをするようなタイプには見えない。

 わずかでも戦力になっているとは思えない。


 アデリナの護衛なのか、アデリナの背後に立つふくよかな女性など、スカートにエプロン姿の方がよほど似合っている。

 どう見てもそこいらの家庭の主婦だ。


 オレはいぶかしく感じつつ、皿の上に乗った食べ物に目をやった。

 コイツはフォカッチャかね。

 洞窟の中に居るから時間感覚がおかしくなっているんだが、ひょっとして晩ご飯なのだろうか。


 食べて見ると、ハーブとスパイスが効いててかなり美味い。のだが、ちょっと粗食な気がする。男のオレには全然足りない。せめてチーズとスープくらい欲しいところだ。


 オレの思っていることを悟ったか、アデリナが申し訳なさそうな顔をする。


「すまないね。ちょっと事情があって、今うちらの食糧はかなり少なくなってるんだ。今日のところは、それで何とか我慢しておくれ」

「いや、貰えるだけでありがたい。気にしないでくれ」


 腹が減っていたオレとユリーシャはありがたく頂いたが、アデリナは手を付けなかった。その表情から、何か言いたくて、でも躊躇ためらっているという気配が漂う。

 だが、オレとユリーシャの食事が終わると、アデリナは覚悟を決めたのか、口を開いた。


「お前、うちの団員を見て、何を感じた?」

「ん? んー、海賊らしくない……かな。本当に海賊なのか?」


 オレは言いながらマグに入った液体に口を付けて眉をしかめた。

 麦酒かと思ったら、暖かい紅茶だ。

 まぁ、これはこれで美味いんだが、何か違う。

 アデリナは、オレの返答に面白くも無さそうに頷いた。


「お前の感想は正しい。アデリナ海賊団に本職の海賊はほんの数人しかいない。残りの多くは、旦那や恋人からの暴力や女衒ぜげんに騙されたりといった、世間で酷い目にあって逃げて来た一般人出身者だ。あたいは海賊稼業をしながら、そんな弱い者たちを庇護ひごしてきた」

「なるほどそういうことか。納得」

「そんなあたいたちだから敵は多い。同業者だけでなく女たちの関係者からの追っ手もある。あんたがこの秘密基地の存在を外でバラしたら……誓ってあんたをどこまでも追い掛け殺す。そのつもりでいてくれ」


 アデリナがオレの目をジっと見た。

 その目は本気だ。ただ、オレもそんなことに興味は無い。


「安心してくれ、アデリナ。さっきも言った通り、オレは女神の用事を済ませにきただけだ。用事が済んだらとっとと出て行くさ。先を急ぐんでな。そこで教えて欲しいんだが、このグリンゴ諸島のどこかに女神に関する何かがあったりはしないだろうか。石碑なり伝承なり。何でもいい。心当たりは無いか?」

「あるよ」

「どこに! 何が?」

「金色の女神像だよ。場所はここグリンゴ諸島最大の島、アルマイト島のほぼ中央にある女神の泉のほとりだ」

「ちょっと待て、ここに女神像があるのか!? ……なるほど、そういうことか」


 アデリナはオレの目的地が分かって納得とばかりに大きく頷いた。

 オレは頭の中にグリンゴ諸島の地図を思い浮かべた。

 だいたいの位置は分かっているものの、さて、アルマイト島にどうやって渡るか。

 とそこへ、アデリナが静かに助言してくれる。


「あんたは女神像のところに行くのに手漕ぎボートを考えているんだろうが、それは止めておいた方がいい。島と島の間を流れる海流が激しくてあっという間に転覆するから。海に落ちたら最後、急流と海底の尖った石によって、成す術も無くり下ろされるよ」


 オレは自分が磨り下ろされるところを想像し、ゾっとした。

 大海に放流される頃には三枚に下ろされていることだろう。そうなったら流石に生きていられるとは思えない。


「じゃあどうやったらアルマイト島に渡れる?」

「あたいの船、ブリッツ号なら行ける。ほら、この地底湖。これは段々と狭くなっていくんだが、南南西の方角に向かう一本の水路になっている。これを進めば、途中、アルマイト島の真下を通る」

「それ、いいな! そこまで乗せて貰うわけにはいかないか」

「それは構わないけど、あんた、対価を払えるか?」


 金か! 一昨日までなら一も二も無く払っていたところだが、ロベルトにユリーシャの分の運賃を払ったせいで財布はすっからかんだ。叩いても埃一つ出て来やしねぇ。くそっ。どうするか。


 アデリナは悩んでいるオレをジっと見ていたが、やがて言った。


「対価は何も金である必要は無いんだよ? あんた、本当は相当に強いんだろう? 分かるよ。だから支払いは、勇者としての武勇をあたいたちに提供する、とかだって構わないんだがね」

「何だと? それは何かと一戦交えるのにオレの力が欲しいとか、そういうことか?」

「話が早いねぇ。そうそう、つまりはそういうことさ。どうだい? あたいたちと共闘しないか?」

「条件次第だな。まずは話を聞かせてもらおうじゃないか」


 話が面白い方向に転がりそうだと思ったオレは、ズイっとアデリナの方に近寄った。

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