第8話:パチンコ屋での再会

 男が座る台の隣にナナがそろりそろりと近づくも、男は一切周りを気にせず、台に集中していた。服装はいつも通りの白ティーにスウェット、手元にはエナジードリンクが置かれていた。


決して小さくはないお金をとうじて、当たる当たらないを吟味ぎんみし、当たったにせよ当たらなかったにせよ、引き続き突っ込むか引くかにも神経を使うパチンコは、もはや"マインドスポーツ"と言っていいのかもしれない。そうなると、なるほどエナジードリンクとの相性も悪くないわけだ。


 男が打っていた機種は"とある科学の超電気砲スタンガン"。電気を操る能力を持った強くて可愛い"人間スタンガン女子中学生"が主人公であるアニメのパチンコ台であり、このアニメはナナも大好きであった。はちゃめちゃに強いのに決して気取らず、女子中学生ならではの等身大の悩みも抱える主人公の御琴おことちゃんを、ナナは同じ女性として尊敬もしていた。


もちろん、アニメは何周も見たし、グッズだってたくさん持っている。ちなみに、ナナが大学で使っているクリアファイルもこの"とある科学の超電気砲スタンガン"のものだった。


 台までやってくると、ナナはいつも通りバッグをゴソゴソあさり、もちぐまぬいぐるみを取り出した。そして、綺麗なオレンジ色のパチンコ台にそっと置いた。


 男は驚いただろう。いくら台に集中しているといっても、隣の動きくらいはなんとなく視野にはいる。そこに、いきなりもちぐまが現れたのだから。


 えっ?という顔で男は振り返り、ナナを見た。ナナは半分苦笑にがわらいであったが、できるだけ笑顔を心がけながら会釈で応えた。


「あ、おつかれさまです。」


 男はパチンコを打つ手は止めず、何を言っているかわからない程度にぼそっとつぶやきながら会釈をした。


「おつーっ! また会ったねーーっ! 隣の台、打ってもいい感じっ?」


 ナナは手でも挨拶をしながら、一応隣に座ってよいか男におうかがいを立ててみた。ただ男の方は、"許可取ることじゃないですし、別にいいですよ"という表情で再び軽く会釈をして顔を台に戻した。


 ナナはPCやら充電器やらが入っている少々重めのバッグを邪魔そうにかかえるようにして台に腰掛け、音量、光量、演出バランスを好み通りに手際良く設定した。


 最近は演出バランスをカスタムできるパチンコ台が増えている。演出の例を挙げるとすれば、ヘソに入った時点でアツい場合、それを音や光で教えてくれる「さきバレ」。アツい保留を所持しているときに、なにがしかの演出で教えてくれる「先読さきよみ」。レアな演出の出現確率をあえて上げてくれる「プレミアアップ」。アツい時にパチンコ台についているレバーが振動する「レバブル」。当たりが確定している際、演出の途中で風が吹く「エアー」。と、他にも色々あるが代表的なものはこんなところだろうか。


 例のような演出を複数組み合わせることも可能で、みな各々自分好みの演出バランスを設定して遊戯するのもパチンコの楽しみである。


 ナナは久々にハンドルをぐっと握った。これから、当たるか当たらないか、楽しめるかそうでもないか。そんなことはわからないが、ナナはとりあえず台の前に座り、これからパチンコを開始するというこの瞬間がとてつもなく好きだった。


 最初こそ男がナナに気づいて会釈をしてくれたから一往復の会話が成立したが、それからは特にやりとりが発生しない、やや気まずい雰囲気と時間が流れた。実際はナナが勝手に気まずさを感じていただけかもしれない。


 男の隣の台に座るまでは名案だったが、ナナが誤算だったのは、パチンコ屋のうるささだった。持ち前のコミュ力でなんとかなると思っていたのに対し、特段話すことのないほぼ初めまして状態の二人が探り探りで会話するにはパチンコ屋の店内の音は少々大きすぎた。

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