異世界転生ルールブレイク
稲妻仔猫
【第1章】 第1話 平凡な人生でしたけど?
(……どうやら、本当だったらしいな)
二回目の人生、最初に目を覚まして、俺が思ったことは例に漏れずにそれだった。
例って?
そりゃあ勿論、
――異世界転生。
もはや仕事柄、言葉に出すのも食傷気味なその言葉を俺は口にした。
いや、口にはしていない。しようとしたところで、こちとら産まれたばかりの赤ん坊なのだ。未成熟の身の上では、せいぜい不明瞭なオギャリボイスを発するのが精いっぱいである。
ついでに付け加えれば、「仕事」というのも、あくまでも前世の話。
今の仕事は泣いて、寝て、たまに漏らして、垂らして。そんなところだろう。
ひとまず、首が座らないので、眼球を限界まで駆使して辺りを見回してみる。
と思ったが、なんてこった。
産まれたばかりの赤ん坊では、眼球を動かす筋肉すらも未発達とは。大昔に一度経験したこととはいえ、なんとまあままならないものか。
こんな無力な存在を立派に育て上げてくれた、十年前に他界した母に、今更ながら感謝の念を禁じえない。勿論、前世の、であるが。
(……前世、か)
その言葉を思い浮かべるたびに、笑ってしまう。それは失笑か、或いは自嘲か。
いや、そりゃそうだろう。
異世界転生して、
「ここは、本当に異世界!?」
なんて感想を持つ。
なんというパターン化した事をやってしまってるのだ?! ハズカシイッ!
……ともあれ、出来うる範囲での確認ではあるが、ここが、それなりに立派な建物の中のようで安心した。
異世界に転生したはいいが、即、捨てられ、死亡。或いはスラム街に産まれて餓死、なんてオチになっては事だからな。
(ベル様が、約束を果たしてくれたって事か)
しかしまあ、赤ん坊の自分には今の状況ではどうすることも出来ない。
俺は、ここに至るまでの、このライトノベルのような信じがたい状況を整理するためにも、そして
普通は異世界転生なんてしたら、
「異世界ヒャッハー! 前世なんてどうでもいいぜ! この世界で前世の知識を使って無双してやるのだぁ!」
となるものなのだが、俺の場合はそうは問屋が卸さない。
寧ろ、前世の事を、生前以上に考えなくてはならない羽目になってしまったのだ。
そう。
『異世界を救うたった一人。地球の全人類の歴史の中で、
と、そう言われた、あの言葉のせいで。
少なくとも自己評価では、ただ平凡に生きて、平凡に死んだ前世の俺の人生。
「異世界を救え」だって?
「全人類の歴史の中で最も適任」だって?
いやいやそれって、言うなれば、ジャンヌダルクよりも、織田信長よりも、俺の方が適任だってことになる。
この世界を救うことにかけてだけは、太公望よりも諸葛孔明よりも、俺の方が優れていることになる。
は!?
んな訳あるか!
こちとらただの出版社勤務のデスクワーカーだったんだぞ!?
一体全体、俺なんかのどこに、そんな素質があったというんだ?
******
俺の名前は
あ、勿論、前世のだ。しかしながら、本当に、特筆すべきことなど何もない人生だった。
親は中流階級。
昭和後期、俺の幼年期の頃はバブルとやらの影響があったから、後年そのすたれた言葉は、いわゆる「普通」という言葉の同義語として存在していた。
中学校から進学校に通い、浪人して、そこそこの大学に行った。しかし、大学で別段学びたいことがあったわけでもなかった。
そんな若者へのアドバイスとして、大人たちは、
「大学は夢を探すためのモラトリアムだ」
とか言うが、俺には、「社会」とかいう地獄に向かうための執行猶予、程度にしか考えられなかった。
引きこもっていたわけでは無いが、単位を取るための大学、生活費を稼ぐためのバイトから帰って、家で好きな小説を読んだり、ゲームをしたりするのが、俺の唯一の憩いのひと時だった。
とりわけ好きだったのはミステリーやサスペンスだ。
中学の夏休みに、遊ぶ友達もいない俺が、あまりに暇を持て余して、実家の本棚から手に取った、何故か当時異様に流行っていたシドニィ・シェルダン。
今思えば、それがきっかけだった気がする。
やがて、ひと夏を全て費やして、本棚にあったアガサクリスティーや松本清張をも読みふけり、夏休みの最終日に我に返った俺は、初めて「ただの堅い会社員」としか思っていなかった親父の趣味を認識したのだった。
そうして、夢を持たないまま、夢を
仕事自体は、思った以上に嫌では無かった。
どうやら推理、ミステリー好きと言う性格は、消費者のニーズを読むというマーケティングと相関関係があるらしく、色んな意見やアドバイスを発信することが出来たし、企画を考えるのも楽しかった。
しかし、その会社は3年で辞めた。
