第105話:温かい冬
一生当たり続けるのでは?という勢いで出玉を出し続けたイツキとナナの台がようやく落ち着いた時には、さすがに周年日といえど、もう人は少なくなっていた。
「あぁ、なにこれっ! めっちゃ、楽しかったんですけどっ!! まじで、閉店までラッシュ続くかと思ったし!!」
「取りきれてよかったですよね!」
「ほんとほんとーっ!」
大量出玉のリザルト画面をしっかり写真におさめ、景品交換を終えた2人はホクホクの状態で外に出た。
お店の前を吹き抜ける12月の夜風。本来はかなり冷たいはずであるが、興奮で湯気が出そうなくらいアツく火照ったイツキとナナにはそれがとても心地よく、いいクールダウンになった。普段とはまた違う新宿ならではの空気の匂いがした。
「ねぇ、イツキっ! 久しぶりだしさ、せっかく勝ったしさ、ご飯でもいかないっ?」
まだまだ明るい新宿の夜空に向かって両手を上げ、縮こまった体を伸ばしているイツキを、ナナはポニーテールを揺らしながら誘った。
「いいですね! お腹空きましたしね!」
「やった! やっぱ、勝ったし、ここは焼肉っ?笑」
「行っちゃいますか?」
「わーいっ! やきにくっ、やきにくっ!!」
"勝ったら焼肉、負けたら牛丼"なんて広告コピーが昔あったように、やっぱりパチンコで勝つといつもよりちょっと贅沢をして美味しいものを食べるというシーンは今でも見かけるものだ。今宵は焼肉と決まったイツキとナナも早速新宿にてお店を探し始めた。
夜になった街を見渡すと、世の中がすっかりクリスマスムードであることにイツキは気づいた。いつの間にか輝き出したイルミネーション、暖かそうなカフェの店内にかかるトナカイ柄のタペストリー、どこからともなく聞こえるクリスマスソング。イツキがこんなにもクリスマスを肌で感じるのは久しぶりのことだった。
イツキの最近のクリスマスといえば、"エヌパヌ"の周年日を除いてはもっぱら家の近くでパチンコをするかバイトをするかで、あまり都心にも出ていなければ、あまつさえ恋人もいなかった。そのためか、冬が本格化する12月からはどこか寂しい気持ちにもなっていたもんだ。
ただ、こうして明るい気持ちで世間を見てみるとどうだろう。
葉が落ちて寒そうな木々には光を着せて、心も休まるであろう温かいココアを飲み、割れないように気を遣った唇でクリスマスソングを口づさみ、美味しいものを食べて人との距離を縮める。冬は冷たい季節なんかじゃない、むしろとても温かい季節なんだ、ということにイツキはようやっと気がつくようだった。
そしてなにより、そんなクリスマス一色の街中を、恋人という関係ではないにしろ、ナナと2人で歩いていることをイツキは鳥肌が立つほど幸せに感じていた。
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