第95話:設定1の意地

「あの日から、いや正確にはあの日以前から、ずっと考えていたんですけど、、」


 イツキは公園のベンチに座り直し、深く息を吸った。これまで、頭で考えてきたけど、何か綺麗な考えや言葉にまとまったことなんて一度もなかった。ここからは、江奈に習って、気持ちのアドリブだ。


「僕たちが、心から楽しんでいるパチンコやスロットって、そんなに恥ずべきものなんでしょうか。そんなに、嫌われなきゃいけないんでしょうか。そんなに、後ろ手に隠さなきゃいけないものなんでしょうか。」


 イツキは一息ついてから、ゆっくり丁寧に、でも強い想いを言葉に乗せて話を続けた。


「たしかに、負けたらお金が減ります。でも、何をやたって、やり過ぎればお金は減りますよね。趣味である以上、どんなものでもやり過ぎはよくないんですよ。ファッションに推し活、ソシャゲのガチャ、なんでもいいんですけど、のめり込みすぎたらその分お金はなくなるんです。だけど、パチンコだけが後ろ指を指されることが多い。なんだか、ちょっとおかしいですよね。きっと、そういう世の中なんです。でも、、そんなこと、"もうどうだっていいや!"って思ったんです。僕がこんなこと言うのは、筋違いかもしれないし、、僕がナナさんに言うのは、お門違いかもしれません。それでも、あえて言うと、、結局、言いたいことはすごくシンプルなんですけど、、やっぱり、"人生は一度きり"ってことなんです!」


 そんなことはわかっちゃいるけれど、ナナはハッと自分の目が開くのがわかった。


「いま、こうして話している僕たちも、何十年後かにはもう生きていない。いま、こうして並べるのは、いまだけなんです。ずっとここにあるように見えて、すぐになくなってしまう、たった少しだけの今なんです。そして、100年もしたら、いま生きている人はほとんど全員が入れ替わっている。"旅の恥はなんちゃら"って言いますが、"人生の恥もかき捨て"でいいんじゃないかなって。そもそも、"恥"と思うかどうかも自分の捉え方次第。いまここで誰に何と言われようが、自分に素直に生きていいんじゃないでしょうか。一見、自由そうに見えて、あらゆるしがらみが世の中には常に存在します。好きな人や物事がたくさんある方が幸せと言われる人生、一方で心から好きと呼べるものにいくつ出会えるか分からないのも人生。"好きなものを見つけよう"とか"好きなものがある人が偉い"とか大層なことが言いたいわけじゃありません。ただ、たった一度の人生で見つけた好きなもの。それくらい胸を張って"好き"って言って、愛してもいいんじゃないでしょうか! もし、人の"本気の好き"を否定する人がいるなら、そんな人とはこちらから離れる勇気も時に必要なんだと思います。素敵なナナさんの友達だから、彩乃さんや麻呂さんは、ナナさんを否定したりはしないと思います!」


 イツキは思っていること、感じていることを一気に言葉にした。その言葉は、ナナに伝えているようで、イツキが自分自身に言っているようでもあった。


「……イツキ。」


 ナナは視界が滲み、スマホの画面すらちゃんと見えていなかった。さっき、"バリぱち"でせっかく当たりを引いたのに、そこから一切回転数は増えていなかった。


「イツキは、イツキの過去を確実に乗り越えようとしてるんだね。…よしっ!!」


 ナナは涙を拭って、休憩処の椅子からびしっと立ち上がった。


「もう気にするのはやめにする! わたしも好きなこと、大切にしていることに、誇りを持って生きたい。」


 ナナの言葉を聞いたイツキは嬉しさで膝や太ももがわなわなと震えるのがわかった。


「ねぇ、イツキっ! このまま電話繋いでてもいいっ? "ありがとう"じゃ足りないから行動で示したいっ! いまから、彩乃と麻呂に話すから、一緒にいてっ!」


「もちろんです! 仰せつかりました!」


 イツキも公園のベンチからびしっと立ち上がった。決して寒さのせいではなく、イツキの背筋はピンと伸びていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る