細かい事は省くが、どんなにいい企画を出しても、部長や役員の気持ち一つ、タイミング一つで全部が水泡に帰す。そんなことを繰り返しているうちに馬鹿馬鹿しくなったのだ。
そして実家暮らしだったせいもあり、使うあても無く結構な額にまで貯まった、3年分の給料とボーナスを前に、俺は初めて、人生でやってみたいことが出来た。
作家である。
大好きなミステリー小説を書き、それで食っていけるようになれば、こんな幸せなことは無い。そう思った。
勿論、そんなの上手く行くわけは無く、実家に籠り、パソコンの前でまるまる3年を無駄に費やした頃には、貯金も底をつきかけていた。
(ヤバイ! このままではリアルに子供部屋おじさんになってしまう。)
そう途方に暮れていた時に、当時作品を持ち込んで、何度か会ううちに趣味の一致から意気投合し友人になった、とあるK出版社の山口君から連絡が入った。
「広瀬さん、次の新人ミステリー小説アワードの応募、もうすぐですけど、間に合います?」
「ああ山口さん。いや、もう作家を目指すのはやめようと思って、今回は応募するつもりは」
俺は、正直にそう返した。
「そうですか、それは残念です」
そう言われて、この人との関係もきっと疎遠になっていき、終わるに違いない。
そう思った俺に、意外な言葉が、電話口から投げかけられた。
「広瀬さん、書くのは正直いまいちですもんね。作品を見る目はあるのに」
意外過ぎた。
まさか傷に塩を塗り込んでくるとは。友達とは一体……?
「じゃあ、うちに就職しません? 今、編集部、人手足りなくて困ってて。小説やゲームに詳しくて、見る目が確かな広瀬さんなら、僕の裁量で何とかねじ込みますんで」
本当に意外過ぎた。
塗りたくられていた塩だと思ったそれは、まさかのエリクサーだったとは!
こうして、二つ返事でOKした俺は、山口君の口添えでそのK出版社に就職した。そしてその後、生涯にわたって俺の職歴が変わることは無かった。
まあ、思っていた仕事とは違ったけどね。
始めは、それこそミステリーや純文学の新人作家さんに付くことはあったが、世の中の流行りからか、ある時期から俺の担当の9割がファンタジーもの、異世界転生もので占められることとなった。
いわゆるライトノベルというやつだ。
その世の中の移り変わりとともに、俺の所属も、編集、出版から、
コミカライズ、アニメーションなどに展開していくうちの会社のIPコンテンツには、義務感100%で、ほとんどの作品に目を通した。その数、数百は下らなかった。
ご都合主義のチート、ご都合主義の転生ばかりだったが、中には本当に面白いものもあり、無名の作家さんの作品でそれを見つけた時なんかは、ほぼ俺のゴリ押しでアニメ化まで持って行ったものである。
いやはや懐かしい。
「この異世界転生モノは売れます!」と上司に力説している俺を、若かりしときの俺が見たら何と言うだろうか。
まあ、そんな感じで、選り好みなく、ひたすら作品とコンテンツに触れ続けた俺だったが、会社に入って15年。もう少しでアラフィフか、と思うようなお年頃に差し掛かった時に、一つの企画が動き出した。
そして、その企画の手始めとして行った、うちの会社刊行の、とある漫画雑誌の『読者投稿アンケート企画』の集計をまとめていた時だった。
あ、ちなみにそのアンケートの内容というのはこうだ。
『あなたが異世界に行って、欲しいもの、求める物、外せない条件などを3つ挙げて下さい』
つまりそれらを元に、うちのお抱えの人気作家さんに新作をオファーして、果たして売れるのか、みたいな企画だ。
そのアンケートが集計し終わり、なかなか興味深い意見が上位に来たりはしたものの、やっぱり1位は「自分だけのチート能力」という結果が出て、ため息をつき、立ち上がった時だった。
俺は意識を失い、倒れた。
病院に運ばれ、手術も行ったが、甲斐も無く、術後しばらくして、あっさりと逝った。
末期の肝臓がんだった。
子供も嫁もいない俺だったが、見舞いには山口君をはじめとした結構な数の同僚や、作家先生たちが来てくれた。それだけで俺なんかには過ぎた幸せだった。特に悔いは無かった。
(ああ、眠い。でも分かる。今のこれは眠るんじゃなく、きっと目覚めないやつだ。お疲れ、俺。さよなら、みんな)
これが、こんな何の変哲もない、誰の記憶にも残らないような平凡な人生が、俺、広瀬雄介の一生だった。
完。
******
パチッ。
「いや、目、覚ましてるぅ!!」
思わず渾身のツッコミが出た。
そりゃそうだろ。
折角の(?)今生の別れなのに、なかなか発車しない田舎町のさびれたホーム&もうひとしきり号泣しちゃった後、みたいになっちゃうだろ。気まずい! とても!
と、思ったが、ちょっと状況が違うようだ。
冷静に辺りを見回してみる。どうやら病院のベッドではないらしい。
ん、いや待て。
待て待て待て待て待て。
思わず連呼する。
これはあれだ。まさか。本当に?
これは、見覚えがある。
いや、正確には、観た事がある。
いや、更に正確には、実際には観たことは無いのだが、何と言うか、イメージ的なシーンを何度も観たことがある。ディスプレイを通して、アニメで。
それこそ、何回も、何十回も。
そこは、白いモヤに覆われた、無の空間だった。
空も地面も無く、なんとなく全体的にオレンジっぽい、ピンクっぽいグラデーションがかった世界。なんかそんな感じ。
死を覚悟して、目を閉じ、次に目を覚ましたら、そこは白い霧の空間、だって!?
こんなの、あのパターンのテンプレである。
「は! まじかよ! もしもここが例のアレ、つまり、転生する前の、待合室的なアレだとしたら、世の中の異世界転生ファンタジーラノベ作家の人たち、超的確な表現してんじゃん! すげえな!」
転生かどうかは別にして、ナゾ空間で元気にはしゃいでいる今の状況だけでも、死んで、魂とか、霊体とか、なんかそんな感じなやつになっているのだけは確かなようだった。オドロキである。
それにしてもトラックに跳ねられたわけでも、過労死なわけでもないのに、良いんでしょうか?
「科学に支配された地球人類ドモめ。オカルトを全否定してきた貴様らは、各々、自分の死後に、その認識が間違いだったことを知るがいいさ。はははは」
分からんけど、妙にハイテンションである。ちなみに、かく言う俺も、当然オカルトなんて微塵も信じていなかったケド。
いや、こんな状況になってみ? まじで、みんなこうなるから、多分。
「それにしても、みんな死後こんなところに来るなら、『来世でも一緒だよ』とか言って心中したらスゲェ気まずい事になるなあ」
ともあれこうしていても仕方がない。そろそろ次だ。次のアレは来ないのだろうか?
そう、転生に向けての、神様的チュートリアルの存在である。
いや、ちょっと待て。まだそう決めてかかるのは早いかもしれない。
ここは、いわゆる三途の川的なアレで、向こうまで歩いて行ったら普通に成仏、なんてこともありうる。っていうか、俺、死んでるんだから、そっちのパターンの方が定石なのでは?
いかんいかん、ついついまたやってしまった。分からないことがあると、すぐに推理や推察してしまうのは本当に悪い癖だ。
ま、そんな自分も嫌いでは無いけど。
どうでも良いけど、さっきから俺の発言にものすごい「アレ」が多い。
でもね、こんな状況になってみ? まじで、みんなこうなるから、多分。
そして、俺が途方に暮れるよりはるかに早く、その声が天より降り注いだ。
『太陽系地球、そして日本国の人間、広瀬雄介。良く来ましたね』
うおぉ、キター!! まじで来た!
良く通る女性の声からして、女神様、という訳か。そして多分、絶対美人! いやぁ、分かってるぅ。
『あなたをここに呼んだのは他でもありません』
天の声は続けてふり注いだ。その言葉で俺は確信した。面白そうだ、こうなったら先手を打ってやろう。
「つまり僕は死んで、それで、あなたは神様的なアレで、異世界転生の為に魂的な感じで今ここに居る。そういうことで宜しかったでしょうか?」
『さすがですね、話が早くて助かります』
女神即答。
マジで!?
確信した、とか言っといて、決定すると驚くのだから、人間とはつくづくおかしな生き物である。
やべえ、ちょっと楽しくなってきた。
こんな俺でも、異世界に行ったら本気出しちゃっても良いのだろうか。
持てる知識を振りかざして、内政無双しても良いのだろうか。
勇者パーティーから追放されちゃったりなんかしちゃったりしてもいいのだろうか。
ケモミミ少女を救って、仲間にしちゃったりしても良いのだろうか。
『ただ、一つ訂正させて下さい』
浮かれている俺に、神様的な存在は、衝撃の一言を言い放った。
『私が呼んだのは、古今東西、全人類であなた一人です』
「……は?」
(第2話『メガミッション その1』へ つづく)
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